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雪の大地に咲く花よ  作者: 詩月
2/14

2 婚約破棄


 ユーフェインとセレフィーナが会場へ足を踏み入れた瞬間、幾重にも重なっていた話し声が、はっきりと揺れた。

 視線が集まる。

 北の守護者、血雪の公爵(ブラッディ・スノウ)ユーフェイン。

 そして、その腕を取る、見慣れぬ令嬢。

 囁きはあったが、誰一人として近づこうとはしない。


 それが、この男の立場だった。

 やがて、ファンファーレが鳴り響く。


「国王陛下、並びに王妃陛下のご入場です」


 ざわめきは即座に収まり、貴族たちは一斉に身を正した。

 エルンヴァルト王は、変わらぬ穏やかな威厳を湛えて歩み、その隣には、王妃アーデリアが静かに微笑んでいる。


「皆、今日はよく集まってくれた。今後の王国の繁栄を共に祈り、共に祝おうぞ」


 中央でそう告げた王の視線が、ほどなくユーフェインを捉えた。


 王家直系であり弟。

 北の公爵。

 この場で、ユーフェインは最初に挨拶すべき存在だ。当然、隣のセレフィーナにも気づいているだろう。


「……悪いな、立場上そなたをこの場で目立たせることになる」

「今日は父も兄も不在なのです。一人で両陛下にご挨拶するより目立つことはないでしょう」

「ハハッ、それもそうか!」


 ユーフェイン達は国王と王妃の前に出ると膝を折る。


「国王陛下、王妃陛下。本日は誠におめでとうございます」

「久しいな、ユーフェイン。武勇伝はよく聞いているぞ」


 エルンヴァルトは柔らかく声をかけ、その視線が、自然と隣の令嬢へと移った。


「そちらは?」


 ユーフェインは一瞬だけ、セレフィーナを見る。

 彼女は、ためらいなく一歩前へ出た。


「ノクスヴァル公爵が娘、セレフィーナ=ノクスヴァリエにございます。本日は、ヴァルカディア公爵閣下のお取り計らいにより、同伴いたしました」


 淀みのない声。

 王妃アーデリアが、わずかに目を細める。


「……なるほど。お久しぶりですね、セレフィーナさん。また、お話し相手になってくださいね」


 それ以上は問われなかった。

 それだけで十分だったからだ。


「楽しんでいくといい」


 王の言葉に一礼し、二人はその場を下がる。


「さて、セレフィーナ嬢。せっかくですし、楽しみませんか。一曲お相手願えますか?」


 ――その言葉に、周囲の空気がわずかに和らいだ、その瞬間だった。


「――待て」


 鋭くも、場にそぐわぬ声。

 セレフィーナが振り返ると、見覚えしかない若い貴族と、その腕に絡みつく男爵令嬢。


「セレフィーナ、どういうつもりだ」


 非難の色を隠そうともしない声。


「他の男と腕を組み、王の前に出るなど……浮気と取られても、文句は言えまい」


 セレフィーナが、静かに眉を寄せる。


「……浮気、ですか」

「そうだ。だから――」


 男は、勝ち誇ったように言い放つ。


「この場をもって、婚約は破棄させてもらう」


 周囲が、息を呑む。

 その言葉が、国王と王妃の結婚を祝うこの場で、どれほど無礼かを理解していない声音だった。


 だが次の瞬間、男の視界は、ふいに遮られた。

 ユーフェインだ。

 ただ一歩、前に出ただけ。それだけで、空気が変わる。


「……勘違いするな」


 低く、冷たい声。


「彼女が王の前に立ったのは、私が伴ったからだ」


 男は言い返そうとして、ユーフェインの鋭い視線に口を閉じた。


「そなたに発言を許すつもりはない」


 ユーフェインは、男の隣の令嬢を一瞥する。


「婚約者がいる身で、別の女性を連れて祝賀に現れるとは……随分と、この国の社交界を軽く見ているらしい」

「なっ……!」

「口を慎め」


 一喝ではない。だが、剣より重い言葉だった。

 セレフィーナが、静かに告げる。


「破棄を告げられる筋合いはありません。――こちらから、お断りいたします」


 男は、何も言えなかった。

 ユーフェインは、振り返り、セレフィーナに向き直る。


「行こう」


 再び、腕を差し出す。


「もう、王前で失態を重ねる必要はない」


 ユーフェインの言葉に、男と男爵令嬢はエルンヴァルトの視線がこちらへと向けられていることに気づいたのだろう。

 彼女は一瞬だけ頷き、その腕を取った。

 その背を見送りながら、会場の誰もが理解していた。

 この場で切り捨てられたのは、一つの婚約だけではない、ということを。

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