13 一時の別れ
お待たせしました。
しばらく投稿頻度遅めになります
城門前の広場に、低く澄んだ鳴き声が響いた。
振り仰いだ空には、朝焼けを切り裂くように、赤い影が舞っている。
紅天大翼鳥——ヴァルカディア公爵家が誇る、空の契約獣だ。
大きく広げられた翼は、燃えるような深紅。羽一枚一枚が光を受けて輝き、降り立つだけで周囲の空気が変わる。
重々しい風圧とともに地に降り立ったその巨鳥は、堂々とした体躯に反して、どこか親しげな仕草を見せた。
ユーフェインの前に首を垂れ、そして——すり、と。
大きなくちばしの横で、頬に頬ずりするように羽毛を寄せる。
「……故郷に戻るのを楽しみにしているのか?」
ユーフェインは苦笑しながら、その首元を軽く撫でた。グラナディールは満足そうに喉を鳴らし、赤い翼を小さく震わせる。
その様子を、少し離れた場所からセレフィーナは見ていた。
この場にはセレフィーナのように、グラナディールを初めて見る者が多いらしい。存在を知っていても知っていることと実際に見るのは別のことだ。足をその場から踏み出せずにいる。
それでも、契約獣に触れるその姿は、王都にいる時よりもずっと自然で、ヴァルカディアの主としての顔をはっきりと映している。
——閣下はもう十分に、北の地に生きる方なのね。
しばらくはユーフェインに会うことができない。
冷たい朝の空気を吸い込み、セレフィーナは胸元の小箱を抱き直した。
ほどなくして、ユーフェインがこちらに気づき、歩み寄ってきた。背後では、グラナディールが静かに翼をたたみ、こちらを覗き込んでいる。
「お待たせしました。……寒くありませんか」
「いえ。今日は、むしろ空気が澄んでいて」
言葉を交わしながら、二人の間に、ほんの一拍の沈黙が落ちる。
いよいよ、別れの時が近い。
「紹介させてください」
ユーフェインはグラナディールを呼ぶ。
「私の相棒、アウレディオです」
アウレディオと呼ばれた彼は、静かに地面に伏せて視線をセレフィーナに合わせてくれた。セレフィーナを気遣ってくれているのだろう。
「初めまして、セレフィーナと申します」
セレフィーナも礼を尽くしてカーテシーをしてみせると、アウレディオは驚いたように、それでもとても喜んだようにグルルと声を出した。
「私の大切な人だよ、アウレディオ」
ユーフェインが補足して伝えると、アウレディオは目を丸くして翼でガシガシとユーフェインを叩く。
「ユーフェイン様、こちらを」
セレフィーナは一歩踏み出し、胸元に抱えていた小箱を差し出した。白木の箱は飾り気がなく、けれど丁寧に磨かれている。
「旅の安全のために……調香油です。手首や服に吹きかけてください。魔力の消耗を和らげ、戦闘を助ける配合にしています」
簡潔に説明しながらも、指先にわずかな力がこもる。
「……閣下の武勇は誰しも認めるものなのに。申し訳ありません。私は閣下が無事であることを望まずにはいられませんでした」
セレフィーナの肩がわずかに震える。
ユーフェインはその一瞬を見逃さなかった。そして優しく、肩を抱き寄せる。
「……ありがとうございます。私の無事を祈って作ってくださったのですね。返事は急がないと言ったのに……それはYESととってもよろしいのですか?」
顔を上げると顔を赤く染めたユーフェインが、セレフィーナを覗き込んでいる。
吸い込まれるようにセレフィーナは答えを口にした。
「……はい、ユーフェイン様をお待ち申し上げます」
その時、ユーフェインの背後で、わざとらしくない、しかしはっきりとした咳払いがひとつ響いた。
「……こほん」
二人の間に流れていた空気が、ぴしりと張りつめる。振り返ったユーフェインは、一瞬だけ目を見開き、すぐに小さく息を吐いた。
「兄上……」
そこに立っていたのは、この国の国王――エルンヴァルトだった。
重厚な外套をまとい、朝の冷気の中でも背筋をまっすぐに伸ばした姿は、静かな威圧感を帯びている。
表情は穏やかだが、その眼差しはすべてを見通しているようだった。
「若い者の門出に水を差すつもりはなかったのだがな」
そう言って、エルンヴァルトはセレフィーナへと視線を移す。
「セレフィーナ嬢。弟が随分と世話になったようだ」
試すようでもあり、しかし決して冷たくはない声音。
セレフィーナははっとして、慌てて姿勢を正す。
「い、いえ……こちらこそ」
その様子を見て、エルンヴァルトはふっと口元を緩めた。
「なるほど。……無事に帰って来い、ユーフェイン。待つ者がいるのだからな」
ユーフェインは一瞬言葉に詰まり、それから深くうなずいた。
「はい。必ず」
背後で、アウレディオが低く、誓うように鳴いた。
ユーフェインがアウレディオに跨って別れのときが近づくと、セレフィーナの胸に寂しさが募る。
「たくさん手紙を書こう。また春に迎えにくる」
そうユーフェインが言った瞬間、セレフィーナの心が晴れたのをエルンヴァルトは見逃さなかった。
よく晴れた空にアウレディオ達、紅天大翼鳥の翼が並ぶ。
「セレフィーナ嬢、王としてではなく、ユーフェインの唯一の家族として、弟の手を取ってくれたことに感謝する」
エルンヴァルトが言う。
臣下に下ったユーフェインを今でもこの王は唯一の弟として大切にしている。それがその声と表情でよくわかる。
「……恐れ多いお言葉です。ですが、もしそれを許していただけるなら……」
二人の間を涼やかな風が吹く。
「私もまた、ただ一人の人として、ユーフェイン様の帰りを待ち続けます」
その背が空へ溶けるまで、セレフィーナはただ一人の名を胸に抱いて立っていた。




