表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪の大地に咲く花よ  作者: 詩月
12/14

12 調香


 屋敷に戻ったセレフィーナは、研究室に入るなり、先程選んだ薬草の包を作業台の上で解いた。


 ・ラヴァル:乾燥させた赤褐色の葉

 ・ネスカ:根に近い部分だけを切り取った樹皮

 ・ミュレ:熱を抱え込み、ゆっくりと放つ性質を持つ香草


 寒冷地でも育ち、比較的手に入りやすい薬草ばかりだ。

 よかった——できるだけ、ユーフェイン様の身近にあるものを使いたかった。


 ユーフェインの魔力属性は火。

 その核となる名称は、焔。


 親しい者にすらほとんど明かさないというそれを、自分には教えてくれた。その事実が、喜びとなって胸の奥に静かな熱を残す。

 雪の大地と呼ばれるヴァルカディアで放たれる火の魔法は、きっと華が咲くように美しいのだろう。


 ——いけない。


 小さく首を振り、余分な思考を追い払う。今は想像ではなく、手を動かす時間だ。


 研究室の窓を少しだけ開け、冷たい外気を入れる。空気を入れ替えれば、香りの輪郭がよりはっきりする。


 白布を敷き、薬草を順に並べる。その配置には、無意識のうちに魔力の流れを読む癖が表れていた。


 まずはラヴァル。

 赤褐色の葉を指先で千切り、筋を取り除く。手間はかかるが、その方が薬効が安定する。

 乳鉢で細かく砕き、さらりとした粉にする。

 本来は精神安定のために用いられる薬草だが、今回は魔力の揺らぎを抑え、激しい消耗を防ぐためのものだ。

 香りは控えめでいい。香を身につける習慣のなかったであろう彼にも、違和感なく馴染むはずだ。


 次にネスカ。

 葉は傷薬に、根は鎮痛に使われる。戦闘を助けるというより、術者自身の身を守るための薬草だ。

 刻み、すり潰し、ベースオイルとともに静かに火にかける。


 油が馴染んできたところでラヴァルの粉を加え、さらにとろみが出たところで最後の薬草——ミュレを落とす。


 ミュレは火属性と相性が良く、場所を問わず安定した火力を保ち、消耗に応じて回復を促す。

 寒冷地は火属性に有利であると同時に、魔力消費の激しい土地でもある。柑橘に似た香りは強すぎず、セレフィーナ自身も好んで使っていた。


 くつくつと煮出すうち、液面が一瞬きらりと光る。それを見逃さず、鍋を火から下ろす。


 ——あとは一晩、冷ますだけ。


 ふと窓の外を見ると、すでに日が傾いていた。

 ぐーっと背伸びをしたところで扉が開き、リリーがケーキと紅茶を運んでくる。


「お嬢様、ヴァルカディア公爵閣下からケーキが届いています」

「え?」

「花はここ数日ずっとでしたが、今日はケーキとお手紙です」


 差し出された封を開き、セレフィーナは目を落とした。


『昨日は楽しい時間をありがとうございます。

 本日は王都からレイパーン——ヴァルディエル王国の港まで、馬で少し駆けてきました。

 道中で食べたケーキがとても美味しく、あなたにも味わってほしくなったのです。

 ヴァルカディア領にも、野菜を使ったケーキが自慢の店があります。

 ——いつか、一緒に食べられたら嬉しい』


 手紙を読み終えたセレフィーナは、しばらくそのまま動けずにいた。

 丁寧な文字から伝わってくるのは、気遣いと、ほんの少しの照れのようなものだ。


「……一緒に、か」


 思わず小さく呟く。ケーキひとつの話題であっても、その言葉は確かに未来を示していた。


 視線を作業台へ戻す。

 鍋の中で冷まされている調香油は、まだ本来の香りを発揮していない。

 確実にユーフェインを思って組み上げられたそれは、焔の魔力を支え、身を守り、消耗を抑える。それは命を預かる戦いの場で、ほんのわずかでも彼を楽にするための香りだ。


 ——それでも。


 セレフィーナはそっと胸元に手を当てる。

 この香りに込めたのは、それだけではない。離れている間、ふと思い出してもらえたら。寒さの中で、守られていると感じてもらえたら。

 これは贈り物であり、祈りであり、そして――自分がここで待っているという、言葉にできない意思表示でもあった。


「リリー、このケーキ……少し後でいただくわ」 「かしこまりました。紅茶はまた淹れなおしましょう」


 扉が閉まり、再び研究室に静けさが戻る。

 セレフィーナは鍋の蓋を外し、ゆっくりと香りを確かめた。

 やわらかく、あたたかく、包み込むような匂いがほのかに香る。


「……うん」


 小さく頷く。これなら大丈夫だ。

 彼を見送る日に――この香りだけは、必ず渡そう。

 セレフィーナは調香油を入れる瓶を選び、ラベルにこう名付けた。


 ——『リュミエ』と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ