11 守るための距離
おまたせしました!
薬草を選び終えた二人は、薬房をあとにする。
「ユーフェイン様、ヴァルカディアにはいつ向かわれるのですか」
「三日後を予定しています」
調香油を作るのには二日あれば十分だ。セレフィーナはほっとして安堵の表情を見せる。
「……もしお邪魔でなければ、お見送りさせていただいてもよろしいですか。その際に贈り物も渡させていただきたいのです」
「邪魔など……そんなわけ無いでしょう。嬉しい限りです。贈り物も、楽しみにしています」
その後、ユーフェインはセレフィーナを屋敷まで送り届けた。
自身の屋敷に到着すると、警備の兵の緊張が伝わってくる。この空気感には覚えがあった。
馬車を降りるなり、側近のローディスが耳打ちする。その視線は腰の剣に向けられていた。
「首尾よく楽しまれたようで何より。お気づきかと思いますが、お客様がいらしています」
「今はどこに」
「応接間にいらっしゃいます」
「……今日のことは?」
「相手が相手ですので、嘘をつくわけにもいかないでしょう。すでに、ご存知です」
ユーフェインは大きくため息をつきながら屋敷の中に入っていった。
応接間の扉を開けると、椅子に寝転がりながらひらひらと手を振る兄エルンヴァルト——この国の国王の姿があった。
「……何をしていらっしゃるのですか」
「嫌だなぁ。可愛い弟としばらく会えなくなるから先に家族団らんをしようと思ってな。 昔みたいにエル兄様って読んでくれたっていいんだが……?」
「言うわけ無いでしょう!」
ユーフェインは顔を真っ赤にして言った。
ヴァルカディア公爵位を与えられ、臣籍に下ってからというもの、ユーフェインは基本的に兄を陛下と呼んでいた。
エルンヴァルトとしてはそれが少しだけ寂しいようだが、王族と臣下の区別はつけるべきであるというのがユーフェインの考えである。
「それで、セレフィーナ嬢とのお出かけはどうだったんだ?」
「それはもう、楽しみましたよ」
ユーフェインはにこやかに言う。
「……そうも素直に答えられるとつまらんな。アーデルハルトからお前達が会うと聞いていたから面白い話が聞けると思っていたんだが」
「王家の影を私的利用しないでください」
「奴は満更でもなかったぞ。影の役割もあって、セレフィーナ嬢には領内のことで負担をかけていることを気にしている。身分も家柄も十分なお前は、いい相手と考えているのだろう」
セレフィーナこそ、自分にはもったいなさすぎるほど素晴らしい人物だとユーフェインは思う。立場上、身分や家柄を軽視するわけにはいかないが、それ抜きにセレフィーナの人柄に惹かれている。
「……セレフィーナ嬢の気持ちが最優先ですよ。もうすぐ王都を離れなくてはならないのが残念ですが、仕方ありません。やれることはやりましたし、いくらでも待つつもりです」
「……随分と覚悟を決めた顔になったな」
エルンヴァルトは、からかいを完全に引っ込めて言った。
「待つ、か。お前がそんな言葉を使うとは思わなかった」
「軽い気持ちではありません」
ユーフェインは視線を逸らさず、静かに答える。
「彼女が置かれている状況は理解しています。急かすつもりはありませんし、何かを要求する気もない。この国はまだ男性優位なものも多いでしょう。私は私と対等に歩ける人を選びたいですし、何よりセレフィーナ嬢に選ばれたいのです」
「……」
一瞬、応接間に沈黙が落ちた。
やがてエルンヴァルトは、ふっと息を吐くように笑った。
「まったく。弟ながら、少し誇らしいよ。羨ましいとさえ思う」
「兄上」
「王として言えば、少々面倒な火種を抱え込んだとも言えるが……兄としては、悪くない選択だ。鼻から応援したい立場だからな」
ユーフェインは臣籍に下ったとはいえ、現状エルンヴァルトに後継者がいない以上、ユーフェインは王に次ぐ者とみられている。
ユーフェインがエルンヴァルトと同じく公爵家の令嬢を迎えれば、それを面白く思わない者も、利用しようとする者も出てくるだろう。とはいえ、エルンヴァルトと王妃アーデリアは政略結婚であったが親しい仲のようなので、時期に解決することだろう。
エルンヴァルトは椅子から立ち上がる。
「三日後だったな。ヴァルカディアへ戻るのは」 「はい」
「なら、少しは休めるな。冬のヴァルカディアは厳しい。二年目とはいえ、油断はならない。それにどうやら、楽しみにしている贈り物もあるようだしな」
意味ありげな視線に、ユーフェインはわずかに苦笑した。
「……兄上は、どこまでご存知なのですか」
「さあ? 薬草に関する話くらい、かな」
エルンヴァルトは扉に手をかけ、振り返る。
「一つ、忠告しておこう」
「……なんでしょうか」
エルンヴァルトは王ではなく兄の顔をしていた。
「本当に大切であれば、時には強引に引き寄せることも必要だ。理想と現実というように、現実は残酷だ。現実の残酷さに触れる前に、手の届くところに置いておくのも、守るという一つの在り方だろう」
それだけ言って、今度こそ扉を開けた。
「まぁ、安心しろ。お前は俺の弟だ。お前ならこの意味もわかるだろう」
「……兄上」
エルンヴァルトは、ユーフェインの返事を待たずに去っていった。




