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雪の大地に咲く花よ  作者: 詩月
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1 一年ぶりの王都


 あーぁ。かったりぃなぁ。

 ユーフェインは眩しいほど輝く祝賀会の会場前で思っていた。


 今日は兄エルンヴァルトが王として即位してから一年を記念した祝賀会。そして、王妃としてフォルグレイン公爵家の令嬢アーデリアを披露する場でもある。

 エルンヴァルトが王になった同時期に、混乱を避けるためにユーフェインはヴァルカディア公爵位を引き継いだ。

 普段は北の国境を守る役目についているため、王都に来たのは一年ぶり。元々社交を得意としていないユーフェインだが、この日の空気はこれまでのそれとは違い、異様な空気が流れていた。


 兄エルンヴァルトには後継者がいない。王妃が立ったのだから次期に解決するだろうが、現時点では臣籍に下ったユーフェインを後継者と見る者も多い。そうでなくても、王家直系の血脈に興味を持たれない訳もなく、祝賀会の会場に入れば貴族達からの関心の目が刺さることは容易に想像できた。


「お久しぶりです、公爵閣下」

「久しいな、ロイエル」


 入り口に待機していた近衛隊長ロイエルが挨拶をする。


「北はもう雪が降る頃では?」

「あぁ、なんとか冬支度が間に合った。去年はそうもいかなかったが」

「国内が混乱していたのですから当然でしょう。この一年のヴァルカディア公爵の功績は王都まで届いておりました。剣術指南役としては何より嬉しいことでした」

「変な異名もついたそうだ。血雪の公爵(ブラッディ・スノウ)というそうじゃないか」

「そのお陰でこの国は保たれているのですよ。本当に、この一年はご苦労されましたね」


 会場に入る手前で、ユーフェインは足を止めた。


「ロイエル、彼女はどうしたんだ?」


 目の前で令嬢が近衛兵と何やら話し込んでいる。


「事情を聞いて参りましょうか」

「いや、私が行く」


 ユーフェインは普段なら面倒事と思えば見向きもしないが、このときばかりは好奇心の方が勝っていた。


「ご令嬢、いかがなされましたか」


 ユーフェインが声をかけると、近衛兵は慌てて敬礼を取る。令嬢の方は先程までの困り顔から一転、冷静にカーテシーをしてみせた。

 血雪の公爵(ブラッディ・スノウ)を前にここまで冷静に所作を行えるのは、さすが公爵令嬢だろう。


「ヴァルカディア公爵閣下にご挨拶申し上げます。ノクスヴァル公爵が娘、セレフィーナ=ノクスヴァリエでございます」


 ノクスヴァル公爵家——代々王国東の領地を任され、歴代の当主は王国内の役職に付くことなく東の領地に籠っている。それゆえに、社交の場に出てくることは少なく、謎の多い一族である。

 しかし、ユーフェインは公爵位を引き継いだ時点で、ノクスヴァル公爵家の秘密について兄エルンヴァルトから聞かされていた。

 ヴァルカディア公爵家が王国を魔獣から守る表の守護者だとすれば、ノクスヴァル公爵家は王家に絶対的忠誠を誓った影の守護者。その役目のために普段、当主はその姿を表に出さないのだ、と。


「セレフィーナ嬢、こちらで何を?」


 セレフィーナは少し戸惑いながらも事情を話した。


「閣下に対して私事で申し訳ないのですが」

「構わない、話してくれ」

「……実は、一緒に会場に入るはずの婚約者がすでに会場に入っているそうなのです」


 なるほど。王妃を迎えるこの年に合わせて婚約や結婚をする貴族は一定数いる。セレフィーナもその一人なのだろう。


「あなたには連絡もない、と?」

「……おかしい様子は度々あったのです。本来、送られてくるはずのドレスも送られず、今朝は馬車で迎えもありませんでした。相手の家にも確認したところすでに出発しているとしか……申し訳ありません、このような私情を閣下にお話するなど……」


 通常、婚約者がいる貴族男性は、正式な祝賀には二人揃って参加する。それを怠ることは、令嬢本人だけでなく、その家門そのものへの侮辱に等しい。

 ユーフェインは、セレフィーナの顔を改めて見た。

 感情を押し殺したような静かな表情。だが、わずかに指先が強張っている。


「……なるほど」


 短く、それだけを言った。


 北の魔の森なら、裏切りも遅刻も剣で片がつく。

 だがここは王都で、今日は祝賀会だ。

 剣を抜かずに決着をつける場面というのも、確かに存在する。


「ロイエル」

「はい」

「この場……国王陛下の即位と王妃陛下お披露目の祝賀で彼女をここへ残すというのは、ノクスヴァル公爵家はもちろん、両陛下に極めて失礼な行為だと思わないか」

「……仰る通りです」


 ユーフェインはセレフィーナに視線を戻し、にこやかに笑う。


「セレフィーナ嬢」

「はい」

「差し出がましいが、今夜、私と共に入場してもらえないだろうか」

「……え?」


 思わず息を呑む音が聞こえた。

 近衛兵も、ロイエルでさえ、一瞬言葉を失う。


「理由は単純だ。独りで立たされるより、その方が余計な詮索が減る」

「ですが、それでは閣下が……」

「問題はない」


 きっぱりと言い切る。


「私はすでに臣籍に下った身だ。形式上、誰と歩こうと差し障りはない。――そして何より。今夜、王国で一番血に塗れた男の隣に立つ令嬢に、軽率な言葉を投げる貴族はいないさ」


 セレフィーナは一瞬、目を伏せ、そして静かに息を整えた。 


「……感謝いたします、ヴァルカディア公爵閣下」 「礼はいい。今は顔を上げてくれ」


 彼女が顔を上げると、ユーフェインはごく自然に腕を差し出した。


「さぁ、行こう。今夜は、俺が君の相手役だ」

 

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