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図書室の守護精霊(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編2)  作者: 月森琴美


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過去の回想4

 少女は絶望と悲しみに胸をかきむしられていた。

 絶えることない苦しみが、全身を支配する。

 本を胸に抱き、彼女の頬は涙で濡れた。

 涸れることのないその雫は、なんと血の色をしている。

(トオル……)

 少女はどうしても手放すことの出来なかった本をしっかりと抱くと、ただひたすら泣き続けた。

 赤い涙が両の目から溢れ、腕を、本を、膝を、床を濡らしていく。

 少しずつ、少しずつ、彼女のまわりには赤い水溜りが出来た。

 それでも少女の涙は止まることがない。

 涙なのか、それともこれは彼女の中に流れる血なのか――。

 滝のように流れて止まることを知らない雫は、少女のローブを、羽を赤く染めた。

 もう彼女は金の光を纏ってはいず、ただ絶望に赤く赤く染まった醜い精霊と化していた。



 はっと少女は顔をあげた。

 更に深い絶望に、心が黒く染まる。

(トオル)

 待ちに待った足音。

 彼が来たのだ。

 少女は、その場から消えてしまいたいと心底思った。

 こんな姿など見られたくなかった。

 でも。

 身を震わせている少女の前に、ついに徹が現れた。

「ティア」

 少女は顔を伏せ、唯一の選択肢であった本を胸に深く抱え込む。

 徹の声はいつもと違い、少しだけ低く響いた。

「智之が、本を見つけ出してくれたんだってね。聞いたよ」

「……」

「良かったじゃん。ずっと探していたものが見つかって」

 少女は徹の声に何かそこはかとない思いを感じ、顔を上げた。

「トオル……?」

 そこにいるのは、いつもの彼とは違う。

 彼女は、彼の瞳を見て驚いた。

 明るく笑っていた彼の目は、今どこか悲しみに染まっていた。

『悲しみ? いいえ、これは――』

 少女はぞっとした。

 今までこんな色は見たことがない。

 これほどに深く黒い闇の色は。

 少女のおびえた表情に、徹は目を伏せる。

 体中を震わせて、彼は言葉を搾り出した。

「智之と、君は契約したんだってね。そうだね、僕よりも彼の方が優秀だ。なんたって君の本を探し出すことが出来たんだからね」

「ト、トオル……?」

 彼の体中に満ちる魔力の気配を感じ、少女は更に震えた。

『何? これは何の気配なの?』

 精霊の直感が危険だと告げる。

 これは――敵、だと。

 でもそんなことはありえない。これはトオルだ。

 自分の大切な人なのだ。

 こんなにも今でも彼を想って胸を痛め、絶えることない涙に身を濡らしているというのに。

「君と最初に出会ったのは僕だ。君を最初に見つけたのは僕……なのに、どうして智之なんだ!」

「……」

「あいつはいつも、どうして僕の前にいる。成績だって魔力だって家柄だって人気だって、どうしても僕はあいつを超えることは出来ない。そしてついに君までもあいつを選ぶんだね……僕ではなく」

「トオル」

 少女は叫んだ。

 彼の中の苦しみが、彼女に痛いほど伝わってくる。

 そうではない。そうではないと、彼女は何度も心で叫んだ。

 自分は智之を選んだりしていない。

『彼よりも、誰よりも、わたしはあなたを――』

 口にしようとした叫びは、喉の奥でかき消えた。

 何を今更、自分に言えるというのだろう。

 現実には自分はもう智之のものなのだ。

 絶望に身をもだえさせながら、彼女が発っすることが出来た言葉は、たった一つだった。

「わたしは、もう、トモユキの、もの、です」

 彼女の悲しい一言に、徹の目から黒き炎が燃え上がった。

 体全体を包み込む闇のオーラを感じ、少女は身をすくませる。

『これは……この感じは――』

 精霊の直感が、彼女にこれが何なのかを教えた。

 ――呪い。

「そうか、そうなんだね、でも」

 徹の唇が震えた。

「僕はどうしても許せないよ。あれだけ楽しく過ごした時間をすべて忘れて、智之を選んだ君を」

「トオル」

「君を絶対にあいつの所には行かせない。出でよ、闇よりいでし束縛の鎖」

 少女は、彼がかけた呪いの呪文に恐怖の悲鳴をあげた。

「やめて、トオル」

(あなたの温かな心を、闇の魔法で染めないで!)

 彼女の想いは言葉にならず、彼の元に届くこともなかった。

 赤い水溜りの中から黒い鎖が飛び出してくる。

 それは少女の体に巻きつき、彼女を締め付けた。

「いやああっ」

 逃れるすべもなく、彼女は鎖に囚われる。

 両手首、両足首に鎖は巻きつき、彼女を拘束した。

「これで終わりじゃないよ。君をちゃんと閉じ込めないと。出でよ、呪われし物を封じる闇の鉄格子」

「きゃああああーっ」

 少女の前後左右に、黒い鉄の檻が出現した。

 彼女は必死に檻をつかむ。

「トオル、トオル」

 すると檻は、まるで電流でも走っているかのように摑んだ彼女の指に衝撃を与えた。

「きゃああああっ」

 鋭い痛みが全身に走り、彼女はのけぞる。

「もう君はそこから出ることは出来ない。永遠に智之の元にも行けない」

「ト、トオル……」

「永遠にそこで君の愛しい本を抱えて過ごすがいい。僕を裏切ったことを悔やみながらね」

 悲しい、辛い色をした瞳。

 黒い炎が消え、彼の目は絶望に深く染まっていた。

(わたしよりも、あなたの方が、もっと深くキズツイタ?)

 少女は食い込む鎖の痛みより、時折発する檻からの衝撃よりも、その事実に胸を激しく痛めた。

 こんな悲しい結末は予測していなかった。

(あなたとこんな風にお別れするなんて……)

 彼女の目から、また赤い雫がこぼれる。

 身をちぢこませ、涙を流す少女を見て、徹の顔も歪んだ。

「君が悪いんだ。僕を捨てるから……君が……」

 ごめん、と最後に小さくつぶやかれた声。

 走り去る足音。

 少女の記憶に最後に残ったものは、彼の背中だった。

 自分に背を向け、すべてに背を向け、走っていってしまったその背中は、彼女の心に永遠の悲しみをもたらすこととなる。

 いつまでもいつまでも少女は本を手に、愛する人の造った牢獄の中で泣き続けた。

(トオル……)

 ずっとずっと大切な名を呼びながら、身を真っ赤に染めながら――。

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