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雨のために、図書室は少々暗かった。
「ここだよ」
正一は一番奥の棚に向かう。
茉理は首をかしげながらついていった。
放課後のこととて、あちこちにぱらぱらと生徒がいる。
「ねえ、小坂君」
茉理は彼の背中に向かって言った。
「人がいたら、幽霊なんて出てこないんじゃないの?」
「でも、そんなことは関係なく聞こえるんだよ」
彼は叫び、茉理に棚と棚の間を指した。
「この辺から声がさ、グスグスって聞こえてくるんだ」
「……」
茉理は必死に耳を澄ましたが、何も聞こえない。
「聞こえる?」
「いや、今はまだ……」
正一にも聞こえないのか、困った顔でつぶやいた。
「でもこないだはちゃんと聞こえたんだ。本当だよ」
「はいはい」
茉理は踵を返した。
「ね、もう少し待ってみよう。時間はあるしさ」
「そ、そうだね」
彼女は、じゃ、本でも読んでいようか、と棚に行き、本を物色した。
(どれにしようかな)
軽く読めそうな物語の本に手をのばしたとき、体制をくずして隣に立つ生徒とぶつかる。
「あ、ごめんなさい」
茉理はあわててあやまって、顔を上げた。
(うそっ、なんでここに)
「こんなところで何をしている」
帝が仏頂面で彼女を睨んだ。
(あっちゃーっ、見つかった)
茉理は心の中で悲鳴をあげる。
「あ、あの、たまには読書でも、と思って……」
「そうか」
彼はふっと笑むと、茉理を引き寄せた。
「手紙を読んだぞ。まったくお前って奴は」
「……」
「それならそうと早く言え。余計な心配させやがって」
茉理は顔が真っ赤になるのを止められなかった。
顔から火が出る、とはまさにこのことだ。
(うーっ、今すぐ、ここから消えちゃいたい)
彼女は何気に帝の回してきた腕の中で、はあっと大きなため息をつく。
「会長こそ、ここで何してるんですか」
「調べ物だ」
(う……嘘だ。絶対、後つけてきたに決まってる。うーっ)
優しく髪を指で梳かれたが、彼女は完全に疑っていた。
「あの、その、ここは他の人がいるし」
さりげなく身を引くと、帝は目を細め、彼女を放してくれる。
(あ、意外だなあ、やっぱり手紙の効果があったってことね)
茉理は奈々に感謝した。
「お前に無理強いはしたくないからな。でも学校が終わったら」
「あ、あの、その、今日は、生徒会業務は」
「たいした用事はない」
「あ、でも、その、他の生徒会の皆さんはお仕事してるんじゃあ」
茉理はあわてて言った。
「そんなに気を使うな」
またずいっと寄られて、茉理はあせった。
(そんなあ、どうやって断ったらいいの?)
なまじあんな内容の手紙を送ってしまったがゆえに、今更いつのもように『あなたとはお付き合い出来ません、さようならっ』とは叫べず、どうしようかと悩んでいると――。
『グスン……グスン……』
(あ!)
茉理ははっとした。
何かが聞こえたのだ。
『グスン……グスッグスッ……グスッ』
「どうした?」
顔色を変えた彼女に、帝は怪訝そうな顔をする。
「今、何か聞こえませんでした? 会長」
「何?」
「女の子の泣き声みたいな……ほら」
茉理は耳をすました。
彼女の頭に直接響いているかのような物悲しい声。
「うっ……で、出たっ、出たーっ」
「あ、ちょっとっ、小坂君?」
茉理の静止の声も届かず、正一は一目散に耳を押さえ、図書室からすっ飛んでいってしまった。
(もう、怖がりなんだから)
茉理はあきれて彼を見送る。
「なんなんだ、あいつ」
帝も首をかしげた。
「それよりどうかしたのか」
「ほら、聞こえるでしょ、あの声」
「……」
帝はすっと目を細め、棚の方を見た。
静かに片手を突き出し、棚の方に向ける。
彼が口の中で何事か唱えると、手のひらがすっと光ってライトのように棚を照らした。
神妙な顔で、彼は懐中電灯のように何度も光を棚に往復させる。
その顔が少しずつ険しくなった。
やがて彼は手のひらを引っ込めると、図書室の中にいる生徒に叫ぶ。
「おいっ、すぐにここから出ろ。何かの気配がする」
彼の一声で、図書室にいた生徒達は全員立ち去る。
二人きりになって、茉理は緊張した。
(やっぱり何かいるの?)
帝の顔は尋常ではなさそうだ。
彼は全員いなくなったのを確認すると、すっと茉理を背後にかばい、両手を組み合わせて呪を唱えた。
鋭い閃光が、彼の指先から棚へと放たれる。
「うわっ」
棚に激突した閃光によって書物はすべて吹き飛び、棚も粉々になった。
(あ、あのねえ、そこまでする?)
茉理は彼の背後で口をあんぐりと開けてしまう。
「くそっ、姿をみせんか」
帝は舌打ちし、また呪を唱えようとした。
「ちょっと待ってよ」
茉理はあわてて彼の腕を摑む。
「そんなことしたら、この図書室全部、破壊しちゃうじゃない」
「また建てればいいことだ」
「そんな」
茉理は、まったく金持ちは――とぶつぶつ言うと、彼を睨んだ。
「とにかく駄目。他の方法を考えましょ」
おびえて声も聞こえなくなったじゃない、とつぶやきながら、彼女は壊れた棚に歩み寄った。
「おい、うかつに近寄るな」
帝の制止も無視して、彼女は棚にそっと触れる。
(あ……)
何かが、また聞こえた。
悲しい、苦しい叫び。
『グスッ……グスッ……』
茉理は棚と棚の間を見た。
そこは白い壁になっていたが、声はそこから聞こえてくるようだ。
そっと壁に手を当てようとして、彼女は驚いた。
(何かあるよ、ここに)
壁に触れようと手を伸ばしたが、何か――見えない柵のような物にさえぎられ、壁に触れることが出来ない。
(何? これは)
茉理はそっと手を伸ばし、見えない柵のような物に触れてみた。
じゃらじゃらと音がし、冷たい金属のような物が手のひらに当たる。
彼女はすっと手のひらで、そこを撫でてみた。
すると――。
「え……」
「な、何だ」
突然、茉理の胸にかけた白いペンダントが光を発したのだ。
あまりのまぶしさに、茉理も帝も目を覆う。
光は図書室全体に満ち溢れ、そして消えた。
(なんだったの)
茉理は、呆然としながら棚の間を見る。
「なっ」
「これは……」
帝も驚いて声を漏らした。
――今まで何も見えなかった棚の間に、鉄格子の檻が出現していた。




