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図書室の守護精霊(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編2)  作者: 月森琴美


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6/29

 連日降り続く雨は、更に気分を重苦しくさせた。

(ふうっ、なんとか気付かれずに通過したわね)

 家から数メートル離れた路地。

 大通りに黒塗り高級車が止まったままなのを見て、茉理はほっと一息ついた。

 頭からすっぽりとかぶっていた大人の男性用かっぱをはずす。

(まったく毎朝毎朝……いい加減に迎えに来るのはやめてよね)

 ご近所の目も気になるし、あんな車、へたしたら金持ちどころか危ない筋の関係者に思われてしまう。

 そんなのに毎朝迎えに来られる自分は、更に変人だとレッテルを貼られてしまうことだろう。

(円城寺先輩、去年一年よくやったわよね)

 わたしはとてもついていけないと茉理はため息をつき、かっぱをビニール袋に突っ込むと、鞄と傘を持ち直して駅まで歩いていった。




「帝様、今日も、もうお時間ですが」

「……」

「早く出発されないと、学校に遅刻です」

「うるさいっ」

 帝はいらいらしながら後部座席で怒鳴った。

(くそっ、まだ出てこないつもりか)

 それとも今日は何かあって欠席するのか。

 いくら待っても茉理の姿は自宅から出ては来ず、父親らしい黒いかっぱがすっと通り過ぎていっただけ。

(……ん? あれは)

 帝は片手の親指と人差し指で小さな丸を作り、右目に当てる。

 こうすることで右目だけ望遠鏡のようになり、遠距離の見たい物を見ることが出来るのだ。

 茉理の家から、本当に父親らしき人物が出てきて車に乗り込んでいる。

 帝はこぶしを握って、座席にたたきつけた。

「ちくしょう。さっきの黒かっぱ!」

 逃げられた。あれだけ神経を張って見逃すまいとしてたのに、あんな単純な手に引っかかるとは。

 苛立ちが怒りに変わり、頂点に達した。

「おいっ、出せ」

「は、はい」

 運転手はあわてて車を発進させる。

 学校までの道のりを爆走する車内で、帝は燃え滾る怒りに身を焦がした。

(見てろ! どうせ俺の方が早く学校に着く)

 こうなったら門の前で絶対に捕まえてやる――彼は必死に次の手を模索するのだった。




 一時間目の休み時間。

「あんたも、こういうことってへたよねえ」

 また廊下で待ち伏せされ、呼び出しを食らうのだろうか、とうんざり机に陥没していた茉理に、奈々はくすくす笑った。

「だってさあ、いい加減しつこいって。あーあ」

 トイレにも行けやしない、と気力を無くし、ぐったりしている茉理の前に、奈々はレポート用紙を突きつける。

「ほら、これ」

「何?」

 茉理は受け取って、そこに書かれた文を読んだ。


[わたしの大切な帝様

いつもあなたのお側にいたいのですが、さすがに他の人たちの前では、ちょっと恥ずかしくて素直になれません。

だから二人で会うのは、学校が終わってからにしませんか。

休み時間も放課後も、わたしを待ち続けてくださる熱意に答えられないわたしを、どうぞ許してください。

でもやはり二人きりでないと、わたしはあなたの胸に素直に飛び込むことが出来ないのです。どうぞ内気なわたしのお願いを聞いてください。

あなたを想う茉理より(ハートマーク)]


「なっ、なっなっなんなのーっ」

 茉理は青くなって赤くなって、最後には飛び上がった。

「ま、ま、ま、ま、まさか、これっ」

「ピンポーン、ちゃんと茉理からだって、帝様にさっき渡しといたわよ」

 感謝しなさいね、と片目をつぶって奈々は笑った。

(うううううう、嘘でしょ! こんなの……こんなの……)

 茉理はうめき、また机に陥没する。

「おかげで効果ばっちりよ。すぐに帝様、教室に帰っていかれたわ」

「……」

「きっと次の休み時間もお見えにならないわよ。見ててごらんなさい」

 奈々はくすくす笑う。

(それはそうかもしれないけどさ)

 茉理は頭が爆発しそうになりながら、うめくしなかった。

 あんなハートマークつきの手紙を帝が見て、一体どう思っただろうか。

(うううっ、今すぐここから消えて無くなりたい)

 それが今の彼女の心境だった。



「やあ、帝、今日はご機嫌だね」

「別に」

 そうは言うものの、昼休みの彼の機嫌は久しぶりにすこぶる良かった。

 生徒会室の自分の席で、めずらしく書類を眺めている。

「茉理姫と何かあったね。さてはデートの約束でも?」

「お前には関係ないだろ」

 ふん、とそっぽを向く彼に、雅人はすっと手を伸ばし、胸ポケットにしまわれていた紙を抜き取った。

「なっ、返せ」

「ふっふーん、さあて、茉理姫からだね、こ・れ」

 どれどれ~と、彼はいたずらっぽく紙を開いた。

「え、後野さんから?」

「ほう、ラブレターか」

『すごいですね、彼女からもらうなんて』

 すぐに他の3人も寄って来て、雅人の開いた紙を覗き込む。

「……」

「……」

「……」

『……』

 何もコメント出来ない4人に、帝はふっと笑って紙を取り上げた。

「いちいち見るな。まったくお前らは」

 まんざらでもない顔で、彼は生徒会室を出て行く。

「あの……雅人先輩」

「なんだい? 英司君」

「あれって本当に後野さんが書いたんですか」

「さあね、僕にはよくわからないよ」

「ま、それはともかく一つだけはっきりしているのは、帝が体よく厄介払いされたっていうことかな」

 直樹は眼鏡のフレームを指で直しながら、にやっと笑った。

「あ……やっぱりそうなんですか」

 英司ががっくりと肩を落とす。

「茉理姫もやるね。本人に気付かれずにうまくあしらうとは。帝のご機嫌も良いし、良かったんじゃない?」

 薔薇の香りを堪能しつつ、雅人は笑った。

「放課後がまた楽しみだね。茉理姫のお手並み拝見ってとこさ」

「雅人先輩、何気に楽しんでません?」

「もちろん。こんな楽しいこと逃しちゃまずいでしょ」

 僕の胸は今、最高に時めいているのさ~とポーズをつけて叫ばれ、英司はこめかみに指を当てた。

『帝先輩……かなり気の毒かも』

「お前もそう思うか、斎。でもさあ、普通こんなの彼女が書いたなんて、あっさり信じるか?」

『そうですね』

「恋は盲目っていう奴さ、英司君。君もまだまだ人生勉強が足りないね」

「はあ? 雅人先輩と俺の歳の差って1つしかないくせに、何をえらぶってるんですか」

「甘いよ、君。1年は365日。その差は限りなく大きくて深い。そう、あの青く果てしない海の彼方、地平線のように――」

 のりまくってる雅人の後頭部に、バシッとはりせんが叩きつけられた。

「やかましい。静かに弁当も食えやしない。おい、英司、こいつを今すぐゴミ焼却場へ飛ばせ」

「はいっ」

 はりきって英司は、指をパチンと鳴らす。

「うわわわーっ! 英司、覚えてろよーっ」

 情けない声を上げ、雅人の姿は風に飛ばされて、雨の中を校舎の裏手に飛んでいった。

「ふう、やっと一息つける」

「そうですね」

「あいつのノリは、こんな雨の日には最悪だ。うっとおしくて仕事に差し支えるよ」

「同感です」

『……』

 残された3人はそれぞれにため息をつくと、直樹は弁当を突っつき、英司はお茶を飲み干し、斎は立ち上がって雅人のために開かれた窓を閉めた。




 茉理は教室で弁当を広げながら、窓の外を見た。

(雨、少し弱くなったな)

 一瞬、何かが悲鳴と共に校舎の裏に飛んでいったような気がしたが、彼女は気のせいだと頭を振る。

(目の錯覚よ)

 魔法使いの通っている学校だ。人が飛ばされてもおかしくはない。

(だとしたって、まあ、わたしには関係ないし)

 卵焼きをほおばりながら、彼女は放課後どうしようかなあ、とぼんやり考えた。

(奈々のおかげで、昼休みも平和になったけど)

 今日はあのあと帝が教室にやってくることはなかった。

 いつもの昼好例『特別応接室で俺と豪華ランチを!』の強引なお誘いもかからず、茉理は心底ほっとして、お弁当をゆっくり食べる。

(でも放課後が問題よね)

 あの手紙によると、学校が終わってからが大変そうだ。

 放課後、どういうお誘いが来ることやら――茉理は気が重くてどうしようもなかった。

「なあに、茉理。今度は何に悩んでるわけ?」

 向かいあって弁当を広げていた奈々が、にやりと笑う。

「……別に」

「ふふっ、わかってるわよ、茉理の悩みなんて。放課後どうしようかって思ってるんでしょ」

 ため息をつき、茉理はお茶を一口飲んだ。

「大丈夫よ、ほら、これ」

「何?」

 またまたレポート用紙を渡され、茉理はそこに書き付けた文面を読んだ。


[わたしの大切な帝様

今日の午後、ご一緒したかったのですが、生徒会業務でお忙しい帝様を、わたしのために煩わせるのは、とても心苦しいです。

どうぞ今日は、この学園の生徒たちのために力を尽くしてくださいね。

みんなのために活躍する、そんな帝様のお姿がわたしは大好きです。

皆の手本となる、素敵な生徒会長としてどうぞがんばってください。

影ながら応援しています。

あなたの茉理より(ハートマーク二つ)]



「……」

「どう、これでばっちりでしょ」

 奈々は薄ピンクの便箋と封筒を取り出した。

「さ、これ、さっさと書いちゃいなさい。わたしが届けてあげるから」

 茉理はぐえっとうめき、しばらく考え込んだが――。

(しょうがないかなあ、でもなんか心が痛むんだけど)

 しぶしぶ彼女はシャーペンを取り出し、頭をからっぽにしてお手本通りの手紙を作成した。

「これでよしっと」

 奈々は手紙にショッキングピンクのハートシールを封として貼り付け、更に小さなビニール袋で覆う。

 それから彼女は窓辺に行き、指を二本口に当ててヒユーッと吹いた。

「え?」

 すぐにバサッバサッと翼を羽ばたかせる音がし、窓辺に小さな雀が現れる。

 奈々は雀の足に、ソーイングセットから出した糸で茉理の手紙を結んだ。

「じゃ、帝様にお願いね」

 バサッと羽を羽ばたかせ、雀は空高く舞い上がる。

「すごーいっ、あれも魔法なの? 奈々」

 茉理が興奮した口調で言った。

「うーん、まあ、そうといえばそうかなあ。あの子をね、捕まえて、わたしの魔法で知能を与え、使役してるの。生き物ならなんでもO,Kね」

 奈々が得意そうに鼻を鳴らした。

「すごい、初めてみたよ」

 素直に驚かれ、奈々は気分よく笑う。

「校内は魔法禁止だけど、あれぐらいは直接魔法使ってるわけじゃないから大丈夫よ。けっこうみんな、自分のペットとか使い魔とかでやってるよ」

「へえ、全然気付かなかった」

 茉理は、そうだったんだ、と目を丸くした。

(じゃ、その辺を飛んでる鳥とか虫とか気をつけないといけないわね)

 小さな生物だったら、うっかり踏みつけてしまうかもしれない。

 なんとなく想像して、茉理は可笑しくなった。

「じゃ、わたし、トイレに行ってくるから」

「あ、うん」

 ひらひらと手を振り、食べ終わった弁当箱を持って、奈々は自分の席に戻っていった。

(なんかちょっと心が痛むけど、しかたがないよね)

 これで彼の行動が治まって、生徒会業務をバリバリこなしてくれれば言うことない。

 茉理は心の重荷が少し消えて、ほっと一息ついた。

 そのとき。

「あ……後野さん」

 聞こえるか聞こえないかの小さな声をかけられ、茉理は怪訝そうに前を見る。

「小坂君」

 思いつめた真剣な瞳で、学級委員の小坂正一が彼女の前に立っていた。

「あの、ちょっと相談があるんだけど……いいかな」

(こないだから何か話したそうだったよね)

 茉理は思い出して、うなずいた。

「うん、いいよ」

 笑顔で言うと、彼はほっと表情を緩め、茉理の前の席に座る。

「じ、実はさ、後野さん、幽霊って信じる?」

「は?」

 突然言われて、茉理は戸惑った。

「幽霊って、よくマンガとかお話に出てくる死んだ人の霊ってこと?」

「うん、まあ、そうだね」

 彼は声を潜めて、ぼそぼそと続けた。

「俺、よく図書室に行くんだけどさ、そこで、なんというか、その……幽霊みたいな声を聞いちゃったんだよ」

「はあ?」

 茉理は目を瞬かせた。

「女の子の泣き声が、棚の隙間からするんだ。シクシクシクシク――もう恐ろしいったらないよ。そのたびにダッシュで逃げ出してくるんだけど、どうにも気持ち悪くて」

「……」

「誰もそんな声を聞いたことがないって言うんだ。でも俺、何度も聞いてるんだよ。間違いなくあそこには何かがいる」

「そ、そうなんだ、ははは」

 詰め寄る正一の勢いに、茉理は笑うしかなかった。

「で、どうしてわたしにそんな話を?」

「何とかして欲しくて何度も投書箱に書いて出してるんだけど、生徒会の皆さんは動いてくれない。というか信じてくれない。ただの空耳だろうって」

「まあ、そうでしょうね」

 茉理は、生徒会メンバーを顔を思い浮かべながら納得する。

「忙しいのはわかるんだけど、俺、怖くて怖くて図書室にもう行けないよ。いや、もしかして何かいるかもしれないと思うと、授業中でも足が震えて家に帰りたくなるんだ」

(けっこう小心者だったんだなあ、小坂君って)

 顔を青ざめさせ、震えている彼に、茉理はそんな評価を下す。

「後野さんにお願いなんだけど、良かったら俺と図書室に行ってくれないかな」

「えーっ、わたしが?」

 茉理は驚いて声をあげた。

「後野さんにも来てもらって、一緒にその声を聞いてもらいたいんだ。そうしたら信じてくれるだろ? 俺が嘘ついてるんじゃないって」

「……」

「そして帝様たちにお願いして欲しいんだ。あの幽霊を何とかして欲しいって。君のお願いなら、きっと帝様は動いてくれるよ、だから……頼むよ」

 頭を下げられ、茉理はうーっとうめいた。

(わたしだって怖いのは苦手なんだけどなあ)

 だがあきらかに困っている様子の学級委員を見捨てるのも胸が痛む。

(ま、一緒に行ってみることは出来るか。そのぐらいなら)

 茉理は、わかった、じゃあ、放課後ね、と約束する。

 正一はぱっと顔を輝かせ、助かった、とにこにこしながら自分の席に戻っていった。

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