過去の回想2
穏やかで幸せな時間は、突如として終わりを告げた。
(トオル……)
精霊の少女は、その日も彼を待っていた。
たわいもない会話をかわすひとときが、今の彼女にはこの世界に存在する喜びとなっていた。
図書室の隅で、少女は彼の足音がしないかと耳をすます。
その彼女の顔が少し曇った。
(トオルの足音だわ……でも)
どうしたのだろう。
少しだけいつもより乱れている気がする。
更に耳を澄ますと、彼のものだけではない。
もう一人いる。
彼よりも軽快に歩くその音が、何故が少女の心を騒がせた。
言いようのない悪寒と不安。
(誰? もう一人の人は誰?)
しばらくして徹が棚の前に現れた。
やはり一人ではなく、困ったような顔で少女を呼ぶ。
「ティア……いる?」
「……」
少女は彼一人でないことに身をちぢ込ませた。
他の少年には会いたくなかった。
いや、会うことなど――彼女の姿は他の誰にも見えないはずなのだから。
おそるおそる棚の隙間から覗くと、徹と目が合った。
彼女のおびえた顔を見て、彼はにっこりと笑む。
「大丈夫、今日はね、君に友達を紹介しようと思って」
(友達……?)
少女は、隙間から徹の横に立つ少年を眺めた。
徹よりも整った顔立ちの少年だった。
さわやかな笑顔と、きらきらした瞳。
背は徹よりも高く、なにより溢れんばかりの魔力に満ちていた。
(この人は出来る)
少女は精霊の感で、そう思った。
間違いなく、彼は一流の魔術師だ。
その気になれば自分を縛り、契約を結ばせることも可能な魔術師。
(怖い)
そう思ったが、少女は徹の困った顔を見て、しぶしぶ棚から出て行った。
煌く少女の光に、もう一人の少年はしばし見とれた。
「あの……初めまして」
彼女は、こわごわ声を出す。
この友達には自分の姿は見えているのだろうか。
震える精霊の少女に、彼は綺麗な笑みをみせた。
「徹から聞いていたけど、本当に綺麗な精霊だね」
「だろ?」
徹は嬉しそうに声をあげる。
(見えているんだ、この人にも)
少女は胸の鼓動を感じながら、そっと紫の瞳を開ける。
もう一人の彼と目を合わせたとき、なんともいえない魔力の高まりを感じて彼女は震えた。
(なんという魔力でしょう。こんなに力に満ちている)
ともすれば縛られてしまいそうだ。
二人は互いに互いの魔力に魅せられ、見詰め合った。
「こいつ、智之っていうんだけど、昨日、君と会ってるとこ見られちゃったんだよ。それで紹介しろってうるさくて」
突然ごめんな、とつぶやく徹の声で、やっと少女は視線をはずして弱弱しく微笑んだ。
「本当に綺麗だ。君、本の守護精霊だったんだって?」
「……」
「君のような精霊に守られた書は、きっとすごい内容で満ちていたんだろうね」
にこにこと智之は言った。
「ねえ、俺にも手伝わせてくれないか、その書物を探すの」
「ほんとか? 良かったな、ティア」
徹は弾んだ声で答えた。
二人が仲よさそうに肩を組み、笑い合っているのを見て、少女は少し心を落ち着けた。
(大丈夫。トオルの親友だもの)
自分を所有したいなどとは思うまい。
徹と引き離されることは嫌だった。
どうしてもそれだけは――。
それから毎日、二人はやってきた。
少女に話してくれることが更に増え、二人の会話を聞くのは楽しかった。
でも。
何か物足りない思いが、彼女の中に渦巻く。
(トオルの声だけが聞きたいな)
彼女はそう思った。
二人の話は面白く、いつも楽しそうにしている様子は少女の心を暖める。
でも時々、智之と名乗った少年にひやりとしたものを感じた。
(あの人の魔力を、わたしは知っている?)
彼女は何故かそう思った。
どこかで接している――そんな気がする。
でもそのことを考えようとすると、悪寒と恐ろしいまでの恐怖に心がわしづかみにされた。
(そんな馬鹿な。あれはトオルの親友。悪い人ではないのよ)
少女は必死に心の声を押し隠し、微笑んでみせた。
徹の前では、いつも笑っていたかった。
人間の少女たちと同じように、彼の目に映りたかった。
それが儚い――決してかなわぬ夢だとわかっていたとしても。
(お願い……ほんの少しだけもいいから)
いつか壊れるその時まで、夢を見させて――。




