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図書室の守護精霊(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編2)  作者: 月森琴美


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「また、これですか」

 生徒会室の中に、うんざりした声が響いた。

 くせのある茶色の頭が、はあ、とため息をつく。

「図書室に幽霊あり、ってこの投書、もう10日になりますよ、どうします?」

 生徒会書記である山下英司(やましたえいじ)は白い木箱から出したメモ用紙をひらひら振って、他の生徒会メンバーたちにお伺いを立てた。

「ただの臆病な生徒の気弱な投書だろう。ほうっておけばいいと思うが」

 会計の森崎直樹(もりさきなおき)は、PCを打つ手を止めずに答える。

 黒眼鏡の下の瞳はどんな色をしているのかよくわからないが、彼は生徒会の頭脳として一番冷静かつ現実的な判断が下せる少年だった。

「こないだ帝の指示で、図書室は英司、お前が調べたんだろう?」

「ええ。魔法サーチ機でざっとさらって、不信な時空の割れ目とか変な魔獣とかいないかチェックしといたんですけど」

 でも何も出なかったですよ、と英司は肩をすくめた。

『いたずらだといいんですけど、でもこう毎日だと気になりますよね、英司先輩』

 他の投書を小分けにしていたもう一人の少年が、思念で言葉を送ってきた。

 彼は生徒会の中でも、一番年下の一年生、臨時書記の遠野斎(とおのいつき)だ。

 今にも消えそうな白い肌と髪を持ち、どこか存在が薄い彼だが、それでも立派に魔力は高く、くせのある生徒会の中では癒し系だと副会長の雅人がいつも評価している。

「そうなんだよな、でも匿名ってとこがちょっと――いたずらの可能性もあるし」

 うーん、と悩み込む英司の横の空間がシュッと揺らいだ。

「はあい、みんな、がんばってる?」

「雅人先輩、遅いですよ」

 英司は膨れて文句を言った。

「ごめんごめん、いやあ、ちょっと純情なのに素直じゃない少年の恋の行方が気になってさあ」

「人の恋路に首を突っ込む奴は、どうなるか知ってるか? 雅人」

 冷ややかな声で直樹が聞くと、雅人は薔薇を片手にしれっと答えた。

「ああ、馬に蹴られるんだって? ぜひ馬にご登場願いたいくらいだよ。久々に乗馬もいいもんだしね」

「帝も気の毒にな。お前のような小姑を持つと、あとが苦労するんだ」

 直樹はふっと息を吐くと、またPCに戻った。

「で、帝はどうしたんです? ちゃんと後野さんを家まで送ってあげてるんですか」

「今日も完敗だったみたい。それで今、猛烈に怒ってるから、みんな気をつけてね」

 雅人の言葉に、直樹はじろりと横目でねめつける。

「お前のことだ。どうせ帝の苛立ちを3倍ぐらいは膨らませる余計なちょっかいを出しただろう」

「おー、さすが親友だねえ、僕の行動がすっかり読めるなんて」

 ピンポーン、正解です、と明るく笑う雅人に、その場にいた3人は同時に肩を落とした。

「ところでみんな、今日の業務は?」

「今やってますよ。もう、俺達遊んでるわけじゃなんですからね」

 ピシャリと英司は言ってのけ、例のメモ書きを雅人に渡す。

「ふうん、なかなか興味をそそられる内容だね」

 メモに目を走らせて、雅人はにやっと笑った。

「くだらんな」

「あれえ、直樹君、どうして? なかなかいいじゃない。放課後の図書室、読書の最中に聞こえた小さな少女のすすり泣き。そのあまりにか細くせつない声に、胸締め付けられて気になって、夢にまで見るようになる。彼女は一体誰? どうして泣いているのだろう。僕のこの胸に響く、甘く悲しい思いは何?」

「はいはい、そこで薔薇と一緒にポーズを決めなくてもいいですよ。この件は一応無視することにしましたから」

「えーっ、つまらないなあ」

「この手の怪談話は、どこの学校にもつきものだ。俗に言う七不思議って奴だろう」

 直樹は興味なさげにつぶやくと、立ち上がった。

「俺はちょっと資料を見てくるよ。下の書庫にいるから、何かあったら呼んでくれ」

「あーっ、直樹君、ずるい! 本当は逃げる気だね。我らが会長 帝が来る前に」

「じゃ」

 雅人の抗議に耳も貸さず、さっさと直樹は行ってしまった。

「あ、俺もまた体育館に行かないとっ。バドミントン部に羽取って欲しいって言われてるんです。じゃ斎、なんかあったら思念送ってくれ」

 そう言うと、英司もすばやく指を鳴らして姿を消した。

「みんな薄情だなあ。ま、いいか」

 雅人は笑むと、すっと斎の側による。

「これでやっと二人きりになれたね、い・つ・き」

 斎は、雅人のオーバーリアクションを黙って受け止める。

 その表情が芳しくないのが、雅人には痛いほど伝わった。

 背後から彼をぎゅっと抱きしめると、耳元にささやく。

「そんな顔しなさんな、大丈夫だよ、斎」

『……』

「茉理姫は、別に帝を嫌っているわけじゃない。むしろ逆。君もよくわかっているだろう」

『…はい』

 斎は心の思念であいづちを打ち、小さくうなずく。

 生まれる前に受けた呪いのせいで、彼は言葉を話せない。

 魔族なので思念会話が出来るはずだが、呪いに阻まれ英司と茉理以外の人間には彼の言葉は届かないのだ。

 それでも――大先輩の雅人には届かないとわかっていても、思念を送って返事をしてみる。

「それを帝が理解出来ないでいる。そのことが君の心を重くさせているのはわかるけど、こればっかりは時間がかかる。そうそう人の性格なんて変えられるものじゃないしね」

『そうですね』

「横で見ていて、どっちも必死なのがわかるから、余計に辛くなっちゃうんだね。君は本当に優しくていい子だよ」

 頭を撫でられ、斎はちょっとなごんだ。

 実は、こういう雅人のスキンシップが嫌いではなかったりする。

 今までこうやって人と触れ合うことなんて、まったく出来なかったのだから。

 自分を抱きしめて、大丈夫だと言ってくれる存在などいなかった。

 でも今は、こうして側にいてくれる人がいる。

 甘えられることが、時には力になったりもするのだ。

 斎は雅人にもたれ、そのぬくもりにひと時の安らぎを感じていた。



 雨は、さっきより激しく降り注いでいた。

 特館――生徒会室のある館の屋根の上。

 帝はじっと座り込み、雨に己をさらしていた。

 微動だにせず、頭からずぶぬれになって、それでも彼は動こうとはしない。

(茉理)

 彼の頭にあるのは、自分の決めた『彼女』のことだ。

(どうして俺にそんな態度を取るんだ。まったく理解出来ない)

 彼女の行動は、いつも彼には意味不明で理解不可能、予測のつかないものだった。

(普通、女だったら、待っててやったら喜ぶものだ。それに追いかけて優しくしてやったってのに、これ以上どうしろと)

 彼はどうしてよいかわからず、戸惑っていた。

 彼女に徹底的に嫌われてしまったのか。

(そんなのは嫌だ!)

 彼の中に、どうしても彼女を振り向かせたいという強い思いがわく。

(彼女は『僕』のものだ。ずっと待っていたんだ!)

 彼の中のもう一つの人格が、魂をきりきりと締め付ける。

(誰にも渡したくない。『君』はこの『僕』のものなんだから)

 嫌われるなんて我慢が出来ない。

(どうしたら『君』を『僕』の方に、向かせることが出来るんだ? そのためなら『僕』はどんなことでもするのに)

 一目見て、惹かれてしまったあの魂の輝き。

 ずっと待ち続けていた人――きっと遥か昔から、生まれる前から待って待って待ち続けた人。

 やっと来てくれたのだ、自分の前に。

 彼女の中に眠る魂が――。

 それは直感というには、あまりにも激しい確信だった。

 彼女こそが自分の『運命』。

 このたぎる想いがなんなのか、彼自身にもよくわからなかった。

 それでもこの気持ちは確実に自分の中にあって。

(くそっ)

 帝は自分の熱い感情をもてあましながら、こぶしを握り締め、雨に打たれ続けた。

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