過去の回想1
少しずつ、少しずつ時が過ぎた。
精霊の少女は、小さな棚の隙間から彼のことを待ちわびるようになった。
校舎に何度も鳴り響くチャイムの音。
あと一回。
あと一回鳴ったら、あの人が来る。
紫の瞳は期待に煌いた。
一体どれだけの長い時を、一人で過ごしたことだろう。
やっと自分と言葉をかわせる優しい存在とめぐり合えた。
以前の主人たる魔術師も良い人だったが、彼は更に違う大切な人。
(あの人は、とても温かい。トオル……)
精霊の少女は、彼を思うといつも心が熱くなった。
こんな気持ちは、生まれて長い時を生きてきて初めてのことだ。
戸惑うこともあったが、少女の中でもう彼は決して消えてはならないものになっている。
(トオル)
少女は何度も少年の名を呼び、待ち続けた。
「ごめん、遅くなって」
駆け足で棚の奥に現れた少年に、精霊の少女は微笑んだ。
いつもと変わらぬ温かいまなざし。
彼女はさっそく棚の隙間から姿を見せる。
少年の瞳が自分を見ると嬉しそうに輝くのがわかり、それがまた心を躍らせる。
棚を背もたれに、二人は並んで床に座った。
他の誰かがたまに本を探しに来たが、別に大丈夫だ。
少年以外の人間には、彼女の姿は見えないのだから。
二人は小声でいろんなことを話す。
「今日はね、魔族史で面白いことを習ったんだ」
徹は得意そうに少女に報告した。
彼女は微笑んで耳を傾ける。
彼女にとってはすべて周知の事実でも、少年にとっては新しい発見。
それを目を輝かせながら話してくれる彼の声が、少女はたまらなく好きだった。
友達のこと、先生のこと、授業のこと。
なんでも生き生きと語って喜ばせようとしてくれる彼の心が、少女はたまらなく嬉しかった。
話が途切れると、彼はぽつんと寂しそうに『本、まだ見つかっていないんだ、ごめん』とあやまる。
少女の胸は、その一言で締め付けられそうになった。
自分のために、彼が必死に探してくれているのは知っていた。
そしてそれが彼の心の重荷になっているのが、たまらなく辛かった。
(もう、いいのに……)
確かにあの魔術書は大切だ。
もう一度めぐり合いたいと思う。
でも――。
(あなたにこんな顔をさせてまで、手にしたいものではない)
辛そうに俯く彼に、少女はそっとよりそった。
(あなたが側にいてくれれば、今はそれでいい)
その言葉を何度か口に出そうとして、言えずにいた。
自分は人間ではない。
彼とはあきらかに異質のもの。
今、こうして対等に話をしていること自体が、自然の摂理に反することだ。
あくまで自分は精霊であって、もし彼が自分と契約を結ぶなら自分は彼の僕となる。
そのことが、彼女にはたまらなく辛かった。
決して隣に並ぶことは許されない関係……でも。
でも今だけは、これを壊したくない。
自分の想いを口にすることでこの関係が壊れてしまいそうで、彼女は心の奥にそっと閉まって鍵をかけた。
そして永久に封印することにした。
――彼への本当の気持ちを。




