21
『ここは……』
目を開けた茉理は驚く。
辺りはセピア色。
そしてここは、どこかの病院の一室のようだ。
白い寝台に寝かされ、ぴくりとも動かない青年の顔を見て、ティアは声をあげる。
「トオル」
『え、あの人が徹なの? って、ここって一体……』
「トオルッ」
精霊の少女は羽を広げて飛翔し、ベッドの上に留まった。
『しーっ、後野さん』
後に続こうとした茉理の肩を、英司がぐいっと摑んで引き止める。
『山下先輩、ここって』
『ここは過去なんだ。徹が臨終を迎える日でね』
『ええっ』
『俺の魔力で過去をさかのぼったんだ。まだ徹には息がある。最後の数分だけどね。ティアも同じぐらいだし――最後は二人っきりにしてあげようよ』
(あと数分)
茉理は英司と病室のドアに隠れ、二人の様子を見守った。
換気のためか少しだけ窓の開いた静かな個室に、徹は一人で寝かされている。
「トオル……トオル……」
ティアはか細い声で名を呼びながら、涙の雫を徹の頬にこぼした。
自らに残された光をせいいっぱい輝かせ、彼女は徹の上に覆いかぶさり、彼を抱きしめる。
「ティ、ア……?」
(嘘だろ。もう呪いが全身にまわっている奴が)
英司は思わず息を飲んだ。
まさかこんな最後の時に、徹の意識が戻るなんて。
「ティア……これは夢なのか。それとも俺はもう死んでしまったのか」
徹は指を伸ばし、ティアの頬に触れた。
「君にまた会えるなんて……」
「トオル! 会いたかったわ」
「会いたかった……そんな嬉しいことを言ってくれるのかい。君は僕を恨んでいるはずなのに」
「うらむ? いいえ、貴方を恨んだことはありません。初めて会ったあの時から、わたしはずっと貴方を思ってきました。貴方だけを」
ティアは、まぶしいくらいの笑みを浮かべて徹に告げた。
「貴方が好きです」
徹の瞳が、衝撃に揺れる。
ティアは必死に彼にしがみつき、こぼれる光の涙で彼を濡らした。
「わたしのすべては最初から貴方だけのものだった。智之じゃない、他の誰でもない。精霊というこの身にはあるまじき想いではあったけど、わたしは止められなかった。あなたを愛することを」
「ティア」
「最後に貴方に伝えたかった。わたしは今、最高に幸せです。貴方と出会えて」
声が、光が急激に弱まる。
「ティア?」
「もう限界みたいだ」
瞼を熱く濡らす茉理を、優しい瞳で英司は見た。
二人は、そっと見守り続ける。
ティアはこれ以上ないほど美しい笑みを浮かべながら、徹に寄り添うように抱きつき、少しずつ消滅していった。
「ティア……」
彼女の残像がすべて消え、徹は一筋涙をこぼす。
「僕も嬉しいよ。あのときから永遠に君に嫌われてしまったと思っていた。君と智之との仲を裂いてしまった僕自身の醜さに耐えられなくて。でも違ったんだね」
満足そうに微笑みながら、徹は静かに目を閉じた。
穏やかで安らかな笑みを浮かべた唇が最後にかすかに動き、愛する少女の名をつぶやく。
そして――。
『逝ったみたいだね』
『……』
茉理は何も言えず、俯いて溢れる涙を袖でぬぐった。
そんな彼女の肩に手をかけ、英司は、戻るよ、と温かな声でささやく。
病室の窓に下がった白いカーテンが緩やかに動く中で、一人の青年が満足そうに微笑んで永遠の世界に旅立っていった。




