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図書室の守護精霊(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編2)  作者: 月森琴美


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18

 昼休みの屋上。

『ごめん、突然呼び出して。もうお弁当、食べた?』

「あ、うん。大丈夫」

 茉理は斎に思念で呼び出されていた。

 頭の上は少し暑い。

 梅雨で先日まで雨が降っていたのに、今日は打って変わった蒸し暑さだった。

「あー、このむしむしした天気が、早く終わってくれないかなあ」

 茉理はうめきながらつぶやく。

『夏服に変わったけど、ちっとも涼しくないね』

 斎は微笑むと、手に持つ包みを差し出した。

『はい、これ。生徒会から』

「何、これ……って、あああーっ」

 白い布をめくって、茉理は声をあげる。

 そこには失くした鏡が包まれていたのだ。

「すごい、もう見つけられたの?」

 どこにあったの? と詰め寄る茉理に、斎はあわてて言葉を送った。

『あのね、廊下に落ちてたみたい。誰かが拾って落し物として届けてくれてたんだ』

「えっ、そうなの? どこの誰?」

 お礼を言わなくちゃ、とつぶやく茉理に、斎は肩をすくめる。

『ごめん。その人、名前もクラスも言わないで言っちゃったから、よくわからないんだ』

「そうなんだ」

 茉理は戻ってきた鏡を指先で撫でた。

「ありがとう。これ、大切な物だったの」

 彼女の頬が嬉しさで染まる。

 何度も鏡を指で触れて確かめる茉理の横顔を、斎は少し悲しそうにみつめていた。




 少し時間をさかのぼる。

 二時間目後の休み時間、斎に英司から思念が送られてきた。

『斎。今、時間ある?』

『英司先輩?』

 不思議そうに首をかしげながら、はい、と言葉を返すと、英司の声が頭の中に響いてきた。

『帝から伝言。今すぐ屋上に来いって。じゃ、伝えたよ』

 そう言って思念は打ち切られ、斎はあわてて教室を飛び出した。

 息を切らせながら屋上に上がると、そこに黒い人影が待っている。

 帝は息を整える後輩を静かに見つめると、すっと白い包みを差し出した。

『これは――』

 受け取って中を見て、斎は目を丸くする。

『これは、後野さんの鏡!』

 あの夜、鉄格子の前で彼女がかざした不思議な力を秘めたもの。

『どうして帝先輩が、これを?』

 問うような斎の視線に、帝はすっと目をそらす。

「あの夜の次の日に、俺が図書室の隅で見つけた」

 目を見開き、顔をゆがめる斎に、鋭い緯線が差し込まれる。

(帝先輩は知っていたんだ。あの時、何があったのかを)

 自分の大切な少女の持ち物が、あの棚の前に落ちていた。

 彼ならこの鏡がただのミラーではないこともわかっただろうし、どうしてそれがあの時間、図書室に落ちていたのかすぐに調べ上げただろう。

 雅人が巧妙に監視モニターを操作したみたいだが、そんなものはすぐにばれる。所詮、無関心の宿直教師に対応するぐらいの効果しかない。

 俯く斎の肩に、帝はぽんと手を置いた。

「そんな顔をするな。お前を責めるつもりはない」

『……』

「これは、お前からあいつに返してやれ」

『そんな』

 斎は鏡を持つ手を震わせる。

(何故、帝先輩が直接返さないのだろう?)

 そんな疑問が彼の中に渦巻く。

 以前の帝とはあきらかに違う行動だ。

 今の茉理は帝にとって、誰も近づけたくない最愛の人であるはずなのに。

「頼んだぞ」

 そう一言つぶやくと、帝は斎の横を通って階段に向かっていった。

 ぼうっと鏡を持って立ち尽くす斎の前に、すっと薔薇の花が差し出される。

「綺麗な花はいかがですか? 王子様」

 ふふっと笑むと、何時の間に現れたのか雅人が目の前に立っていた。

「やれやれ、帝もまったくいじっぱりだからなあ」

 お子様だねえ、と笑う雅人に、斎は揺らいだ瞳を向ける。

「斎君、そんな顔をしない。まるで世界の終わりが来たみたいじゃないか」

 雅人はそう言って、斎の頭をくしゃっとかき回した。

「帝はね、ちょっとすねてるんだよ、茉理姫に対して」

『え?』

「こないだ、きっぱり言われちゃったからね。『ちょっとした顔見知りの後輩』でいたい、と」

『はあ』

 まだ不思議そうな斎の表情に、雅人はくすくす笑う。

「だからあいつは今、内心ではかなりご機嫌ななめなんだよ。自分でもそうすると言ってしまったから今更態度を改められないけど、本当のところはね、姫に『あなたはただの顔見知りよ』と言われて、『そんなことはない! 俺は君を誰よりも深く思っている。どうかそんな風に言わないでくれ。傷ついてしまうよ』と言えないわけ。本人の意地にかけてもね」

『……』

 斎はふうっと脱力する。

(なんだ、意地かあ)

 もっと何か複雑な心境があるような気がしていただけに、彼は心底ほっとした。

「なに? 帝が茉理姫を嫌いにでもなったかと思った?」

 斎は小さくうなずいた。

「ないない、そんなこと天地がひっくり返ってもありえない。本当に彼は茉理姫に惹かれているんだ。でも本人としてはそんなことを認めるわけにはいかないのさ。だってそうだろう? 一年後には別れないといけないんだから」

『でも、帝先輩が認めたら……』

 斎のまなざしに言いたいことを読み取り、雅人は苦笑する。

「恋心は複雑なものさ。それが100%ピュアで、今まで一度も経験したことのない想いであればあるほどね。気付かなかったり、戸惑ったり……大切なものが出来たと認めることは、実際かなり大変なんだ。それは時には自分を強くしてくれることもあるけど、同時に弱点にもなるのだから」

 雅人のいつになく真摯な口調に、斎は黙って耳を傾けた。

(大切なものを認めるには、勇気がいるっていうこと?)

「ま、そういえば僕たちもこれからだね。がんばって素敵なレディを見つけないと」

 雅人のウインクに、斎はふうっと息をはく。

「そういうことだから帝はわざと彼女との接触を避けるだろうよ。まったく早く認めちゃえばいいのにねえ、じれったいったらありゃしない」

 彼女の方から求めてくるまで、あいつは当分動けないだろうよ、と雅人は空を仰ぎながら、ため息をついた。

「ま、心配しなくても、いざってときにはこの僕がうまい具合に背中を押してあげるけどね」

 お目付け役としてのお役目だし、と優雅に微笑むと、彼は薔薇の花を斎にくれた。

「はい、これは僕から。この花を保健室に届けておいてくれないか」

薔薇の花を見て、斎は顔をしかめた。

(この花は……)

 もちろんただの薔薇ではない。

「じゃ、頼んだよ」

 片手をあげると、雅人はしゅっと消えた。

 斎はため息をつくと、二つの頼まれ物を抱えて小走りで教室に帰っていった。




「遠野君、遠野君、どうしたの?」

『え……ああ、ごめん』

 顔を覗き込まれ、斎は我に返った。

 茉理の不思議そうな目線に、優しく微笑んでみせる。

『ごめん、ちょっと考え事をしてたから』

「そうなんだ」

 茉理の瞳が少し揺れる。

 でも彼女は、それ以上何も追及してこなかった。

「あのさ、遠野君」

 言いにくそうに茉理は少しもじもじする。

『何?』

「えっと、その……今日の放課後、時間ある?」

『え?』

 茉理は俯きながらぼそぼそ言った。

「お願いがあるんだけど、良かったら、一緒に図書室に行ってくれないかな」

 斎は驚いて、まじまじと茉理を見つめてしまう。

『どうしたの、後野さん。図書室は今、一般生徒立ち入り禁止だよ』

「うん、そうなんだけど、どうしても試してみたいことがあるの」

 茉理は顔をあげ、訴えるようなまなざしを向けた。

「この鏡ね、不思議な力があるんだって。わたしの家に代々伝わるものなんだよ」

『それが何か』

「この鏡を使って、あの精霊の少女の心を開けないかやってみたいの。お願い。一緒に来て」

『で、でも……』

 少々困惑し、斎は返事を返せなかった。

 うかつに彼女をあそこに近づけるわけにはいかない。

 もし精霊が暴走したらそれこそ命の危険もあるし、またこの間みたいに彼女が意識を失うことだってありえる。

 茉理の願いをかなえてあげたい、心はそう思うのだが――。

 ためらう彼に、茉理は笑顔をみせた。

「やだ、ごめん。遠野君。そんな困った顔しないで」

『僕は……僕は……』

「いいって、ちょっと言ってみただけ。時間がないんだったら、無理しないでそう言ってくれていいの。本当にごめんね」

 頭を下げられ、斎はあわてた。

『いや、そういうんじゃなくて僕は』

「迷惑だったよね、突然、こんなこと言われて。うん、大丈夫だよ。わたし一人でも行けるから」

 最後の言葉に、斎の顔から血の気が引いた。

(一人で行くだって!?)

 そんなことは絶対にさせられない。

 彼女を一人で危険な場所に踏み込ませるなど絶対出来ない。

「じゃ、これ、ありがとう」

 またね、と笑顔で手を振り、茉理は屋上を出て行った。

 一人残された斎は思いっきりあせる。

(どうしよう! 後野さんが……)



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