13
帝と雅人は、伊集院本邸の庭に立っていた。
庭と言っても、校庭を3倍はあわせたぐらいの広い敷地だ。
その中に人工の森やら川やら泉や花畑なんかが、自然そのもののまま配置されている。
「行くぞ」
帝はそう言うと、すばやく両手を胸の前に組んだ。
雅人は向かい合って立っているが、あいかわらず薔薇の花を片手に微動だにしない。
でも帝にはわかっていた。
彼が、まったく隙をみせていないことが――。
呪を唱え、まず帝の雷攻撃が炸裂する。
何本もの雷が、真っ直ぐに雅人を襲った。
「正面とは、僕もあなどられたものだね」
まったく動じず、雅人は薔薇の花をかざす。
雷攻撃はすべて一本の赤い薔薇の花に向かって誘導され、花びらを散らすこともなく、あっけなく消滅した。
(そう来なくては面白くない)
どうせ今の攻撃は、初めの挨拶代わり。
すべて受け止められるとわかっていて仕掛けたのだから、腹も立たなかった。
帝はまた呪を唱え、今度は金色の大剣を出した。
彼の手に握られたそれは、雷鳴を帯びて強く輝く。
黒い瞳に、激しい闘志が宿った。
(ふうん、もう君の武器を出してきたってわけか)
雅人は冷静に状況を見ながら、白い薔薇の花束を出す。
そっと花びらに唇を寄せると、何本もあった花がたちまち短剣に変わった。
どの短剣の切っ先も、うっすらと白い炎のオーラが燃え立っている。
やはり先制攻撃は帝からだった。
「やあーっ」
鋭い剣先を向けて、彼は雅人に切り込んでくる。
雅人は優雅な動きでさらりとかわすと、すばやく帝の剣先の間合いを離れ、短剣を投げた。
しゅっと空気を切るような音と共に、何本もの短剣が帝に襲いかかる。
「くっ」
彼は、すぐに身をよじって短剣を避けた。
「ふふっ、全部避けるとは流石だね。でも次はどうかな」
雅人は大量の薔薇の花束を、帝に向かって投げ放った。
それは雅人の手を離れた瞬間、すべて短剣へと変化し、帝を襲う。
何十本もの短剣の雨を浴びて、帝は避けるのにせいいっぱいだ。
「面白くないな、帝。もっとこの僕を楽しませてくれよ」
手ごたえなしなんてつまらない、と笑む雅人に、帝は肩で息をしながら体制を整える。
「貴様……」
「やれやれ、君は今、冷静さと心の安定を欠いている。そんな中途半端な心で、この僕に勝てると思うのかい。もっと落ち着けば、僕をスリリングな戦いの世界の高みへ昇らせてくれることも出来るはずだのに」
「……」
「つまらない勝負は、僕も付き合いきれないよ。さっさと終わらせようか」
雅人の目が炎を宿した。
彼は両手を胸に組むと、そっと呪を唱える。
(何をする気だ……まさか!)
帝が体制を整える間もなく、燃え滾る魔方陣が帝の足元に現れた。
「すべてを焼き尽くす紅蓮の炎よ! 生贄を包み、燃やすがいい!」
雅人の一声と共に、足元の魔方陣から大量の炎が燃えあがった。
帝は炎の中に包まれ、襲いくる炎と熱さを通り越した痛みを必死に防御のバリアで防ぐ。
「言ったはずだよ、帝。僕は手加減はしないと」
雅人の何者にも動じない声が、厳かに庭に響いた。
「僕は美しいものが好きなんだ。何故ならそれが儚く消滅していく瞬間は、最高に美しいからね。君はおよそ僕の知る限り、世界中で最もおろかで誇り高い王の魂を持っている。穢れなき孤高の魔王! それが僕の生み出した美しき炎に包まれ、終焉を迎えていくなんて、なんて感動的な場面なんだ」
迫り来る炎に辟易しながら、帝は雅人のいつもの芝居がかった口調に少し頭が冷えてくる。
(こいつはなんでいつもこうなんだ。この現実とかけ離れたような思考はなんとかならないのか)
雅人らしいといえばそうなのだが、敵になったらこれほど恐ろしい男はいない。
そして今、彼は本気で自分を燃やしてしまおうとしているのだ。
(俺を見極めるというつもりか。ふっ、お前らしいな)
いつもの冷静な心に戻って、帝は雅人の姿を眺める。
微笑む彼は、炎の中から見ても綺麗な存在だった。
すべてを全力で見極めようという、その真剣な瞳は彼の心を魅了する。
(いいだろう。貴様の期待に答えてみせよう)
帝は目を閉じ、全身の力を集中させた。
跪くと、胸に組んだ両手をあろうことか燃え上がる炎の中に突っ込む。
炎をものともせずに彼は両手を地面に――魔方陣の中央についた。
そして一気に魔力を両手に流し込み、爆発させる。
「うわっ」
炎はとび上がり、火の粉が雅人に降りかかった。
「っぶないねえ。お子様は火遊びをしないほうがいいって、いつも言ってるのに」
口調とはうらはら、雅人の瞳は輝いている。
(やはり君らしいね、帝。炎など君の行く手をさえぎる何の障害にもならないというわけか)
自分の全力の攻撃を受け止めて弾けないような男は、仕える王たる資格なし。いっそ燃えてしまえばいい。
彼の思いを見事に帝は受け止め、己の魔力で弾き飛ばしてしまったのだ。
魔方陣を力まかせに打ち砕いた帝は、静かにその場に膝をつく。
いくら魔力は雅人を凌ぐとは言っても、全力でほどこした術の効果は、彼の全身を疲労という束縛で縛りつけていた。
雅人は息を荒げながら、それでも瞳に闘志を失っていない少年を満足げに眺める。
(僕の期待を遥かに上回る君には、いつも感服するよ)
全身にたぎる魔力をすべて両手に集中し、炎の魔方陣を一瞬で打ち砕くとは。
それはタイミングを逃せば、かなり危険な術でもあった。
(少しでも力を出し惜しめば、炎を増幅させて自分を焼き尽くしてしまう。全力で一気にすべてを破壊しつくすという覚悟がないと成立しない)
そして失敗すれば自分の魔力・体力共に失うため、あっという間に炎の餌食となってしまう、まさに紙一重の方法。
(ふふっ、君の心が少しは安定してきたようだね。さっきまでの闇雲な攻撃ではなく、きちんと判断して冷静に対処した。これで少しは話しやすくなったかな)
雅人は笑むと、彼の前に膝をつく。
顔を上げ、じろりと彼を睨む帝と、真剣に目を合わせた。
「君の精神は通常通りに戻ったようだね。これで少しは僕の話も聞いてもらえるというものだ」
「……」
「さっきまでの君は怒りと苛立ちで満ち満ちていた。そんな奴とまともな会話は不可能だからね。少し頭を冷やさせてもらったよ」
「貴様っ」
あくまで自分を手のひらで躍らせるこの男に、帝は再び拳を握って突き出す。
「おっと、今の君は赤子も同然。こんなへなへなしたパンチじゃ僕をどうすることも出来ないよ」
「ふざけるな。いつもいつも……どうしてお前はそうなんだ」
帝はせいいっぱい声を張り上げた。
「俺を良い様にあしらって、結局自分の目的を達成する。何が俺に仕える充実な僕だ。俺はお前にしてやられたことしかないじゃないか」
「ふうん、自分が未熟なお子様だって自覚は、一応あるんだね」
嬉しそうに雅人は彼にささやく。
「くっ」
帝はそっぽを向き、唇を噛み締める。
なんだかんだ言っても彼は雅人や直樹には、いつも一枚上手を取られていた。
どんなに虚勢を張っても、まだ自分は彼らには追いつかない。
「そんなに悔しい? 茉理姫に嘘のラブ・レターをもらったことが」
「……」
「まさか自分が騙されるとは思ってもいなかったからね、君は。得にああいう可愛い女の子からしてやられるなんてさ」
帝は体中を怒りで奮わせた。
思い出しても腹が立つ。
(あいつ! 俺が散々その気になって側に寄ってやったというのに、こんな仕打ちをするなんて絶対に許せん。この俺を厄介払いするとは、身の程知らずが)
返事も出来ないくらい身を焦がしている少年に、雅人は冷たい目を向けた。
「そんな風にしか考えられないから、君はお子様だっていうんだよ。まったく――ガキが一人前に誰かに腹を立てるなんて数百年早いね」
「何だと」
「君は自分のプライドを傷つけられたことで、ひどく怒っている。でも考えたことがあるのかい? 茉理姫のことを」
「何」
「彼女がどうして君にあんな手紙を送らざるをえなかったのか、考えてみたのかと聞いているんだ」
語尾を強め、雅人は通常見せたことのない冷たい目で帝を睨む。
「それは――」
「彼女がどういう少女か、君もわかっているはずだ。一緒に異次元に飛ばされて、そこで君には理解出来ただろう。後野茉理がどういう存在なのかを」
はっと帝は顔をあげた。
(そうだ、あいつは)
彼女は魔力こそないが、普通の少女ではない。
聖なる巫女の力を宿す――おそらくは聖魔巫女。
ゆるゆると帝の頭の中を、過去に散々習った知識がめぐってきた。
その顔が苦痛で歪む。
「……あいつは今、どうしてる?」
「君の怒りをまともに身に受け、完全に意識を失っているよ。参ったねえ、いつ回復するのやら」
ふうっとため息をついた雅人に、帝は詰め寄った。
「どこにいる。無事なんだろうな」
「一応息はしているよ。目覚めるのはいつになるかわからないけどね。僕だって過去の文献で聖魔一族に関する記述を読んだだけで、一度も本物の聖魔一族を見たことがないんだから」
本当に気絶するとは驚きだよ、と雅人は肩をすくめてみせる。
「わかるだろう、帝。聖魔の民は、大切な人を傷つけることが極力出来ない一族だ。なぜなら一度自分で意識した人間の悲しみや怒りをまともに共有して、心と体で受けてしまうからだ。昨夜の精霊の少女しかり、そして今は君を傷つけてしまったことで、彼女は昏睡状態にある」
帝はこぶしを地面に叩きつけ、己の認識不足を呪った。
(そうだ、あいつは弱い。だからこそ心かき乱すものの側には近づけてはいけないんだ)
朝にはわかっていたことだ。
だから少女の昨夜の行動を雅人に咎めたというのに。
(俺があいつを傷つけてどうする。まったく何をやってるんだ)
自分で自分の至らなさに身を震わせている彼を、雅人は温かく見つめた。
(過ちはきちんと認める。そんな素直な君だから、僕は側にいるんだよ、帝)
側で、どんなことも助けて導いてやりたい。
彼の望むその道の、手助けをしたいと決めたのは何時だったろうか。
「これでわかっただろう。彼女にとって君はもはや無視出来ない――傷つけてはいけない大切な存在になっているんだ。茉理姫はいつも君のことを、ちゃんと考えてくれている。君もそれを感じていたはずだ」
「俺は……俺は……」
「なんで彼女は必死にイベントをクリアしたんだい? 君をふってしまったそのわけは何だい? 君が本当に嫌で、顔も見たくなくて彼女は生徒会室をめざしたのかい?」
「……」
「そうじゃないだろう。クリスティ家のしきたりから、君を1年だけでも解放したかった。自分が勝者となったこの期間だけは、誰にも心を縛られずに自由に生活して欲しかったんだよ。そうだろう」
帝は目を閉じ、静かに思いをはせた。
その脳裏に、彼だけが知っている少女の姿が映る。
黒いローブを纏い、腰に銀の鎖を巻いて、聖魔巫女と同じ衣装で彼女は異次元でがんばっていた。
辛いことも悲しいこともきちんと受け止めて、心の奥にしまって、共に元の世界に帰ってきたのだ。
「あいつは、どこにいる?」
「特館の、薔薇の館に」
「そうか」
帝は立ち上がると、口元ににじむ血を腕でぬぐった。
そして雅人の方を振り向きもせず、シュッと瞬間移動する。
(やれやれ、行っちゃったね)
雅人は赤い薔薇の花を取り出し、高貴な香りを吸い込んだ。
(王様が少しずつ成長していく。お守役としては嬉しい限りだね)
『本当に誰かを好きになる』ということは、どういうことなのか。
彼がそのことを理解するようになるまで、まだ道のりは遠いけど。
(初めの一歩は踏み出せたようだからね)
彼が勝手に本やメディアなどでこしらえ上げた好きな相手との交際方法に関する意識は、きっと少しずつ改善されるだろう。
本当の恋を知ることが出来たそのときに――。
(楽しみだよ。本当の君が全力で誰かを愛する姿は、きっと美しいだろうからね。その恋は最高のロマンスに満ちて、世界に名をはせる恋物語ですら色あせる胸躍る舞台になるだろうから)
新たな期待に胸を弾ませながら、雅人は薔薇の花に優しく唇を寄せた。




