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図書室の守護精霊(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編2)  作者: 月森琴美


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15/29

 夜の校舎は、かなり不気味だ。

 斎と茉理は家を抜け出し、学校までやってきていた。

「遠野、君……」

 何気に声を震わせる茉理に、斎は薄く笑う。

『怖い? そうだね、ちょっと気味悪いかも』

 ふふっと笑うと、彼は茉理の背中をぽんと叩いた。

『でも、行くんでしょう?』

「うん」

 彼女はうなずき、昇降口で靴を変える。

 廊下のところどころで、非常口、と書かれた緑のライトが点滅していた。

 何気に忍び足になりながら、斎のあとについて図書室に入る。

 震える体を両手で抱きしめながら、茉理は図書室の奥を目指した。



 真っ暗な奥の壁の前で、二人は立ち止まる。

 耳を澄ますと、あの泣き声が聞こえた。

『やっぱり、悲しい声だね』

「うん」

 茉理は、胸を押さえてその声を聞く。

(本当に悲痛な声だわ。何故こんなにも、この精霊は悲しんでいるの?)

 傍らの斎を見ると、彼も瞳を落とし、黙って唇を噛んでいた。

(やっぱり遠野君は先輩たちとは違うな)

 茉理はそう思い、少し嬉しくなった。



 数刻前。

 誘われたのは、本当に意外な展開だった。

「どうしたの、遠野君?」

 抜け出す用意が出来たと思念を送ると、茉理の部屋の窓が外からノックされ、宙に斎が浮いていた。

 思わずのけぞる茉理に、斎は笑って『お邪魔します』と部屋に入ってくる。

『突然、ごめん。どうしても気になってさ』

「何が?」

『さっき後野さん、すごく辛そうな目をしてたから』

 虚をつかれ、返答の出来ない茉理を、斎は真摯な瞳で見つめる。

『あの精霊のことを僕も考えてみたんだ。初めて見たとき、僕も思ったんだよ。なんて悲しい声だろうって』

「遠野君」

『すごくすごく辛そうだった。それはただ単に契約を解除されたとか、そういうんじゃない気がする。もっと何か魂を引き裂かれるような痛みを味わっているような気がするんだ。後野さんもそう感じたんじゃないの?』

「あ……うん」

『でもそんなことをいくら主張しても、帝先輩にはまったく取り合ってもらえなかったしね。魔術のことなど何も知らないお前に何がわかるって言われたら、誰だって悲しいよ。それで後野さん、さっき元気がなくなっちゃったんじゃないかと思って……違う?』

「うん、そうかも」

 茉理は首をかしげながらうなずいた。

 本当は少し違う気もするのだが、さっきまで自分が何について悩んでいたのか何故か思い出せなくなっていた。

(ま、いいか。あの精霊のことも、確かに悩みの種ではあるしね)

『僕も気になるんだ。明日にしようかと思ったんだけど、どうしても眠れなくてね。もしかして後野さんもそうなんじゃないかと思って、強引に誘っちゃった。迷惑だったかな』

「う、ううん、そんなことない」

 嬉しいよ、と言うと、斎はほっとした笑顔を見せた。

『じゃ、行こうか』

「って、どうしよう、わたし、玄関から出るのはちょっと――」

 ためらう茉理に、斎は笑むと手のひらに乗せた物を見せた。

「何、これ」

 それは小さな粘土で出来た人形だった。

『これに後野さんのかわりをしてもらおうと思ってね。ちょっと髪の毛を一本くれる?』

「え、いいけど」

 茉理は髪を一本抜き取って、斎に渡した。

 斎は髪の毛を粘土人形の中に埋め込む。

 そしてそれをベッドに置くと、両手を胸の前で組み合わせ、呪を唱えた。

 すると――。

「う……うわわわっ」

 茉理はあんぐりと口を開けてしまう。

 粘土人形が突然等身大に大きくなり、茉理そっくりになったのだ。

 驚き、しりもちをつく彼女に、斎はくすくす笑って手を差し出す。

『大丈夫? これは身代わりの人形だよ。でも埋め込まれた本人の情報はちゃんと入ってるから、他の人から見たら何の違和感もなく、後野さんにしか見えないはずだよ』

「ほ、ほえーっ……」

 茉理は、穴の開くほどもう一人の自分を見つめた。

 何から何まで自分そっくりだ。

 斎は人差し指を人形の額に当て、静かに思念を送る。

『さあ、お前は後野茉理だよ。君はもう寝る時間だ。静かにベッドに横たわって休むといい』

 すると人形はすぐにベッドに入り、布団をかぶって寝てしまった。

「すごーい、本当にわたしみたい」

 感心している茉理の肩を、斎がポンと叩く。

『さ、行こう。窓から出ていけばみつからないよ。靴はあるね』

「うん」

 茉理は斎に支えられて、窓から空中浮遊した。

 雨はあがっており、夜風がしめった空気で町全体を包んでいる。

(この間とは大分違うな)

 斎に支えられながら、茉理は雅人と浮遊したときのことを思い出した。

 あのときは突然さらわれたみたいだったが、今度は自分で決めて支えてもらっている。

 そのことが、かなり気分を高揚させた。

 斎はか細い腕は意外なほどしっかり茉理をつかまえてくれていて、高く飛翔していても少しも怖くない。

 茉理は眼下に広がる町の夜景を楽しみながら、学校を目指した。




 宿直の先生に見つかると叱られるので、電気をつけるわけにはいかない。

 二人は手探りで奥に向かった。

『ここだね。後野さん、ペンダントはある?』

「あ、うん」

 茉理は胸に下げた白いペンダントを右手でしっかり握り、左手で壁の前にある障壁に触れた。

 それは茉理の光を受ければ見えるようになるようだ。

 今は時間が過ぎたので、壁しかないように見えるが――。

 茉理はあの檻の感触を左手に感じ、目を閉じて強く念じた。

(お願い、あの精霊さんに会わせて!)

 彼女の体内から光があふれ出る。

 それは一瞬、図書室すべてを満たし、そして消えた。

『やっぱり後野さんはすごいね。ほら』

 斎が壁の間を指差す。

 そこには放課後見えたとおりに、鉄格子と精霊がいた。

 少しも変わらぬ悲惨な姿で――。

 (まだ泣いてる)

 茉理は哀れなその姿に、思わずしゃがみこんでしまった。

 赤い、赤い、涙。

 赤い水溜りになって床を埋め尽くすその涙は、彼女自身をも真っ赤に染め上げている。

『この精霊は確か光属性だったはず。でも今は完全に光を失っているね』

 精霊の少女を観察しながら、斎は思念でつぶやいた。

「可哀想すぎるよ。なんとか出来ないかな」

『僕たちの声が聞こえて、話が出来るといいんだけど』

 斎は精霊に向かって思念を送ってみる。

『精霊の少女よ、僕の声を聞いて』

 何度か呼びかけたが彼女は見向きもせず、顔をうずめたまま本を抱えているのみだ。

 斎は悲しそうに首を振る。

『やっぱり駄目だね。僕たちが出来ることはないよ』

 茉理も精霊に声をかけてみたが、何の反応もない。

 彼女も万策尽きて、悲しげに檻の中を見た。

(何にもしてあげられないのかな)

 じっと耳を澄ますと、嗚咽にまじって何かの言葉が聞こえてきた。

(何?)

 茉理は更に耳を欹てる。

(グスッグスッ……ト、オ……ル……グスッ……)

『後野さん?』

 顔色の変わった彼女を、斎は怪訝そうに見た。

 茉理は真剣に何かを考えている。

 そしてポケットを探って、鏡を取り出した。

『それは何、後野さん』

「これ? これはおばあちゃんがお守りだって、わたしにくれた物なんだ」

 茉理は丸い鏡をみせながら説明した。

「おばあちゃんから聞いたんだけど、うちのご先祖様はね、昔、魔族ととても関係があったんだって」

『そうなの?』

「それでね、これはご先祖代々伝わる鏡で、不思議な力を持ってるって言ってたんだ」

 おとぎ話みたいで半分信じられないけど、と茉理は肩をすくめる。

「さっき夕食の後で、ちょっとおばあちゃんに話してみたの――この精霊のこととか。そしたらおばあちゃんが鏡を使ってみろって言ってくれたの」

『その鏡を?』

「うん、なんでもこの鏡は、いろんな物を見ることが出来るんだって。たとえば」

 茉理は、そこで言葉を切って精霊に鏡をかざした。

「その人が一番今、見たいと思っているもの、とかね」

 静かに鏡を檻越しにかざしたが、精霊は鏡を見ようともしない。

「お願い、こっちを向いて」

 茉理は何度も精霊の少女に呼びかけた。

「あなたの一番見たいものを見せてあげる。だから泣かないで、こっちを見て!」

 あきらめずに呼びかける茉理の心が通じたのか、少女はふと顔をあげた。

 鏡の方を見つめる赤い瞳が徐々に大きく見開かれ、光を点す。

「……トオル……?」

 少女は抱えていた本を放り出し、突然すごい勢いで鉄格子の前に来た。

 鏡をしっかりと見つめ、何度も声をあげる。

「トオル、トオル、来てくれたの?」

 少女の顔が涙に歪むが、それは先ほどの悲惨なものではなかった。

 少しだけだが嬉しさも混じったようで、透明で透き通った輝きが頬にこぼれる。

「トオル、ああっ、また会えるなんて……」

 少女は嬉しそうに微笑んだ。

 斎は、横から少女の変化を見て驚く。

『徹、という少年と、この精霊の少女は会いたがっていたのか』

 彼がこの精霊のマスターだというのか。

 それにしては、鏡の中の少年はクリスティの制服を着ていた。

 とても何百年前の魔術師とは思えない。

(どうなっているんだ)

 斎は頭をひねった。

 茉理は、うっとりと鏡の影を見る少女の姿に胸をつかれた。

(この子……この徹って子を好きなんだわ)

 精霊であろうと、人間であろうと。

 恋する人を見つめるまなざしに、何の違いがあろうというのか。

 この少年を恋い慕い、彼女はずっとずっと泣いていたようだ。

(可哀想。きっと何かの事情があって、この人と会えなくなったのね)

 茉理の心も、彼女の痛みに共感して激しく疼いた。

 自分も今、そうなのだ。

 好きな人と、本気で心通わせることは出来ない。

 ――どんなに想っても、あの人には届かない。

 茉理の手から力が抜けていく。

 彼女は悲しみに押しつぶされそうになりながら、翳した鏡を下ろした。

「待って、トオル、行かないで」

 先ほどより数倍は悲痛な叫び声が、辺りに響く。

 精霊の少女は、自分の体に電流が流れるのもかまわずに鉄格子を摑んで激しく揺さぶった。

「行かないで、戻ってきて、トオル」

 何度も何度も叫びながら、鉄格子より伝わる電流を激しく浴びて少女は正気を失い、檻の中に沈みこんだ。

 そして彼女の悲しみと共鳴してしまった茉理も。

(……会長、帝先輩)

 力尽きた二人の少女に、斎は驚いて駆け寄る。

『後野さん』

 鉄格子を挟んで向かい合うように、二人の少女は倒れてしまった。

 共に力尽き、魂には癒されることのない傷を抱えて――。



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