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「はい、茉理姫はミルクティーね」
「あ、どうも」
カチャンと高級そうなソーサー付きカップを目の前に出され、茉理は恐縮した。
雅人の優雅な動きは、おそらく一流ホテルの一流ウエイター並みだ。
(なんか雅人先輩って、雰囲気出てるわよねえ)
その場が一瞬にして、ホテルかサロンのような気分になる。
全員にティーカップが渡ると、雅人は一流ウエイターから元の貴公子に戻り、これまた優雅さを意識しつつ椅子に腰掛けた。
(うーっ、ついてけない)
彼の変わり身の早さに、茉理はただただ感心してしまう。
(流石、変身魔法の達人よね。演劇部のトップでもあるんだっけ)
町を歩けば雑誌やモデルクラブの勧誘やらが、彼の方にたくさん寄ってくるとか来ないとか。
一緒に歩くとなると、有名人と歩いてる気分になるらしい――校内でもかなりの会員数を誇る雅人様ファンクラブのクラスメイトが得意げにうわさし合っていたことを、茉理は思い出した。
「では始めていいかな」
直樹は掃除機――基『なんでもけんさくくん』の背についたボタンの一つをポチッと押した。
(何から何まで掃除機にしかみえないんですけど)
茉理は目を丸くしながら、直樹の動きを見つめる。
「俺の作った魔道具は傑作だよ。ほら、検索結果もワンタッチで取り出せる」
得意げに彼はまるで掃除機からゴミを取り出すように、開いた部分から紙の束を取り出す。
「お前の発明品のことはわかっているから、さっさと検索結果を報告しろ」
椅子にどかっと座り、帝がいらいらしながら言った。
「あせるなよ。どれどれ、うーん、こりゃあまたややこしいな」
しかめ面をしながら、直樹は検索結果用紙に目を通した。
茉理の瞳に、不安と緊張が入り混じる。
(どんなことが書いてあるんだろう)
さっきの赤い精霊の姿が、脳裏にはしっかり焼きついていた。
あの小さな少女の胸には、一体どんな悲しみが込められているのだろうか。
「まずあの精霊についてだが、属性は光。どうやら一昔前に生きていた高名な魔術師の契約精霊だったようだ。ランク的にはあまり魔力はない。戦闘タイプじゃないな」
「じゃ、なんだ」
憮然と聞き返す帝に、直樹は丁寧に説明を続ける。
「どうもあの精霊は封印魔法専門のようだ。つまり魔術師に償還されて、何かを守っていたのだろう」
「何かってなんだろう?」
茉理は首をかしげた。
「ま、いろいろあるだろうね。高名な魔術師だったら、人に見られたくない魔法の呪文とか書物とか、秘密の封印箱とか山ほど怪しい物を持っていたろうからね」
雅人が、薔薇の花片手にウインク付きで微笑む。
茉理は思わず顔が赤らんだ。
(はあ……やっぱり雅人先輩って苦手)
そもそも自分が苦手でない男の子なんているのだろうか。
ふとそう思い、茉理は知ってる男子たちを思い出してみた。
その中で一人だけ、あてはまる少年を見つけて顔が少し曇る。
(お兄ちゃん)
『後野さん、後野さん、大丈夫?』
斎の思念が頭に飛び込んできて、茉理ははっとする。
どうやらぼーっとしていたらしい。
心ここにあらずだった自分を、他の5人がじーっと見ていた。
「あ……あははは、はい、大丈夫です」
「熱でもあるのか」
帝が立ち上がると、心配そうに横から覗きこんでくる。
茉理の額に額をくっつけてきたので、彼女の頬が真っ赤に燃え上がった。
(や……やだってば!)
沸騰寸前にまで体が燃え上がったところで、やっと帝は茉理を離す。
「熱はないようだな。でもどうしてそんなに顔が赤いんだ?」
「だあーっ、み、か、ど。君がそういうことするからでしょうが」
あきれて雅人がつぶやいた。
「熱を測っただけだが」
「そこの救急箱に、体温計ぐらいあるんですけど」
がっくり気落ちした顔で、英司がつけ加える。
「この方がてっとり早いだろう」
当たり前のように答える帝に、その場が一瞬しらけた。
「続けるぞ」
処置なし、と直樹は、咳払いと共に結果を読み上げる。
「何を守っていたのかは大体わかる。彼女がしっかり抱えていた書物。おそらくあれがそうだろう。図書室のデータベースで判明したが、あの書物は高名な魔術師の自伝だったようだ。この学園創立の際に、ある魔族が先祖の日記を寄贈した。中には昔、彼が行っていた魔法に関する研究の内容が書かれていた。今ではほとんど研究しつくされているから目新しい内容はないけどね」
昔の魔術師が何を考えてたのか、という観点では参考になるだろうけど、と直樹はつぶやいた。
「でもその精霊が守っていたのなら、その本はそもそも読めなかったんじゃないんですか。そんな本を寄贈されても」
英司が疑問を口にする。
「いや、検索によると、この精霊が契約して守っていたのは、本の中のあるページだけだ。だから本を手にしてもその部分が見えないだけで、他の大部分は読めたはず」
「そうなんだ」
茉理は首をかしげた。
「そんなに人に見られたくないものを、どうして残したりしたんだろう」
「その魔術師の考えなんてわからないけどね。危険だけど必要な時もある、そんな内容だったんじゃないかな。あの精霊の少女は、おそらく特定の相手にだけそのページを公開するように、監視の役割も担っていたと見ていい」
直樹は、ふう、と一息ついた。
「ここまではいいか。じゃ、次だ」
彼は目の前のカップからお茶を一口飲んで続ける。
「で、検索結果によると、この少女と書物との契約はすでに切れている。というより無理矢理解除されてしまったと言った方が正しい」
「無理矢理? おやおや、これは」
雅人が、ひどいことをする、と薔薇の花の香りを堪能しながらつぶやいた。
「美しくないね、それであの子は、本と引き剥がされてあんな状態に?」
「さあ、そこまではな」
直樹も、検索結果を眺めながら唸った。
「あの、無理矢理解除って……」
茉理がよくわからずにつぶやくと、思念が送られてきた。
『契約精霊は、主人たる魔術師の命には絶対に従うんだ。それが彼らの生きるすべてになる』
斎が悲しそうに微笑む。
「そうなの?」
『だからその契約を無理矢理誰かに解除されることは、己の存在意義を失うということなんだ。もう生きていたくない、と思ってもおかしくない程度にね』
「そっか。それで彼女は」
茉理はうなずいた。
あの可哀想な少女は、しっかり本を抱えていた。
契約は切れてしまったから、本とのつながりは取り戻すことが出来ない。
でも、それでも。
あの本は彼女のすべてなのだ。
だから取り戻せない契約を悲しく思い、本を抱きしめて泣き続けている。
「可哀想だね、なんとかしてあげられないの?」
茉理のぽつんともらした一言に、帝がふうっと息をついた。
「無理だな」
「無理?」
「そうだ。一度契約を解除されたら、すべて無効となる。もう一度契約し直すことが出来るのは、その精霊のマスターだけだ。しかしもう何百年も昔に死んでいるマスターと、どうやって契約が出来る?」
「……」
「やはり俺達に出来ることはないな」
さっさと処分の方法を――と冷静につぶやく帝に、茉理はダンッと卓を叩いた。
「そんな! まだこれぐらいであきらめちゃうの? 何か方法があるはずだよ」
「魔術のことなど何も知らないお前に何がわかる」
「そりゃあ、わたしは何にも知らないわよ。でも簡単に処分だなんて言わないで! ひどいよ」
茉理は叫んだ。
「何のために会長は魔力を持ってるの? 簡単にそうやって決め付けて、いらない存在を処分するため? それじゃあ、あなたはあの人と変わらないよ。あの人と……」
茉理の脳裏に妖しい微笑みが浮かんだ。
人を魅惑するあの微笑み、心を書き乱す甘い言葉の数々。
茉理の凝視に、帝はついっと視線をそらす。
何故か少女の瞳には、彼を戸惑わせるものがあった。
それまで自分が思い続けてきた常識の世界を、打ち砕いてしまうような何かが――。
「とりあえず、帝」
雅人が、その場の空気をほぐすように笑んで提案した。
「もう少し検索結果を分析して、何か手がないか直樹に探ってもらうことにしようよ。茉理姫もそれでいいね」
「……はい」
茉理は、しゅんとしてうなずいた。
「しかたないな」
帝が思いっきり大きくため息をつく。
茉理が元気がないのを見て、彼はその瞳を和らげた。
「こんなのは俺の主義に反するが、お前がそうしたいというのなら協力してやる。直樹」
「なんだ」
「この本と精霊の契約が切れたのは何時頃かわかるか」
「そうだな……あ、あった」
直樹は検索結果に目を走らせ、声をあげた。
「今からちょうど15年前だな。6月の10日だ」
「英司、お前が過去に跳んで、この日とその前後に何があったか確認してこい」
「はい」
英司はにこっと笑った。
茉理は目を丸くする。
「過去にって、山下先輩、過去に行けるんですか」
「英司君は風系統の魔術に長けているからね。過去も異次元も思いのままさ。もっとも未来は渡れないけどね」
雅人が微笑んで説明した。
「未来を見ることが出来る魔術は特殊なものだ。魔術師の中でも世界で数人しか出来ないだろう。どの系統の魔術にも属さない高等魔術――まさに天より与えられた天賦の才を持つ者のみに使うことが出来る力だ」
直樹が重々しく付け加える。
「余計な話はいい。さっさとこの件を片付けろ。各自、持ち場について行動開始だ」
「はい」
「斎は引き続き生徒会業務を続けろ。俺はちょっとこいつを家まで送ってくる」
帝は茉理をちらりと見て、そう言った。
その場にいた全員が、一斉に立ち上がる。
「じゃ、俺はこれで」
結果は明日に――と言うと、英司はシュッと姿を消した。
「俺は書庫で資料を見てくるよ。この結果も分析して、よりくわしい報告書を書いておこう」
直樹はそう言うと、さっと生徒会室を出て行った。
斎は白いご意見箱を持って、静かに隣の部屋に移る。
雅人は卓の上のカップを集めて、片付けに行ってしまった。
あっという間に、生徒会室は二人だけになる。
帝は茉理の側に寄ると、優しく抱き寄せた。
「どうした」
「別に……過去に行けるとか未来には行けない、とかそういうの聞いてたら思い出しちゃって」
茉理は少しだけ顔を俯ける。
その手が胸元のペンダントを握っているのを見て、帝は眉をひそめた。
嫌なことを思い出してしまったのだろうか。
彼はぎゅっと彼女を抱きしめた。
先日不本意ながら茉理と帝は、過去の異世界――ユーフォリアに異次元転移してしまった。
あの時のことを共有しているのは、帝と茉理の二人だけだ。
最後は悲しく、そして未来に続く暗雲を見てしまったあの瞬間――。
「大丈夫だ」
帝は優しく茉理の耳にささやいた。
「お前は一人じゃない。何があっても俺が側にいてやるから」
我知らず体が奮えるのを止められなくて、茉理は彼にしがみついてしまった。
ユーフォリアが消滅したあのときも、ずっと側に彼がいて、彼女を支えてくれた。
そして守ってくれたのだ。
(また守ってくれるのかな。ずっと、ずっと……)
そんな想いが彼女の心に湧き上がる。
しかし次の瞬間、言いようのない不安が茉理の胸を締め付けた。
それは帝の言葉が、期限付きだと思い出したから。
いつまでもこうして彼が自分を守ってくれるわけはない。
所詮一年だけのことだ。
(わかってるじゃない、そんなこと)
茉理は必死に自分に言い聞かせる。
期限付き――最初からわかっているこの事実が、こんなにも自分を苦しめるなんて。
(駄目だよ、駄目なんだよ。わたし、この人を好きになっちゃ駄目なんだから)
理性とはうらはらに、体は言うことを聞いてくれない。
(わかってる。でも今は、今だけは……)
茉理は辛そうに唇を噛むと、帝の制服の胸に顔をうずめた。




