戦いに向けて2
掛け声と同時に、エニアスが一瞬にして距離を詰めて来る。袈裟懸けに振り下ろされる剣をこちらも剣で受け止め、刀身を滑らせて攻撃を外させる。
さすがエニアスと言うべきか、左足だけで身体の方向を整え、手首の切り返しで振り下ろされた剣をボクの脇腹へと振るう。元々左へ流れていた身体を、そのまま流れに乗って跳ぶことで、エニアスのリーチを出る。
その後も、エニアスは斬撃を中心とした攻撃で攻めてくる。それを、ステップと剣での往なしで全て回避する。言うまでもなくエニアスも激化しているが、今のボクならばこの程度の速度はどうということは無い。
エニアスが振り上げた剣を左半身を下げて躱す。タイマンであれば、この状況は勝ち確だ──だが、相手は複数人。右からアトラが迫っていた。
回避と寸分違わぬタイミングで、音速の刺突がボクを襲う。問題はない。索敵で探知していたから、ちゃんと対応出来るように意識を切り替えている。
一瞬のうちに繰り出された五回の刺突を、全て剣で弾いてその切っ先をボクから逸らす。ほぼ一つになった五つの金属音が鼓膜を揺らす頃、背後に魔力の揺らぎを感じ取る。
剣で対応すれば、その隙に前衛二人に攻撃される。ここは、魔法で防御するとしよう。そう即座に判断し、ボクの背後に地面を隆起させた壁を作る。直後、壁に三つの氷塊が突き刺さる。鋭く尖ったそれは、食らっていればとても継戦出来る状態では無くなっていただろう。というか、当たり所が悪ければ、命を落としかねないレベルだ。
「殺す気かよ」
苦笑いが零れる。とはいえ、イセリーに相手を殺す気で戦え、と教えたのはボクなのだ。呪うなら過去の自分を呪うしかない。
ボクの身長より少し高い壁の天辺に、左手を引っ掛けて、足を蹴り上げる勢いを利用してその背後に回り込む。剣士二人と壁を挟む形になり、壁への干渉を解くと同時にボクの周りへ火球を四つ生成する。
壁が砕けて、砂となる。隙なく、ボクは火球をその向こうにいる二人へと放つ。どうなるかな、と見守る気持ちでいたが、晴れかけた砂埃の先の二人は、こちらに向けて駆け出していた。突っ込む気か、と目を見張るも、二人に火球が至る直前に地面から飛び出した氷柱が、四つの火球を貫いて霧散させた。
コンマ数秒もなく、エニアスとの交戦が再開する。かと思うと、四度ほど剣を打ち合っただけでエニアスの前進が弱まる。そうすることで生じたボクとエニアスとの空間に、身体を捩じ込むようにしてアトラが入る。
音速の刺突……かと思うと、またすぐにエニアスと入れ替わる。破砕の斬撃、音速の刺突、破砕の斬撃、音速の刺突──恐らく、二人は細々と切り替わる攻撃パターンによって、ボクが反応ミスをする事を狙っているのだろう。
狙いはいいし、何よりもこれだけの速度で斬り合っている中で、一度のミスもなくスイッチを繰り返している。あの、喧嘩ばかりしていたエニアスとアトラが。それだけで、ボクは何だか嬉しくなって来てしまった。
アトラからエニアスへスイッチする。左上がりの袈裟懸けだ。
両足を地面に着け、腰を深く落とす。右に大きく引いた剣を両手で持ち、身体の捻り、手首のスナップといった、全ての加算要素をもって、迫る剣に打ち据える。金属がぶつかり合う耳障りな音が、大きく鳴り響く。
そして、エニアスは大きく後ろへ吹き飛んだ。
正面に、両手で持ったままの剣を構える。スっと、集中が深まる気がした。
「ようやくだ」
「そうですね」
「俺らも全力を出すぞ」
「ええ!」
何やら言葉を交わしている。何がようやくなのだろうか。
向こうも剣を構え直し、今度もエニアスから仕掛けてくる。スピードの乗った刺突は、左半身を下げながら剣で軌道を逸らしたことで空を切る。
だが、その時には既に、ボクの首筋を一筋の光が捉えようとしていた。動きを読まれた……いや、癖を突かれたんだ。ボクは右利きな事もあって、次に繋げやすいように左半身を引いて回避する事が多い。その癖を知っていたから、アトラはボクが回避をする前から、この位置に移動すると分かっていたんだ。
回避、はとても間に合わない。咄嗟に剣を振り上げて、アトラのレイピアを払って防御──出来なかった。
「っ……!」
アトラの瞳を軸に、一筋の光が尾を引いている。激化のその先、神速だ。この一週間で、使えるようになっていたらしい。音速すらも超えた速度で打ち出されたその一撃は、刀身に掠っただけで、ボクの手から剣を吹き飛ばした。
背後から、エニアスの剣が横薙ぎに振るわれる。
足下に意識を向ける。地面に干渉し、隆起させて飛び上がる。ボクの背中を斬らんとしていたエニアスの剣は、そのまま突き出した岩の柱をスパンと分断した。
「せい!」
着地するや否や、ボクはエニアスの鳩尾へと拳を差し込む。防御は間に合わず、エニアスが表情を歪めながら空気を吐き出す。
腕を掴んで、後ろを狙っていたアトラへと投げ付ける。アトラは、躱す事も出来ずに、「きゃっ」と小さな悲鳴を上げながらエニアスを受け止めた。
重なった二人を、回し蹴りで吹き飛ばす。折り重なったまま地面に伏した二人を見下ろしながら、索敵で場所を把握した剣を転移魔法で手許へ移動させる。
「エニアスさん、重いです……」
「げほっ……くっそ、これでもダメか……」
絞り出すような声でエニアスが悪態を吐く。アトラの上から退こうとしないのは、急所を突かれた反動だろうか。
「神速、使いこなしてたんだね。正直危なかったよ」
「その割にゃ、余裕そうだな……!」
エニアスが、腹部を押さえながらアトラの上から降りる。二人ともフラつきながらも立ち上がり、再び剣を構えた。
「あと、何秒使える?」
「長くて三秒……と、いったところです」
「了解……隙は作る」
エニアスとアトラが、小声でやり取りをしている。魔力振動で内容はハッキリと聞き取れているが、アトラの神速があともって三秒、エニアスが仕掛けて隙を作る、といったことしか分からない。
どう動くかは、各々アドリブでってことか。そこまで信頼を置けるようになったんだな……いや、この二人は、いつも喧嘩してたけど、信頼だけはずっと置いてたか。じゃなきゃ、あんなに何十回、何百回も喧嘩なんてしてられないよな。
エニアスの初動を見逃さないよう、注視しながら、そんな感慨に耽る。そこまで信頼出来る相手がいるって言うのは、本当に素晴らしいことだ。ボクも、前世でそういう相手が一人でもいたのなら、人生から逃げるようなことをせずに済んだのかな。
今はそんなネガティブなことを考えてる暇はないな。目の前の戦いに集中しよう。
途切れかけた激化を安定させ、下がっていた剣をもう一度持ち上げる。
「シッ!」
短く息を吐き出したエニアスが、普段なら目で追うことすら難しいだろう速度で接近して来る。横薙ぎに振るわれた斬撃を受け止め、バックステップで剣のリーチから外れる。
二度、三度と攻撃を往なし、振り下ろされた剣を頭上に構えた剣で受け止める。今度も下がって、距離を作ろうとする──しかし、エニアスが許してくれなかった。
「逃がすかよ」
「ぅぐっ……!」
エニアスが、体勢の優位を利用して、剣に体重を乗せる。こっちは両手で、向こうは片手だと言うのに、とてもパワーで押し返せそうにない。エニアスが距離を詰めて来て、遂には鍔迫り合いに持ち込まれる。こうなると、容易には逃げられない。下がった瞬間に薙ぎ払いで、腹部を斬られて負けが確定する。
かと言って、体術で蹴り飛ばそうにも、少しでも体の軸がズレたら体勢を崩しておしまいだ。この状況を脱する手段は、どうやら魔法しかないらしい。
ボクとエニアスとの間に、魔法で空気を圧縮する。そして、一気に膨張させてその風圧で距離を作る。緊急退避の時によく使っている戦法だ。
着地の衝撃で下を向いていた視線を上げる。魔力振動で察知はしていたが、一メートル先にアトラが迫っていた。対応しようと剣を構えるが、その瞬間、アトラの目に光が宿り、姿を消した。いや、一瞬のうちに、ボクの左側へと移動していた。アトラが長らく愛用している、イナズマステップだ。しかも、神速による急激な加速付き。
──反応、出来ない……!
レイピアはもう、すぐそこまで来ている。防御も、回避もとても間に合わない。
チートみたいだから、あまり剣士との戦いに使いたくはなかったけど……負けるのは嫌だからな。
レイピアとボクの間に、魔力の壁を形成する。言うなれば、魔力防壁だ。淡く光る壁は、音速で突き出されるレイピアの先端を受け止め、そして弾いた。
「っ!?」
レイピアが上空へ放り投げ出されたと同時に限界を迎えたのか、見開かれた目から尾を引いていた光がふっと消える。
前方からエニアスが来ているため、左手に氷の剣を作り出してアトラの首筋へ添える。右手の剣で振り下ろされたエニアスの長剣を受け止め、その勢いを利用して自分の剣をくるりと回し、絡め取る。即座に、剣先をエニアスの喉元へ。
この試合のルールは、戦闘不能になる、戦闘不能になり得る状況に陥る、降参するのうち、どれかの条件が満たされたら負けとなる。そして、アトラとエニアスは、どちらも急所である首へ剣を宛てがわれている。この状況は、間違いなく二つ目の条件を満たしていると言えるだろう。
膠着して二秒程経つ。
「アトラ、エニアス退場!」
フルドムの声が響く。氷の剣を消失させ、エニアスに向けていた剣も下ろす。
「まだ、隠しダネがあったのですか……」
「元素魔法……って言うらしいね。現象を起こすんじゃなくて、魔力そのものに効果を持たせるらしい。剣に魔力を纏わせるのと仕組みは似てるかな」
「つくづく魔法ってのは厄介だな……」
剣を仕舞ったエニアスが、魔法について文句を言いながらフィールドを出ようと、足の向きを変える。
「あ、待って!」
背を向けたエニアスに、座り込んだアトラが呼び掛ける。
「その、とても動けそうにないので、運んでいただけると……」
面倒臭そうな顔を見せたエニアスは、かといってこのまま放置することも出来ず、溜息を零して、レイピアを鞘に収めてからアトラを小脇に抱える。まるで、樽でも抱えるかのように。
「ちょ、ちょっと! もう少し運び方というものがあるでしょう!?」
「運ばれる側が文句言ってんじゃねぇよ」
「なっ、そもそも、この戦いの発案者は貴方でしょう!?」
「お前だって乗り気だったろうが」
「それは……そうですけども……!」
相変わらず言い争ってるなぁ。まあ、エニアスの事だ、何か理由があってああしているのだろう。背負ったら胸が当たるーとか、お姫様抱っこは後々変な噂になるーとか、そんな感じの。単に嫌だから、と言うことは……多分ない、よね。ダメだ、ないと言い切れない。
フルドムの横まで移動した二人を見送っていると、不意に空気が冷たくなる。雰囲気ではない、物理的にだ。
視線を落とすと、地面に霜が降りている。それだけじゃない。氷の蔦が、ボクの脚を這い上がってきていた。随所に生えている棘が、皮膚を浅く割いて痛みを生む。
空が、真紅に包まれる。日本神話に出てくる、八つ首の大蛇が空を覆う。
首の一つ一つの大きさは直径一メートルにも満たない。だが、その首が八つもあれば話は別だ。
「完成させて来たか……二人とも」
足元を凍らせて動きを封じるイセリーの魔法と、炎の八岐大蛇で一掃するカルミナの魔法。初めに想像していた二人の合体魔法が、今まさに完成していた。
「いいぜ、全力で相手してやるよ」
上空へと伸ばした左手の上に、火球を生成する。魔力を最大まで込めて、巨大化させる。地面を覆い、ボクの脚へ巻き付いていた氷はその熱で一瞬にして蒸発し、気化する。
巨大な火球を細長い形へ変形し、何時ぞやの姿をここに再び顕現させる。その姿はまさに、龍そのものだ。
「天獄炎龍……行くぞ、カルミナ!」




