戦いに向けて1
神樹との戦いに出向くことになったボクは、学園生のままでは問題が生じるとの事で、一足先に卒業することになった。初めは退学のつもりだったのだが、ボクの実力なら成績に問題はないし、卒業でも構わないとの事だ。多分、話題になった火炎大蛇の卒業実績を作りたかった、というのもなくはないだろうが。
クエスト実習は、ボク達は中断になった。勿論、クエストも失敗ではあるのだが、状況が状況だったから成績には悪影響がないようにしてくれるみたいだ。生きてるだけで御の字な感はあるけどね。
他の生徒達は、一応継続すると聞いている。ただ、神樹周りの警戒は更に強めて、絶対に近寄れないようにすることで、被害が増えないように努めるらしい。セツロウやウルフの事も伝えたから、当分東の森はほぼ禁区のような扱いになる。
神樹との決戦の日時はまだ確定していないが、リュナという人物からの返事の後、二週間以内には出撃メンバーで話し合って決めることになっている。それまでに準備は済ませておけ、とも言われた。
ギルドで話し合ったことは、こんなところだ。カルミナとアトラが目を覚ましてから、少し休んで全員で学園へと戻った。
そして、日も落ちて寝静まった深夜。ボクは、エニアスにいつもの切り株に呼び出されていた。同室の三人が寝てから出て来たから、エニアスと会うことはバレてないはずだ。
「こんな場所に呼び出して、まさか告白でもされるのかい?」
「何度もここに呼び出してるし、告白なんて一度でもしたことあるか?」
「それは確かにその通りだ」
ちょっと揶揄ってみたのだが、流石に慣れたのか軽く流されてしまった。既に切り株に腰を下ろしているエニアスの隣に、腰を下ろす。
「暖かそうなコートだね」
「ああ……俺が持ってる服の中では、一番高いやつだろうな。母様が寒がりだから、防寒はちゃんとしとけって持たせてくれた」
「いいお母さんだね」
「……俺には勿体ないくらいだ」
暗くて表情ははっきりしないが、温かい雰囲気が伝わって来る。いつもは冷淡で、ちょっと冷酷なまである子だけど、その実仲間想いで家族想いなのだ。だからこそ、妹を連れ去られた時の苦しみは、想像も出来ない。
「……風邪引く前に、本題に入ろう。本当に、行くつもりなのか?」
「……行くよ。もう、決めたから」
「死ぬぞ」
「かもね」
神樹との戦いの事だ。ここに来る前から、多分その話だろうとは思っていた。
「……分かっているなら、何で行くんだ。死にに行ってるようなものだろう」
「勿論、死ぬつもりは無いよ。いざって時はアスター達がいるし、ボクも万全の状態で行くから、今日みたいに攻撃を無防備に食らう、なんて事は早々ないはずだ」
魔力振動さえ使っていれば予測は出来るし、最近は転移魔法も、平時であればかなり安定して使えるようになって来た。攻撃を食らわない、という点では、死なない事も難しくは無いだろう。
「俺は、お前が神樹との戦いに行くことは反対だ。今のお前にどうにか出来る相手じゃない」
「どうにか出来る、出来ないの問題じゃない。どうにかしなきゃ行けないし、ボクがどうにかしたいんだよ」
「お前が頑固なのは、この半年で充分分かっている……だが、何が理由で、そこまで神樹に拘るんだ? 親の仇という訳でもないだろう?」
「……好きな子の前では格好つけたい、好きな子を笑顔にしたい……って思うのは、充分な理由だろう?」
「カルミナの事か……なら、俺も引き下がらない」
エニアスが立ち上がり、ボクの目の前に立ち塞がる。
「俺達と卒業試合をしろ。そして、そこで俺達が勝ったら、お前は神樹との戦いには出向かないと約束しろ……俺だって、大事な友達をみすみす死なす訳には行かないんだ」
暗闇の中、その紅い双眸が鋭く輝いているように見えた。強い意志と……どこか、哀しみを感じる目だった。
「……分かった。その試合でボクが勝てば、もう口出しはしない。それでいい?」
「ああ、構わない。明日、校長に話は付けておく。日程は一週間後、屋外修練場で待っている」
そう言い残して、エニアスは寮へと戻って行った。
「……大変な事になっちゃった。でも……死んで欲しくないって言われるのは、悪い気はしないな」
『ほんと、どうなるか楽しみになったわ』
「この先一週間、ボクは学園に戻らずに道場で特訓をしようと思う……ピクシル、いつも通り手伝ってもらえるかい?」
『ええ。今回、あんまり役に立てなかったし、任せなさい』
ピクシルの頼もしい返事を聞いたボクは、寮の部屋に戻った。三つの寝息と、カルミナが寝返りしたのであろう衣擦れを聞きながら、ボクも眠りに着いた。
そして翌朝、ボクは皆が眠っている間に必要最低限の荷物を纏め、学園を出て、道場へと来ていた。
『にしても、わざわざ別れて特訓する必要あるの?』
「そりゃ、向こうだって色々と作戦立てたいだろうし、ボクに見せたくない特訓の一つや二つあるだろうしさ。それに、どれだけ強くなったか知らない状態で戦う方が、面白いじゃん」
『呑気なもんね』
「そうでもないさ……じゃあピクシル、いつもの特訓を二倍……いや、三倍の出力で頼む」
呑気じゃない事が伝わったのか、ピクシルは一瞬言葉に詰まった。
『三倍!? ちょっとでもミスったら、痛いじゃ済まないわよ!?』
「分かってる。もしもの時は回復も頼む……それくらいしなきゃ、あいつらには勝てないんだよ。サシの勝負でも結構マズイって思うことが増えて来たのに、今度は四人同時だ。今まで通りじゃ負ける」
アトラに至っては、まだ自在にとは行かないだろうが、神速まで習得したのだ。今までは教え導く立場だったが、遂に追い越されてしまった。焦りというわけではないが、今のままではダメだという自覚はしていた。
『……分かったわ。でも、いきなりじゃなくて、少しずつ上げて行くわよ。ただでさえ、あんたは昨日死にかけたんだから』
「あはは、何も言えねぇ……」
クロニーナと謎の魔法使いに回復はしてもらったし、しっかりと休息も取ったが、まだ万全とは行かない感じがしている。ピクシルも、その事は感じ取っているのだろう。今は、その配慮に感謝しておこう。
「じゃあ、お願い」
鞘から剣を抜き、魔力を纏わせ、片手で持って正面に構える。魔力振動を薄く拡げ、道場内の情報を全て把握出来るようにする。ボクを取り囲むように、幾つもの魔力の揺らぎが生じる。小さく淡い光球が全方位に現れ、その一つ一つからチリチリと刺されるような感覚を感じ取る。
呼吸を整え、激化。深く落ちる感覚の中、体の隅々まで意識を渡らせる。
神速は、全身の先天魔力を活性化させ、身体に干渉させることで上限を突破させるものだ。激化の中、全身の先天魔力を感じ取り、活性化させる。その感覚を掴めば、行けるはずだ。
『行くわよ!』
ピクシルの魔力を介した声が脳内に響き、周囲の光球が氷塊、岩塊、火球と様々な形態へと変貌を見せる。
四方八方から迫るそれらを、剣と魔法を織り交ぜて打ち払い、回避する。これが、ボクとピクシルがいつも行っている特訓だ。かれこれ、一年は続けている。
氷の礫が頬を掠り、皮膚を裂く。背後と左から迫る尖った小石とソフトボールサイズの火球を、剣のひと薙ぎで打ち払う。防御も回避も間に合わない魔法には、魔力を凝縮させた盾や、こちらも攻撃の魔法で相殺を試みる。
『ペースアップ、行くわよ!』
ピクシルの声と共に、迫り来る魔法の数がどんと増す。防御が間に合わない攻撃も増えて、身体中至る所に切り傷と火傷が生まれる。
「ぐっ!」
左肩に直撃した氷柱によって、体勢を崩す。追撃を食らったら不味い、と思ったが、即座に残りの魔法はピクシルが消滅させたお陰で、それ以上のダメージは食らわなかった。
『やっぱり、二倍でもダメそうね』
「今ので二倍、か……まだまだ、ここからだ」
今受けたダメージを回復魔法で治癒し、もう一度剣を構える。
『何で人間って、そんなに頑張れるのかしらね……ま、付き合うと言った手前、やりますか』
呆れを見せながらも、ピクシルはボクの特訓に付き合い続けてくれた。朝も、昼も、夜も。寝る前には、その日に行った特訓の結果から、どこをどう改善すればいいかの反省会までも。
その甲斐あってか、三日と経たずに三倍にも対応出来るようになった。一週間後には、ほぼ剣だけで三倍を去なせるまでになっていた。……だが、まだ神速を使うには至っていない。
理由は分からないが、ピクシルと話し合って出した結論は、強い感情、つまり神速を発動するに足るトリガーがないからではないか、ということになった。それこそ、ピンチに陥るとか、誰かを守るとか……そういったトリガーになる出来事によって引き起こされる、強い感情だ。
この戦いの中で目覚める……と、いいなぁという、淡い期待を乗せて卒業試合が行われる屋外修練場へ一週間ぶりに足を踏み入れる。
既にエニアス達はスタンバっていたが、殆どの生徒が集まっているんじゃないかというレベルの観客までもが、修練場を囲っていた。見覚えのある黒服と白服もいる。
「あの二人も来てるのかよ……」
特等席とでも言うかのように、学園を囲む塀の上に座っている。
「来たか、プロティア」
「そりゃ、約束したからね。てゆーか、よく皆を同意させたね。あの約束、話したの?」
「話す訳ないだろう。アトラスティ辺りに却下される。単純に、お前と卒業試合をやるとだけ伝えた」
「やり手だなぁ」
そんな事だろうとは思っていたが。
少し離れた位置で体を解しながら話している三人に、視線を向ける。作戦の最後の確認でもしているのか、真剣そうな表情だ。カルミナは……うん、前より元気そうだ。
「今回、ボクは本気で君達を迎え撃つ。出し惜しみはしない……それこそ、必要なら天獄炎龍だって使うつもりだ」
「俺達も、本気で勝ちに行く。負けても文句はナシだ」
互いに頷き合い、背を向ける。修練場の西側の端近くまで移動し、振り返る。左手を剣の柄に引っ掛けて、深呼吸をする。
その反対の位置では、四人が魔法使い組を後ろ、剣士組を前というフォーメーションを組んでいた。各々の装備を身に着けているから、いつもとは違う雰囲気だ。
「準備はいいか?」
フルドムが、審判台の上に立って双方に尋ねる。
「はい」「ああ」
ボクとエニアスが同時に答える。一気に、緊張感が場を満たした。
視線の先で、エニアスとアトラが剣を抜く。数秒遅れて、ボクも刀身を晒す。
左半身を引いて、剣を正面に立てて構える。軽く腰を落とし、いつでも動ける状態だ。集中も、今出せる極限まで深まっている。
「では……初め!」




