クエスト実習3
ブクマ、評価、感想、レビュー頂けると嬉しいです。
森の中に程よい空間を見つけたボク達は、時間も丁度良かった事もあり、昼食も兼ねて休憩を取った。
「はー、美味しかった……プロティアもエニアスも、料理上手いんだねぇ」
「ボクとしては、エニアスが料理を出来ることが予想外過ぎたね。アトラはともかく、このメンバーの中じゃ一番縁遠そうなのに」
「……戦場ではメンタル維持が重要だ。食事でそれを補えるのなら、使わない手はないからな。幼い頃から料理は叩き込まれている」
さすが戦の家系。戦いで勝つためなら、料理ですら極めてしまうらしい。
「プロティアさんが作ったステーキは、何で味付けなされたのですか?」
「ん? その辺で拾った草」
「……ねえ、それって毒とか入ってないよね?」
「さぁ……」
カルミナの質問に曖昧な返事をすると、アトラとカルミナの顔からサーッと血の気が引く。
「プロティア、あんまり揶揄わないの。普通に香草として使われている薬草を選んで、拾っていたでしょ」
「バレてたか」
「薬草の講義をちゃんと聞いてりゃ、誰でも分かる」
エニアスの発言を受けて、今度は青ざめていた二人が視線をそっぽに向ける。二人とも授業は真面目に受けていたし、テストも悪くない成績だったのだが、恐らく薬草に触れる機会が少なすぎて見ただけではそれが何の薬草なのか判別付かないのだろう。
エニアスは家系の事もあってそっち方面の経験や知識も豊富なのかな。イセリーは昔は活発だったらしいし、その頃にそう言った知識も身に付けていたと思われる。座学では学年トップだし、授業で習ったこともほとんど頭に入っているのもあるだろう。
「あはは……さてと。片付けも終わったし、そろそろクエストを再開しようと思うんだけど……お手洗いとか大丈夫?」
「あ、あたし行ってくる!」
「では、私も」
「あいよ。周辺の警戒を怠らないようにね」
返事をした二人が、ボク達から離れて森の中に入っていく。先程、ドロウスではなくウルフ二匹に襲われて、特に危うげもなく討伐はしたのだが、そういう突発的な戦闘もあるのだと再認識させられる出来事ではあった。その事もあって、全体的に周囲への警戒を強めている現状だ。
木々の中に姿を消した二人から視線を外し、残った二人に視線を向ける。いつの間にやら、イセリーがボクに近寄ってきていた。
「どした? お手洗いなら行っときなよ」
「大丈夫。そうじゃなくて、プロティアに一つ話しておきたいことがあるの……ミナの件なんだけど」
「……神樹のことか」
「うん。幼い頃、ミナが病弱でずっと寝たきりだったことは、聞いてる?」
「ああ」
確か、幼少期にのみ掛かると言われている病気の大半を患った、とか言ってたな。その後、何の後遺症もなく快復したから、医者から奇跡だと言われたみたいな事も言っていた覚えがある。
「……その頃に、聞いたらしいの。神樹は、神様があの場所に植えた木で、いつも辺りの人々を見守ってくれているって話を。それ以来、神樹に快復出来るようにって祈ってたらしくて、本当に快復したから、神樹の事は他の人より深く信じてるみたい」
「ある種の心の支え、ってところか」
あのサイズの木だ。神様が植えたって言われても、時代背景を考えれば違和感は無いし、実際に祈りが届いたのならば、信仰してもおかしくないだろう。それに、この世界には実際に神様が居たようだし。
てか、そんな存在の代わりになるなんて言っちゃったけど、大丈夫かな。心配になってきた。
「……カルミナの調子が戻るまでは、俺とお前でフォローするぞ。いいな、プロティア」
「おや、さっきの発言とは打って変わったね」
「撤回するつもりはない。さっき言ったことも間違ってはいないからな……ただ、心の支えを失って、すぐに立ち直れる奴はそういない」
そっか、エニアスも妹という支えを失ったから、カルミナの気持ちが分かるんだろうな。あの時のエニアスは、とても冷静な判断が出来ている、とは言えなかったし。
二人とも、凄いなぁ。こうして心の支えを失ったばかりだと言うのに、現実と向き合って抗おう、取り返そうとしている。ボクは前世で逃げてしまった弱虫だから、尊敬しかない。
「分かった、そうしよう。ただ、ボク達は前線で戦うことが多いから、そっちに負担が回らないようには頑張るけど、隣からの支援はイセリーがお願い」
「……私で、大丈夫かな」
「え?」
「あれー、なんか空気重い?」
「どうかなさったのですか?」
戻ってきたカルミナとアトラが、状況確認も兼ねて聞いてくる。どう説明したものか、と少し思考を巡らせていると、先んじてイセリーが動いた。
「いえ、何でもないです。この後も、ドロウス以外の魔物が襲って来たら嫌だねって話していただけなので」
「あー、あのウルフね……プロティア達が倒してくれたから、お昼ご飯が豪華になってある意味ありがたかったけど、何度も襲われたら嫌だよねぇ」
「ウルフは群れますから、囲まれる可能性も否定出来ませんものね」
「まあ、いざと言う時はボクが魔法で一掃するよ。よし、全員揃ったし再開しようか」
「「「おー!」」」
イセリーが見せた不安そうな表情が、どうしても脳裏から離れなかった。
その後も、順調にドロウスを討伐し、日が暮れる前に追加で四体のドロウスを討伐し終えた。ウルフにも出会したが、難なく倒せたので問題無しだ。
「現時点で合計六体……クエストは十体のドロウス討伐ですので、ここで切り上げても明日の午後には終わりそうですわね」
「だね。まだ日は落ちてないけど、野営の準備も明るいうちに済ませたいし、今日は終わりにしても良さそうかな」
四人からの申し出で、ボクの索敵を使わない──使ってはいるのだが、あくまで危険を察知するためだけ──でクエストを行っているため、やはり探し出すのに手間取っている。ただ、学生用ということもあって、指定討伐数はあまり多くないから、既に半分は終えることが出来ていた。
「昼間に使ってたところからは離れちゃったし……また空き地を探さないとだね」
「別に探さなくても、この辺の木は結構疎らだし、普通に休めれそうだよ?」
「まあね」
公道から離れ、森の中を探索していたのだが、確かにここらは木の生え方が入口近くよりも疎らになっていた。
「プロティア、少し引き返した方がいいんじゃないか?」
「そうだね。ちょっと戻って、空き地を探そう」
「二人がそう言うなら、そうした方がいいのかなぁ?」
カルミナが首を傾げている。理由を説明してあげてもいいのだが、カルミナのメンタルを刺激しかねないせいで、ボクもエニアスも少し躊躇いが出ているのだ。何せ、木が疎らになっている原因が、神樹である可能性が高いから。
「念の為だから、あんまり気にしなくても──」
そう言いかけて、即座にボクは剣を構えた。唐突なことにカルミナ達が驚きを見せているが、エニアスも同じ気配を感じ取ったか、臨戦態勢へと入っている。
「な、何、ウルフ? ……違う、なんか、ウルフよりゾワゾワする」
カルミナも気付いたのか、周囲への警戒を強める。パーティーメンバー全員が、今までにない気配に、緊張感を強めていた。
索敵範囲を拡大させる。するとどうか、範囲に入ったと思った瞬間、その気配は頭上を跳んでいた。
「……は?」
索敵に入ったタイミングのボク達からの距離は、優に百メートルはあった。その距離を一瞬にして縮めたというのか。いやそもそもだ。それだけの距離があったと言うのに、震え上がるような気配を感じ取れた。
「何なんだ、この魔物……」
ボク達が戻ろうとしていた方向に、一体の白銀の狼が立ち塞がっていた。その体長は三メートルを超えており、クリスタルのような瞳からは、視線を合わせただけで意識が飛びそうなほどの殺意が放たれていた。
「なんでここに居るんだ……」
「エニアス、何か知ってるの?」
「……こいつはセツロウと呼ばれている、ここらの森の主みたいな存在だ。いつもは神樹の下で寝ていて、人には友好的なはず」
「じゃあなんで、ボク達は今命を狙われているわけ」
「知るかよ」
「クソ、こいつはボク達じゃどうにも出来ない! 逃げるぞ!」
索敵で動きを捉えているのをいい事に、セツロウに背を向けて走り出す。
──遠吠えが、森の中に響き渡った。ボク達の逃げ場は、氷に閉ざされた。まるで、今ここで俺と戦えとでも言うかのように、セツロウとボク達を囲んで、バトルフィールドかの如き氷の壁が生み出されていた。
「冗談キツイぞ……」
「なんか、苦しそう……」
「どういうこと?」
カルミナが、セツロウを見てそう感想を述べた。眼をぎらつかせ、口の端を震わせて唸っている姿は、どう見てもボク達を殺そうとしているようにしか見えない。
「分かんないけど、何かに抗ってる……? 感じがする」
「……今は分からないことを考えてる暇は無い。何とかして、こいつを倒して脱出するぞ」
「待て、こいつを殺したらダメだ」
「何言って……」
「セツロウは、この森の生態バランスにも重要な存在だ。ネアエダム領とフェルメウス領を安全に行き来できるのも、こいつが魔物を食らっているからだ。もし殺したら……どんな影響があるか、分からない」
じゃあ何だ、こんな凶暴な魔物を殺さずに倒して、逃げ切れってことか? 無茶にも程がある。
「プロティア……」
「どうしますの?」
「……もし殺したら、ごめん」
「策はあるのか?」
「正直、かなり無謀だけど……一つ思い付いてる。皆、ボクの近くに集まって!」
何としてでも生きて帰ってみせる……この五人で!




