束の間の遊楽1
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エニアスとのミノタウロス討伐を終え、その後の夏休みも恙無く進んで行った。そして、休みの進みというのは早いもので、気付けば残り二日となっていた。
これと言ったイベントもなく進んだ夏休みだったが、今日はパーティーメンバーメンバーで集まっていた。
「さーて、のんびり出来るのも今日が最後だ。遊ぶぞー!」
「「「おー!」」」
「なんで俺まで……」
ノリのいい女子三人に対し、無理矢理つきあわされることになったエニアスは、少々不貞腐れ気味だ。
のんびり、というのも、夏休みの初めにエニアスと裸の付き合いをした際、パーティーメンバーでネアエダム領の温泉に入る許可を貰ったのを、今日実行するのだ。ただ、日帰り温泉というのも味気ないので、ネアエダム家所有の家屋を借りて、一泊二日の旅行という形になった。
当初の予定では、エニアスは領までは同行して、その後はネアエダム家の居宅で過ごす予定だったのだが、アトラが「せっかくですし、一緒に過ごしませんこと?」と半ば強引に引き連れてきた。まあ、温泉と寝る時は別という条件だけは、エニアスも引かなかったが。
「まあまあ、せっかくちょっとした余興も持って来てるし、遊ぼうよ」
「余興だ?」
「そう。その名も、コスプレ大会!」
「わー」
意味を理解しているカルミナは盛り上げてくれたが、コスプレという単語に聞き馴染みのない他三人は、首を傾げるだけだ。それもそうだろう。コスプレはもろ日本語だ。
「簡単に言えば、普段着ないような服を着て、非日常感と特別感を楽しもう、っていう遊びかな」
「なるほど。お二人が衣服は用意してくださったのですか?」
「うん。案出しは基本ボクで、布はカルミナのお父さんが織ってくれて、裁縫はボクとカルミナの二人で」
「あ、もしかして、ボタンとか金具とかの作成依頼を持って来てたのって、これのため?」
「いえす」
夏休みの間。ボクとカルミナはこっそりカルミナの実家であるケルシニルで集まって、服を作っていた。その際、一部のボク達では作れなかったり、作るための設備が無いものに関しては、イセリーに作ってもらった。もちろん、お金は払っている。
「どのようなものがあるのでしょう……楽しみですわ!」
「あまり見た事ないような小物も作ったし……どんな風になったんだろう」
「服を着るだけで、何が楽しいのやら……」
分かってはいたが、女性陣はかなり乗り気だ。エニアスは面倒臭そうにしているが、それも想定内。
「それじゃあまずは……」
カルミナとイセリーを別室に案内し、収納魔法から二着のドレスを取り出し、着替えさせる。髪を結わえて、メイクはさすがに道具がないのですっぴんのまま。まあ、二人とも若いし、顔立ちも整っているし、肌も綺麗だから問題ないだろう。
「カルミナとイセリーのドレス!」
「まあ、綺麗です!」
「農家にもドレスってやつだな」
「こら!」
エニアスの感想に、アトラが叱りを入れる。エニアスが言った諺は、馬子にも衣装みたいな意味合いだ。
「カルミナは元気っぽい雰囲気があるから、フリル多めのミニスカドレスにしてみた。イセリーは大人っぽいから、装飾は少ないけど透け多めのちょっとセクシーなドレスだよ」
「めちゃくちゃ可愛いよね、これ! 早く着たかったんだぁ」
「ちょっと、透けすぎじゃない?」
「大人ってのはね、このくらいじゃ少ないもんなのだよ」
「そ、そういうもの?」
知らんけど。ボク、ファッションには疎いし。
「さあさあ、いっぱいあるからね、どんどん行くよー。次はこれ!」
そうして、次は全員で着替える。もちろん、エニアスは別室で。
数十分掛けて着替えを終え、元の部屋に全員が集まる。
「アトラは振袖、エニアスは袴、カルミナとイセリー、ボクは浴衣だね」
「なんだか、晴れやかな衣装ですね。初めて見る形の衣服ですわ」
「遠い国の晴れ衣装だよ……って、知り合いの旅人が言ってた!」
「なるほど……」
危ねぇ、なんとか誤魔化せたか。でも、今日用意したコスプレには、前世の記憶を頼りに作ったものも多々ある。どうにかして前世の記憶のことを誤魔化し続けなければ。
「わー、なんか懐かしい感じがするー」
「懐かしい?」
カルミナの感想に、疑問を覚える。何せ、カルミナはこの世界の出身育ちであり、そもそも日本の衣服である浴衣に縁などないはずだ。それに、この世界……は分からないが、少なくともこの国に浴衣と似た衣服は確認出来ていない。
「うん……よく分かんないんだけど、ちょっとわくわくする」
わくわく、ね。生活をしていて浴衣を着る機会なんて、旅館に泊まるか夏祭りに行く際に着るかくらいしか、基本的にないだろう。確かに、浴衣イコールわくわくという方程式は成り立つかもしれない。
しかし、何故カルミナがそのような感覚を感じているのか。まさか、カルミナも転生者だなんて言わないよな。
──まあ、偶然か。わくわく感は、コスプレしてるからだとも取れるし、懐かしさも体が弱かった幼い頃に着ていた緩めの服を思い出しているだけかもしれない。
「動きにくいな……」
「その国では、剣士はそれを着て戦ってたらしいよ」
「マジか」
胡散臭そうな顔をしつつ、エニアスは袴姿で色々と動きを試し始める。数分もすれば慣れ始めたのか、普段と変わらない動きになっていた。
「無理では無いな」
無理だと思ってた。天才って本当にすごい。
ボクも前世じゃ天才だなんだと持て囃されてきたが、実際のところは真面目に勉強して、ちゃんと鍛えていたから色々と出来た器用な秀才タイプだ。初めから何でも出来たわけではないから、こうしてすぐに適応出来てしまう本物の天才を見ると、舌を巻かざるを得ない。
その後も、コスプレの定番である学生服やチア、ナースなんかの衣装を一通り着て遊び、今度はボクが前世で好きだったアニメの衣装を試し始めていた。
手始めに、世界観的にもマッチしていそうな某VRゲームのアニメの衣装を、色合いや武器もマッチしているためアトラとエニアスに着てもらう。
「何と言うか、あの二人の装備と似てるな」
「あの二人?」
「『時空の守人』のお二人でしょうか。確かに、武器はエニアスさんしか合っていませんが、色味が似ていますね」
時空の守人とは何ぞや。と、思っていると、エニアスがボクの様子を知ってか否か、説明を加えてくれる。
「現役のAランク冒険者三人のうち、二人が組んでいるパーティーだ。二刀流のアスター、魔法使いのクロニーナで構成されている。この大陸では不定期に凶暴な魔物が現れるんだが、大抵はこの二人が即座に駆け付けて討伐していることから、通称『凶獣殺し』と呼ばれている」
「何かすごそう」
「貴族のパーティーに顔を出すこともあるから会ったことはあるが、実際に凄いぞ。全ての動きに一切の無駄が無いし、僅かにでも殺気を向ければ、稲妻みたいな殺気を向けられる……表向きは、何も変化していないのに」
知っているということは、試したことがありそうだな。
「さっきの言い方だと、この国だけじゃなくて、大陸全土でその凶獣討伐をやってるんだよね?」
「そのようですわ。どのように探知しているかは定かではありませんが、クロニーナさんが時空魔法を得意としているらしく、転移魔法で向かっているそうです」
「なるほど」
でも、この大陸全土となると、かなりの広さだよな。どのくらいかは知らんが、少なくともアフリカ大陸なんかじゃ聞かない気がする。
どうやって探知してるんだろう、と考えを巡らせていると、エニアスが背中の鞘に収まっていた二本の剣を抜く。
「……木剣か」
「うん。さすがに本物の剣を作るのは、かなりお金がかかっちゃうから、木を削って色を塗っただけ。だから、切れ味はゼロだよ。まあ、結構重いから、鈍器としては使えるかもしれないけど」
「確かにな」
そう言いつつ、エニアスは重さなど感じないかのように、二本の剣を感触を確かめるかのように軽く振るう。かと思うと、右半身を引いて、左手の緑白色の剣を正面に、右手の黒い剣を肩の高さに持ち上げ、浅く腰を落とす。髪色と瞳の色こそ違うが、全身黒一色の装備に二本の剣を構えるその姿は、まさにあの主人公を思い起こさせた。
部屋の中に、緊張感が拡がる。念の為、ボク達はエニアスから少し距離を取って、その姿を見守る。
細く息を吐き、長く吸う。そして、短く鋭く息を吐いたと同時に、エニアスが目にも止まらぬ速さで、踊るかのように二本の剣を振るった。
剣が生んだ風圧で揺れるボクの前髪も静止し、数秒、時間が止まったかのようだった。あまりに美しい剣舞に、四人とも見蕩れてしまっていた。しかし、その沈黙は大きな拍手によって打ち砕かれた。
「凄い! 最後の方目で追えなかったけど、かっこよかった!」
「そりゃどうも」
「二刀流剣士に転職したら?」
「もう少し、練度を上げられたら考える」
もう充分練度高いと思いますが。エニアス的には、まだ納得が行っていないのだろう。多分、比較対象がそのアスターというAランク冒険者なこともあって。
剣を鞘に納めると、エニアスは今着ている衣装をぐるりと見回した。
「黒一色装備、ありだな……」
「いいよね、黒一色……かっこいい」
「分かるか?」
「うん、孤高な強さを感じる」
エニアスも男の子だからか、同意見なようだ。
「そうですか? もう少し、差し色でもいいので明るい色も欲しいですわ」
「私も、黒一色はちょっと威圧感があって、怖いです」
対するアトラ、イセリーにはあまり印象が良くないようだ。確かに、その意見も一理あるだろう。でも、黒は一色の方が格好いいんだよ!
「カルミナさんはどう思いますか?」
「うぇ!? あたし!?」
多数決でも取るつもりなのか、アトラがまだ意見を言っていないカルミナに話を振った。服に関しては、このメンバーの中でも一番理解があるだろうし、聞いてみたみところだ。
「え、えーと、そうですね……黒一色が格好いいって言うのは、よく分かります。なんかこう、惹かれると言いますか、擽られると言いますか……」
中二心がね。カルミナの意見に、ボクとエニアスは各々頷く。
「でも、黒一色が怖いって言うのも分かるので、例えば、中のシャツを白にしてみるとかどうでしょうか! 基本色を黒にして、サブの色で白を入れると、全体的に纏まりが出ると思います!」
おお、お互いの意見を尊重しつつ、自身の知識を入れながらも説得性のある提案を出した。双方を傷付けないようにしつつ、解決策を提示する、完璧な対応ではないだろうか。普段の素で馬鹿なカルミナを知っているから、なんか意外だった。
「そうですね……それならいいと思いますわ」
アトラとイセリーは、カルミナの提案に賛成なようだ。ボクも、別にそこまで黒一色に拘りがないから、否定はしない。エニアスはあまりいい顔をしていないが。
「さて、次の衣装はどれにしようかなぁ」
「少し気になったのですが、この衣装は何かモデルがあるのでしょうか?」
アトラの質問に、脈が急激に上昇する。そりゃそうだ、この世界には存在しないような服が沢山あるのだから。
「む、昔村で見かけた冒険者さんが着ていた服を参考にしたんだよ!」
慌てて言い訳を捲し立てるが、数秒の沈黙が生まれる。気まずい。
「……そういうことにしておきましょうか」
嘘だってバレているのだろうが、アトラはそれ以上追求して来なかった。今まで、何度アトラのこの対応に救われて来たことか。頭が上がらない。
その後も、内心ドキドキしながらも、コスプレ会は続いて行った。




