エニアスと討伐3
残響も消え去らぬ中、エニアスが再びミノタウロスへ斬り掛かる。
先程までと違い、ミノタウロスもこちらを敵と認識したからか、応戦してきているものの、普段からボクやアトラと高速戦闘をしていることもあってか、その拳をエニアスは全て回避している。
しかし、エニアスの攻撃は当たったとしても傷すら与えられず、互いにダメージを与えられないジリ貧状態となっていた。
エニアスの武器スペックは、基本的にステータスの概念がないこの世界では上位スペックだと思っていい。魔力を充分に含む、もしくは纏っている武器が、基本的には最高性能のはずだ。
つまり、ダメージを与えられない理由は、エニアスの技量か何らかの仕組みの見落としだろう。
ほぼ閉鎖空間である事もあり、念の為火属性を避けながらエニアスの補助を行う。その甲斐もあってか、攻撃自体は何度も命中しているのだが、やはり致命傷どころかダメージすら通っていない。
ボクも何度か魔力を纏わせた土塊ドリルなんかで攻撃を試みたものの、巨体を弾くことは出来てもダメージを与えるまでは至っていない。
「弱点でもあるのか……? それともやっぱ、この空間に何か仕掛けが……」
そう思って、魔力振動で空間内を細かく観察してみるのだが、それらしきものは見つからない。キラキラと輝く魔光石が、辺り一帯に散りばめられているだけだ。
いや、待てよ。これまでの経験から、魔力含有量が多ければ多い程、その効果は増す。なら、魔光石を素として武器を作れば、ダメージを与えられるんじゃないだろうか。
物は試しだ。足下の魔光石を魔法で掘り出して、形状を三角錐に変える。
貫通力を高めるために、先端をミノタウロスに向けて、先端と底面の中心を繋いだ線を軸として回転させる。エニアスとミノタウロスの一騎打ちから、エニアスにいつでも援護を送れるように目を離さないようにしつつ、魔光石の弾丸の回転速度をどんどん上げていく。
やがて、空気との摩擦熱で表面が熱を持ち、さらに赤く変色を始めた。ここまで回転させれば充分だと判断し、狙いを調整する。
魔力振動でミノタウロスを素早く観察し、核を探す。
「多分、これか……!」
心臓の位置に、ほとんどが魔力から成り立つ、バスケットボールサイズの結晶があった。その他に該当しそうなものは無いし、ほぼ確定でこの結晶がピクシルの言っていた核だろう。
弾丸の狙いを、ミノタウロスの心臓の高さに合わせる。後は、動きを読んで、その位置にミノタウロスが来るタイミングで放つだけだ。
戦いから視線を離さず、深く息を吸い集中を高める。全ての動きが遅くなり、エニアスとミノタウロスの動きもスローモーションかのように見えるようになる。
剣を弾かれたエニアスに、ミノタウロスが拳を伸ばす。体を捻って正面からの直撃を避けたエニアスは、剣を腕に振るってその反動でミノタウロスとの距離を作る。追撃の拳を、ステップで更に距離を作って回避する。
狙ったのか偶然なのか、ミノタウロスは弾丸の狙いの先に立っていた。ここを逃す手はない。即座に、音速を超えた速度で弾丸を解き放った。
回転の時から耳を劈くような音を鳴らしていた弾丸は、衝撃波を作り出しながらミノタウロスの心臓目掛けて突き進む。放った反動の衝撃で後ろへ吹き飛んだボクは、地面に転がりながら、叩き落とさんと振るわれた左腕が吹き飛ぶ様をしっかりと目に捉えた。
「効いた……!」
腕に当たって狙いが逸れたか、心臓こそ穿てなかったが、ミノタウロスの肘から先は見事に吹き飛んでいた。通り過ぎた弾丸は、壁に大きな穴を作って外へと飛んで行った。
魔光石が素材なら、ダメージを与えられる。その事が判明して喜ぶのも束の間、ミノタウロスの爆ぜた左腕が、一瞬にして再生した。
「そりゃそうか。あの体は魔力で構成されているんだから、この空間に魔力がある限りは無限に回復するよな」
やはり、倒すには心臓の結晶を破壊するしかないか。
立ち上がりながら、再び魔法で魔光石を掘り起こす。そして、今度は両刃の剣へと形を変える。
「エニアス! この剣使ってみて!」
右手に持っていた自前の剣を左手に持ち替え、右手で魔光石の剣を持ってエニアスへと投げ飛ばす。少し右側に突き刺さった剣を、エニアスは持っていた剣を鞘に仕舞って手に取った。
ほんのりと光を放つ剣を一瞥したエニアスが、再びミノタウロスへと視線を向ける。だが、ミノタウロスは左腕を失わせたボクの方が危険だと判断したのか、こちらへと狙いを変えてしまった。
「シッ!」
まずい、と思ったが、ミノタウロスが駆け出そうとした瞬間、エニアスがミノタウロスの脇腹に横一閃に剣を振るった。ミノタウロスの体を蹴ってすぐに距離を取り、敵の攻撃範囲を外れる。
エニアスが斬った箇所には、浅いものの確かな刀傷が刻まれていた。
「心臓を狙って! そこにある結晶がこいつの核だ! 壊せば倒せるはず!」
ボクの指示を聞くや否や、エニアスは動いた。脇腹の傷が消滅したミノタウロスが、エニアスに向けて何度目かの拳を突き出す。跳び上がったエニアスはその上に立ち、駆け上がる。
振り落とそうと腕が横に振るわれる瞬間に、腕を足場に心臓へと急加速し、剣を突き立てた。魔光石で出来た剣は、確かにミノタウロスの左胸に刺さった。だが、
「くそっ、浅い……!」
「エニアス危ない!」
エニアスが絞るような声で悪態を吐きながら、ミノタウロスとの距離を取る。しかし、化け物の筋肉が刺さった剣を中々離さなかったのか、思ったよりも距離を作れなかった。
空中で碌に身動きも取れないエニアスに、ミノタウロスの拳が迫る。もう一度風魔法で助けようと試みても、空気の圧縮が間に合わない。剣を正面にして防御体勢だけは取れたことを目視したが、ミノタウロスの巨岩の如き拳を正面から受けたエニアスは、壁へと叩き付けられた。
「エニアス!」
助けに行きたいが、ミノタウロスがこちらに迫る。一分でいい、動きを止められれば、という思いで、ミノタウロスを全身氷漬けにする。
氷像になったミノタウロスから意識を離さないようにしつつ、エニアスに駆け寄る。魔光石がかなり強度があるからか、あの勢いでぶつかったにも拘わらず、エニアスの周りにはほとんど砕けた壁の欠片は落ちていなかった。しかし、その硬さのせいで、逆にエニアスのぶつかった衝撃を殺せず、エニアスの体は全身ボロボロだった。
生きていることは、一応確認出来る。ただ、正直虫の息だ。即座に時空魔法での回復を始める。
「大丈夫?」
「……悪い、俺が弱いせいで」
そんなことはない、と心の内では思う。何せ、これだけの強さを見せているミノタウロスに対して、ここまで戦い続けていられたのだ。並の冒険者ならば、とっくに死んでいるだろう相手に。これが弱いなんてことはない。
しかし、エニアスの強さが足りないことが現状を招いていることも確かだ。例え回復したとしても、このまま戦い続ければ、すぐに同じ状況になりかねないだろう。やはり、エニアスの激化を解放することが必須条件となるか。
戦いの最中で、エニアスの身体の状態を魔力振動で確認していたのだが、ピクシルが行っていた通り、エニアスの体の一部、詳らかには四肢と目の先天魔力が活性化していた。これが、エニアスの激化を阻害している中途半端な「神速」であるのだろう。
「……ねえ、エニアス。戦っているとき、何を考えてる?」
糸口を探そうと、そう尋ねてみる。回復魔法でダメージのほとんどは修復し終えたエニアスが、訝し気にこちらを見てくる。
「……もっと強く。それだけだ」
もっと強く、か。もしその思考が、体の一部だけを神速化させている原因なのだとすれば、納得が行く部分もある。
脳から発せられた思考、少し言い換えてイメージは、強いものであれば魔力へ伝播するのだそうだ。基本的には空気中にある自然魔力への話なのだが、体へ強く意識が向いているときは、先天魔力にも同様の現象が起こるらしい。つまり、エニアスの「もっと強く」という思考が、戦いの中で強く意識の向く四肢と目にある先天魔力に伝わり、「神速」を引き起こしているのではないだろうか。
確定ではない。ただ、可能性としては充分にあり得る話だ。
「じゃあ、その思考を捨てて。ただ冷静に、敵を討つこと……それだけを考えて」
そこまでを伝えた時、右耳にピシッという音が聞こえてくる。どうやら、ミノタウロスが氷を力で破壊しようとしているようだ。
「時間は稼ぐから、準備が出来たら――」
「その必要はない」
「え?」
エニアスが立ち上がって、ひび割れが徐々に広がっていく氷塊に対面する。剣を構えもせず、ただ静かに佇む。
数秒すると、大きな音を立てて氷が砕け散った。中から姿を見せたミノタウロスは、一目散にこちらへ拳を握って迫ってくる。
このままだと不味いか、と思って三度魔光石を掘り起こそうとした、その時――頬を切り裂くような、突風が吹いた。
エニアスの姿が消えたかと思うと、いつの間にかミノタウロスの背後に浮いていた。少し丈の長い服の裾と、魔光石の光に輝く紫の髪を靡かせて、音もたてずに着地する。直後、ミノタウロスの突き出された右腕は幾つもの肉片に分裂し、胸元を横一文字に切り裂くように斬撃の跡が浮かび上がった。
「……外したか」
エニアスの呟き通り、ミノタウロスの核である結晶は斬れていないが、先程までと比べて尋常じゃない程のダメージを与えていた。
「これが、天賦の才ってやつか……」
――これが天賦の才ってやつかぁ
不意に、頭の奥底に謎の少女の声が響く。プロティアのものではない。カルミナに似ている気はするけど、これまでにカルミナがこんな言葉を発したことはないし、そもそも日本語だから絶対にカルミナではない。
「空中に足場って作れるか?」
唐突のことに戦闘中にも関わらず、思考に耽ってしまったところを、エニアスの呼びかけで現実に戻ってくる。
「多分、大丈夫!」
「じゃあ、頼んだ」
そう言うと、回復した右腕で殴り掛かってくるミノタウロスの攻撃を躱し、腕を足場にして後ろに高く飛び上がる。ミノタウロスの頭上にまで浮いたエニアスは、まるで突進するつもりかのように脚を折り畳み、前傾姿勢になる。なるほど、そこに足場を用意しろと言うことか。
意図を汲み取り、すぐにエニアスの足元に岩盤を生成する。このまま蹴っても、岩盤がすっぽ抜けてしまうため、エニアスがいない側の面へ風を吹き付ける。
「いいよ!」
ボクの声が届いたかどうか分からないタイミングで、エニアスはミノタウロスへ突っ込んだ。姿勢こそ違うが、言うなれば牙突のように剣先を狙い定めての突進だ。その速度はもう目で追うのが精一杯で、気付いた時には、魔光石の剣に青白色の結晶を突き刺して、背中から突き抜けていた。




