前期評価試験3
水平に迫るハルバードを、正面に構えた剣で受け止める。一瞬踏ん張ってみるも、ボクの軽い体では当然踏みとどまれるはずもなく、後方へ吹き飛ばされる。数メートル宙を進み、左足で地面を捉える。
「やばっ」
しかし、一度地面に着けた足が跳ねてしまい、再び体が宙を浮く。後ろへ倒れる回転のオマケ付きで。
剣が自分に刺さらないように気を付けながら、そのまま何度か地面を転がって、何とか立ち上がる。
「っ、はぁ、はぁ……くっ」
激化した二人は、やはり強い。イレディルの防御は、数刻前の頑張れば抜けられたものから、絶対防御と言えるくらいの精度になっている。ミューナスは、目で追うのもやっとの速さでハルバードを振り回し、その一撃は喰らえば肉も骨も簡単に断ち切れてしまうだろう。剣だって、魔力を纏わせていなければとっくのとうに折られている。
それに、強いだけならばまだいいのだ。ボクは現在、戦地の状況を全て把握しながら戦っている。魔力振動の索敵で敵味方全員を監視し、場合によっては指示や援護を出している。それも、激化を継続し、格上二人を相手取りながら。
今までの戦いは、基本的に遊撃、ボク一人の状況と、相手の情報だけを考えれば良かった。だが、今回は更に処理する情報が増えている。それだけの情報を一瞬で処理しながら、激化の維持をする経験は、今まで無かったため、既にボクの体は限界を迎えていた。
「フルドムがやられましたか。実力はあると見ていましたが……少し、低く見積もりすぎたようですね」
「どうですか……うちの、仲間は……強いでしょ」
「ええ、本当に……そう言う貴方も、ここまでよく頑張りましたね。ですが、もう限界のようだ」
「ハッ、限界なんて……超えてなんぼですよ。まだまだ、ここから!」
そう、超えてなんぼだ。なんぼなんだけど……正直、既に限界は超えている。象に踏みつけられるような一撃を何度も受け、こちらの攻撃は魔法も物理も意味をなさず、一度に十人の情報を処理する。身体も、精神も、頭も、全てが疲弊していく。先程からずっと視界がチカチカして、ぼやけ、この剣は軽い方なのにバーベルでも持ち上げているかのように重く、足も言うことを聞かない。今にも倒れそうだ。
──たった数分で、この疲労……想定はしていたけど、やっぱり集団戦は厳しいな。ゲームなんかで経験していたから行けるかとも思っていたけど、追加で体を動かす必要があるんだから、同じな訳がなかった。
「プロティアさん、大丈夫ですか!?」
「……平気。よくやったね、二人とも」
二人に賞賛を送るが、隣に立ったエニアスが鼻をフスと鳴らして呆れの溜息を零す。
「とても平気には見えないな。回復は?」
「カルミナがしてくれてるし、自分でもやってる……だから、ダメージはないよ」
「そうか。作戦変更だ。アトラスティ、何秒もつ」
「頑張って、十秒です」
「充分だ。イセリー、援護頼む!」
「分かりました!」
何も分からないまま、話が進んでいく。エニアスは何かを狙っているようだが、その概要はまだ掴めない。
「この二人は俺達が相手する。プロティア、魔法使いを倒せ。そのくらいなら、まだ出来るだろう?」
「……うん。大丈夫だと思う」
「よし。学園長は俺が見る。アトラスティは副学園長を頼む。もって精々数十秒だ、短期決戦で頼むぞ」
「了解」
アトラとエニアスが、並んでイレディルとミューナスに迫る。背後では中規模クラスの魔法と思われる魔力の乱れが生じており、イセリーが何らかの魔法を使おうとしているのだと察する。多分、カルミナとの合体魔法の為に練習していた、敵の足場を凍らせて動きを封じる魔法だろう。
前衛二人はエニアス、アトラ、イセリーに任せて、ボクは残りカスすら残っていない体力に無理を言わせて、敵陣の魔法使い二人に近付くべく一気に加速する。ボクが通り過ぎる直前、イレディルとミューナスの足元が氷で覆われる。本来は周囲も含めて凍らせるつもりの魔法なのだそうだが、今回は前衛の補助の為に使っているから、足元を凍らせるだけに留めているのだろう。
仲間達を信じて、ボクは前へ進み続ける。少しでも体力の消耗を防げるように、索敵の範囲をボクの背後一メートルと相手の魔法使い二人だけが入るように調整する。仲間達の様子は確認出来なくなるが、ここで信用しなくて何が師匠だ、と言い聞かせて足を前に出す。
どうやら、イセリーの魔法はサラナス達にまで及んでいるらしく、足を固定されながらも詠唱を唱えていた。詠唱内容を聞いた所では、サラナスが火属性で、イリアーナが土属性の魔法を使おうとしているようだ。二人の周囲にいくつかの魔力の塊が光を放つ。
魔法で防いでもいいが、残り体力を考えるに火属性は絶対に使えない。方法としては、風魔法で軌道をずらすか、氷や土魔法で向こうの火魔法の核を破壊して、土魔法は対消滅させるかだが、そう上手く行くとは思えない。何せ、相手はBランク冒険者なのだ。エニアスが先程火魔法を破壊したことで、こちらが魔法を打ち消す手段を持っていることには気付いているだろうし、対策もして来るはずだ。
「……いや、魔法自体に手を施す必要は無いな」
サラナスとイリアーナの目前に、ある魔法を準備する。イメージを鮮明にし──目を閉じる。地面に着いた左脚に限界まで力を込め、足裏に空気を圧縮すると同時に、魔法を発動させる。強烈な光が瞼を貫通し、真っ暗だった視界に赤の色味が加わる中、地面を蹴り足裏の空気を一気に膨張させ、試合開始時と同じように空高くへ飛び上がる。
索敵で、ボクが飛び上がる前の位置を三本の直径五十センチ程の炎の柱が貫き、その周囲を十を超える土塊の棘が通り過ぎる。なるほど、柱の形にする事で魔法破壊を防いで来たか。それで、もし炎の柱を躱しても、土棘に襲われる、と。確かに厄介だ……その範囲内にいれば。
剣を鞘に収め、収納魔法から短弓と矢を取り出す。索敵で狙いを定め、サラナスの肩を狙って一矢。次いで取り出した矢を、イリアーナの肩へ。放った二本の矢は、狙い通りの場所へ弧を描きながら着弾した。エニアスに教えるために、弓矢の練習をしておいて良かった。まさか、こんな形で役立つとは。
弓を再び収納魔法にしまい、剣を抜きながら着地しようとしていると、サラナスとイリアーナの二人は土魔法の壁で自身を覆ってしまった。壁に魔力を纏わせているため、こちらの攻撃も基本的には通用しないだろう。
「時間は掛けれないし……」
魔力振動で二人の位置を把握しながら全身を使って着地の衝撃を殺し、屈んでいるのをいい事に地面に左手を添える。そして、脳内で地面から巨大な棘が突き出るイメージを描き、短く息を吐きながら魔法として発現させる。致命傷を与えることは決闘の中ではご法度なので、さすがに二人とも脇腹を狙っているが、もし退場にならなくてもしばらく戦線離脱にさせられる程度のダメージではあるだろう。
このまま壁に隠れてやり過ごすことも出来ただろうに、サラナスとイリアーナは壁を消失させて姿を見せた。共に脇腹を押さえ、血を流している。
「サラナス、イリアーナ、退場!」
ラプロトスティさんの口から、そう言葉が発せられる。何とか役目は果たせたようで、一安心だ。
一息吐きながら、未だ耐えているらしいエニアス達の方へ体を向ける。思ったより持ち堪えているな、と思っていたのだが、視線の先では予想外の光景が広がっていた。
「か、カルミナ!?」
何と言うことか、エニアス&アトラとイレディル&ミューナスとの間に、正面に剣を構えたカルミナが立っていた。薄紫の靄を纏い、黒曜石のように綺麗な瞳から覇気を放ちながら、敵二人の前に立ち塞がっていた。エニアスは腹を押さえて倒れており、アトラはカルミナの後ろで跪いている。状況を見るに、カルミナが二人を守ったと言ったところか。イレディルの近くの地面が焦げているし、炎属性の魔法を使ったのかもしれない。
ボクが参加すれば、二対一を二つ作れる。勝負を決めるなら、次の一瞬しかないだろう。
限界を迎えてプルプルと痙攣する脚がもどかしい。歯を食いしばり、根性でイレディル目掛けて駆け出す。
「はあああぁぁぁ!」
雄叫びを上げながら突っ込み、両手で持って右へ大きく引いた剣を、こちらに振り向いて構えられた盾に叩き込む。そして、剣と盾の接点に、魔力を注ぎ込む。
「エニアスッ!」
連携相手であるエニアスに呼びかけ、魔法を発動させる。目の前の明かりが一瞬増し、直後爆発が巻き起こる。自滅覚悟の一撃。体力も使い果たし、意識が朦朧とする中、宙を舞いながら残っている四人に勝ってくれと願いを託す。
背中の衝撃と共に、ボクは意識を失った。
──どのくらいの時間眠っていたのだろうか。
目を覚ますと、ボクは保健室に運び込まれて、ベッドに寝かされていた。少しは体力も回復したのか、全身が痛むが起き上がることくらいは出来た。
「あ、おはよ、プロティア」
「……カルミナ。ずっとここにいたの?」
「心配で……」
「そっか。心配かけてごめん。ちょっと疲れて意識を失っただけだから、大丈夫だよ」
「それなら良かった! このまま目が覚めなかったらどうしようって、不安だったんだよ!」
「あはは、そりゃすまん……それで、勝負はどうなったの?」
「なんと……勝っちゃいました!」
「おおー」
その後、カルミナにボクが意識を失った後の顛末を教えてもらった。
どうやら、ボクが起こした爆発によりイレディルの体勢を崩せたらしく、エニアスは期待に応えてイレディルを退場させたようだ。
ミューナスは、カルミナが攻撃を去なしつつ魔法を叩き込むことで隙を作り、アトラとのスイッチで決着を着けたらしい。カルミナの剣技が成長していることは知っていたが、まさかここまでだったとは。
「よく頑張ったな」
すぐ近くの椅子に腰掛けているカルミナの頭を、重たい腕をなんとか動かして撫でる。驚いたような顔を見せたカルミナだったが、すぐにえへへとはにかみ笑いに表情を変えた。
「そう言えば、ボクが魔法使いの相手してる時、カルミナがエニアスとアトラを守ったの?」
「えっと、そうなるのかな。アトラさんが副学園長のハルバードを屈んで躱したけど、そのまま槍部分でやられそうだったから、間に入って剣で軌道を逸らして、追撃したんだけど逃げられちゃったんだよね。その後、エニアスが学園長の盾で吹っ飛ばされたのが見えたから、ヤマタノオロチはダメだけど、ミツマタノオロチくらいなら使えるから、それで学園長をエニアスから離れさせた。ただ、プロティアの方から火柱が飛んできてたから、不味いかなって思って、ミツマタノオロチで打ち消した。学園長も巻き込めたら良かったんだけど、ギリギリで躱されちゃった」
「……なんか、めちゃくちゃ凄いことしてんな」
「うぇ、そうかな? こうしたら良さそうってことを、何となくやっただけなんだけど」
この子、もしかしたら天才なのかもしれない。同じ状況でそんな対応ができるか、ボクでもちょっと自信ないぞ。それこそ、ゲームでピンチになった時にたまにある、覚醒状態みたいな感じにならなければ。
カルミナの魔法剣士としての才能に、自分の立場が危ぶまれているのではないか、と危惧していると、保健室の扉がノックされる。カルミナが「はーい」と返事すると、扉が開いて保険医のイリアーナが姿を見せた。少し童顔気味な眼鏡をかけた顔に微笑を浮かべ、部屋に入って来る。
「調子はどう?」
「今にも倒れそうです」
「そうなの!?」
ボクの返答に、カルミナが驚きの声を上げる。
「それもそうよね。気絶する程体力を使ったんだもの。一時間寝たくらいじゃ、回復しなくて当然よ」
どうやら、ボクが寝ていた時間は一時間くらいらしい。
「少し辛いかもしれないけど、体力を回復するには元となる物が必要だからね」
そう言ってイリアーナが少し横にズレる。その後ろには、お盆に料理を載せたアトラが立っていた。隣には、イセリーもいる。
「エニアスは居ないんだ」
「これだけ女子ばかりが居ては、気まずいのでしょう。後で来ると思いますよ」
「初心なヤツめ。アトラ、食事ありがとう」
「いえ。よろしければ食べさせてあげますが、いかがですか?」
「うっ……」
正直、気恥ずかしいし断りたい気持ちは山々なのだが、あまりに体が言うことを聞かないので、甘えざるを得ない。
「……お、お願いします」
「任されました」
「あたしも! あたしも食べさせたい!」
「一緒に食べさせてあげましょう」
ボクは動物園のキリンか何かか? とツッコミを入れたかったのだが、この世界では通用しないのでぐっとその気持ちを抑え込むのだった。




