エニアス・ネアエダム10
エニアスが一歩、一瞬にして、ボクの目の前に移動する。左上がりの斜め斬り上げを屈んで回避する。振り上げた勢いのまま頭上へ持ち上げられた剣が、今度は垂直に降ってくる。側面にこちらの剣を当てて軌道を逸らし、難を逃れる。
その後も、ボクは防御に徹する。唯勇流の動きでありながら、片手で行うことで自由度を増したエニアスの戦い方は、まさにアニメの主人公といった戦いぶりだ。重く、速い一撃を、相手が反撃する隙もなく畳み掛ける。
その一撃は、鍛錬の賜物なのか、男子だからなのか、それとも両方か、ラプロトスティさんのものを凌駕しており、激化して身体能力が大幅に向上している今のボクでも、正面から受け止めることは難しいだろう。スピードに関してはボクが勝っているので、瞬間的な判断で回避したり、剣の軌道を変えたりして耐えている現状だ。
「ぜぁあ!」
声を張り上げたエニアスが、ボクの心臓目掛けて剣を突き出す。回転して躱したボクは、その動きの流れを利用して横から剣を叩き込む。しかし、体を浮かせて剣で受けられ、エニアスとの距離が生まれたことで、追撃も出来なかった。
着地の時点で体勢を整え終えていたエニアスが、すぐさま攻撃を再開する。
試合開始から二分程。大体の強さも測れたし、そろそろこちらも攻めるとしよう。
エニアスの攻撃を躱しながら、剣を引く。そして、僅かに生まれた隙を見逃さず、剣を一振り。屈んで躱されたが、エニアスは一度ボクから距離を取って最初と同じフォーメーションになる。
こちらが攻撃態勢に入ったと悟ったか、エニアスは息を短く吐き、剣を握り直す。
動き出しは、ほぼ同時だった。剣が交錯し、正面衝突を避けたボクが体をずらして立ち位置が入れ替わる。
その後は、攻撃と反撃の乱舞だった。互いの攻撃はギリギリの所で当たらず、くあぁんという木剣がぶつかり合う音が幾度となく道場に響く。実力はほぼ互角、激化に入っていることもあり多少ボクが勝っているようにも思うが、エニアスは食らいついて来ている。
「はあっ!」
エニアスの振り下ろしを、左半身を引きながら剣の腹に自分の剣を当てて軌道をずらし、回避する。手首を切り返し、右へ斬り払うが、左へ傾きながら屈んだエニアスの髪を掠って当たらない。回避の最中右へ引いていたらしい木剣が、水平にボクの足元に迫る。バク転で距離を取りつつ躱す。
左へ振り切った体勢のまま、エニアスが床を蹴って一秒の間もなく距離を詰める。だが、その剣は振るわれることはなく、ボクの剣がエニアスの腹を水平に捉えた状態で静止した。
「っ、がっ……!」
「そこまで!」
腹部に食い込んだ木剣を引いて、前傾していた姿勢を立てる。支えがなくなったエニアスは、膝から崩れ落ちて、腹部を押さえながら浅い呼吸を繰り返す。
集中を解いて、激化を解除する。どっと疲れが体を襲う。普段から激化を使って鍛錬を行っていたから、激化にはかなり慣れたつもりだったのだが、実戦となるとやはり、まだ身体への負担はなかなかのもののようだ。
「おつかれ。分かっちゃいたけど、強いね」
剣を左手に持ち替え、蹲るエニアスに、屈んで右手を差し伸べる。少し呼吸の落ち着いたエニアスが、ボクの右手を掴んで来る。プロティアが小柄なこともあって、その手は大きいと感じたが、何よりも掌全体の皮膚が固くなっていたことが印象的だ。何年もの研鑽の積み重ねが、この手に詰まっている。
手を握り返して、ぐっと後ろに引っ張る。エニアスはその動きに逆らわず、利用して立ち上がる。
「……そりゃどうも」
少し悔しさの滲む返答に、微笑ましく思う。いくら精神的には成熟しているとはいえ、年齢はまだ十一やそこらの子供なのだから、このくらい感情を見せてくれた方が安心する。
「エニアスが強いことは分かった……それ故に、一つ困ったことがある」
「困ったこと?」
「エニアスに教えられることがない」
「……は?」
「だって考えても見てよ。ボクの流派は完全な我流だし、唯勇流を極めたエニアスに剣で教えられることなんて何も無いでしょ。むしろ、こっちが教わりたいくらいだよ。これじゃあ、稽古相手になるくらいしか出来ることがない」
元々そうではないかと思っていたが、実際に戦ってみて確信した。ボクがエニアスに剣について教えることは不可能だと。少なくとも、真っ当な剣士を目指すのであれば、ボクの指導は型を崩してしまい悪影響になりかねない。
エニアスが半目でこちらを見詰めてくる。仕方ないことではあるのだが、教えてやると意気込んでおいてこのザマでは心苦しい。
「……そうだろうとは思っていた」
「思っとったんかい」
「今の俺では、最強には到底及ばない。少なくとも、唯勇流を極め、俺の剣としたとしても不可能だろう。それは分かっている……ただ、どうすればその先へ進めるのか、あんたにはそれを共に探って欲しい」
つまり、ブレイクスルーのきっかけが欲しいというわけか。そういうことなら、ボクでも何か力になれるかもしれない。
「……例えば、今の唯勇流の型が崩れてしまう危険があっても、いいのかい?」
「それで強くなれるのなら、一向に構わない」
これまでのエニアスの苦労を泡に帰すかもしれない提案だった。でも、エニアスは一瞬の迷いもなくそう答えた。最強になりたい、そして、妹を救いたいという思いは、それだけ強いのだろう。
「……よし、分かった! じゃあエニアス、君は今日からボクがいいと言った時以外、片手剣の使用を禁止する!」
「は?」
「ぷ、プロティアさん、さすがに意味が分かりませんわ。剣を極めたいエニアスさんに対して、剣を使うなと言うのは……」
エニアスだけでなく、アトラまでもが怪訝そうな顔をする。カルミナとイセリーも、納得行かないといった表情だ。まあ、ボクだっていきなりそんなことを言われたらそうなる。
「もちろん、ちゃんと考えはある。戦いにおいて、確かに技術力や戦術、個人の力量は重要だ。だが、それ以上に大事なものがある。何だと思う?」
「え、ええと……」
アトラに聞いてみるが、目線を下げて考え込んでしまった。
「情報だ。情報戦を制した方が勝つというのは、戦争においては鉄則だ」
「さすがエニアス。そう、情報だね。片手剣を使うなって言うのは、言い換えれば他の武器を使ってみろってことだ。この世界に存在する武器は剣だけじゃない。大剣、細剣、短剣、槍、斧、弓矢、鞭、モーニングスター……挙げればキリがない。それに、今後新たな武器が生まれることだって有り得る。それらの武器の使い方を知っているのと知らないことでは、対面した時の戦いやすさは全く変わる」
「……己の力量ではなく、武器の情報を制することで強くなれってことか」
「一つはそういうこと」
「一つ、ということは、他にも目的があるのですか?」
「ああ。もう一つは己の力量を上げることに繋がると思う。端的に言えば、他の武器での戦い方を剣での戦いに応用するんだ」
「……確かに、成長の糸口としては悪くないかもな」
「と言っても、ボクじゃどう応用するかはパッとは思い付かないけどね。短剣で懐に入り込む動きを取り込むことは出来そうだな、くらいが今思い付いた限界。でも、戦いに長けたエニアスなら、きっと上手くやれるんじゃないかと思う」
エニアスが俯いて、前髪を指先でくるくると弄る。数秒して、フスと鼻から息を吐いたかと思うと、手を下ろして視線を上げた。
「分かった。やれるだけのことはやってみよう」
「相手にはいつでもなるから。頑張って」
「ああ」
視界の端でアトラが唇を尖らせている気がするが、一旦スルーで。
「ねぇねぇ、あたし達は何か新しいことないの?」
蚊帳の外となっていたカルミナが、手を挙げて質問してくる。確かに、学年も上がってパーティーも組んだことだし、何か新しい鍛錬を始めても良さそうだ。
「そうだな……じゃあ二人は、合体魔法なんてどうだ?」
「合体魔法? 何それかっこよさそう!」
「二人の魔法を組み合わせて、各々で使うよりも大きな効果を生み出す魔法にする……って意味でいい?」
「いえす」
相変わらずの理解力の高さに舌を巻きつつ、イセリーの意訳に同意する。
「同じ魔法を組み合わせてもいいし、別々の魔法で補い合ってもいい。どんな形にするかは二人で決めな」
「楽しそうだけど難しそうー……なんか案ある、イセリー?」
「そんなにすぐには思い付かないわよ。夏季休暇前まで時間もあるわけだし、ゆっくり考えましょう」
「はーい」
夏季休暇前には、パーティーでの模擬試合が行われる。言ってしまえば、前半学期のテストみたいなものだ。それまでに完成すれば上出来だろう。
「アトラ、エニアス。二人にはパリィアンドスイッチを習得してもらおうと思う」
「パリィアンドスイッチ……弾いて、入れ替わる、ですか?」
「そう。簡単に実演してみようか。イセリー、ちょっと木剣を持ってそこに立って」
指示を飛ばすと、イセリーは倉庫から木剣を一本持ち寄って指定の場所に立った。
「で、振り上げて……エニアス、イセリーが振り下ろした剣をパリィして。その際、少し右後ろに下がり気味でお願い」
「分かった」
イセリーの正面にエニアスが立つ。木剣を振り上げたイセリーが、緩く剣を振り下ろし始め、左下段に剣を構えたエニアスがイセリーの振り下ろしを、右後ろに下がりながらカーンと音を響かせて弾く。
エニアスの左後ろに立っていたボクは、レイピアのように胸の前に引き絞った剣を、エニアスとイセリーの間に出来た空間に体を滑り込ませながら、イセリーの晒された喉元目掛けて突き出す。もちろん、寸止めで。
「……これがパリィアンドスイッチ。一人が弾いて、もう一人がその隙を突くコンビネーション」
「……確かに、強力だとは思いますわ。ですが、エニアスさんとは合わせられる気がしません」
「生憎だな。俺も、あんたじゃ俺の速度には着いて来られないと思っている」
「なっ! そういう意味ではなく、相性の問題です!」
うーん、余裕を見せる大型犬と、食いかかる子犬の図。実に微笑ましいのだが、喧嘩が長引くと話が進まないし、ここは無理矢理にでも進めるとしよう。
「相性が悪くても、二人の戦闘センスは十分に高いから大丈夫だよ。エニアスの戦闘勘と、アトラの反応速度があれば全くもって問題ない。それに、アトラは人々を導く者として、エニアスは最強を目指す者として、今後も戦いに身を置くことになるんだろう? そうなったら、人と合わせる機会だってあるはずだ。気の置けない相手がいる内に、練習しておいた方がいいよ」
返す言葉もないのか、二人は押し黙ってしまった。
「という訳で、今後の方針は決まったね。魔法組は合体魔法、剣士組はパリィアンドスイッチ。エニアス、今のところ、片手剣はアトラとの合わせと素振りの時だけ解禁ね」
「……了解した」
「よしっ、じゃあ早速鍛錬開始!」
そうして、五人揃って初の鍛錬が始まったのだった。




