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ハイスペック転生  作者: flaiy
一章 学園編
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エニアス・ネアエダム7

「……おかしいな」


 黒のパンパンに詰まったランドセルの中身を、何度も確認する。多分、もう五回は見返しているはずだ。それなのに、次の授業で使う国語の教科書が見つからない。毎晩のように次の日の時間割を確認して、必要な物は確実に入れているはずなのに。


 もう休み時間が終わるまで数分しかない。誰かに借りようにも、他のクラスにもこのクラスにも友達と呼べる人はいないし、家に取りに帰るなどいくら足が早くても不可能だ。ロッカーに置いているのは資料集や、復習をすることのない科目の教科書だけだから、音読と出てくる単語を調べる宿題が出されていた国語の教科書は確実に家に持って帰っている。


「どうかしたの?」


 右側から、少し鼻に掛かった特徴的な、今時ではアニメ声と呼ばれているような声のクラスメイトが、僕の様子を見て困っていることに気付いたのか、問い掛けてくる。正直、僕から話し掛けるのはあまり得意では無いので、こうして助け舟を出してくれることには本当に感謝しかない。


「その、教科書忘れたみたいで……」


「え、大丈夫? えと……あたしの、一緒に見る?」


「良ければ、そうさせてもらえると助かるよ」


「うん! あたしは全然いいよ! あ、机くっつけるね」


 今日の日付的に、音読の順番が回ってくる可能性が高かったから、教科書が無いままだと大変なことになっていただろう。──さんには、後で何かお礼をしなくては。


「ふふっ」


「……どうかした?」


「あ、いや、その……日向くんって、何でも出来ちゃうしこういった失敗も全然しないからさ……何か、こうして教科書を忘れてるのを見ると、同じ人なんだなぁって、ちょっと嬉しくて。あっ、バカにしてるとかそんなんじゃないよ! 日向くんすっごいから、すっごい尊敬してるし!」


 力がかいめつ的である。まあ、テンパるとこうなるのは、──さんについてはいつもの事だが。


 この子は毎年クラスが同じで、どういう訳か席替えで何度も隣になるものだから、何度か話はしたことがあるくらいの仲だ。と言っても、友達と呼べるような距離感ではないので、机を引っ付けるというイベントですらあまりない光景ではある。


「あまり人に迷惑を掛けたくないから、こういったミスはしないように気を付けてるんだけどな……最近寝不足気味だったからかな」


「夜に何かしてるの?」


「まあ、色々とね。今度、大きな試験を受けるから、それに向けた勉強が主かな」


「勉強、あたし嫌いぃ……よく頑張れるよね」


「……勉強が、家族を安心させるために使える、一番効率的な方法だからね」


「ほえぇ……家族のためとか、あたし全然考えてないや……やっぱり日向くんはすごいね」


 僕としては、──さんの誰とでも仲良く、明るく接することが出来るとコミュニケーション能力の方が、よっぽどうらやましいが。普段、誰も話し掛けてくれないし、僕も関わろうとしないものだから、学校でも関わりがあるのは先生と──さんくらいだ。どっちも必要最低限だが。


「でも、頑張り過ぎて無理はしないでね。一人で抱え込みすぎたら、大変だから」


 どこか、実感がこもっているかのように感じた。いつも楽しそうで、明るい──さんが、こういった話題に経験がありそうな雰囲気を見せるのは、意外だった。


 まあ、僕は人の感情や言葉のニュアンスを読み取るのはそこまで得意じゃないから、気のせいという可能性もある。あまり気にしないでおこう。


「肝に銘じておくよ」


「うん! あ、あと試験頑張って! あたし、めちゃくちゃ応援してるから! あと、あたしに出来ることがあったら言ってね!」


「じゃあ、区分求積法でも教えてもらおうかな」


「くぶ……きゅ?」


 エラーを起こしたロボットかのように、カクカクと首をかしげてしまった。


「冗談だよ」


揶揄からかったの!? ひどい!」


「君の隣の席にいると、揶揄った時の反応がいいって話を何度も耳にしたから、ちょっと試してみたくなって」


「なんでぇ……あたしもいつか、絶対に揶揄い返すから!」


「楽しみにしてる」


 そうこうしているうちに、チャイムが鳴った。こうして人と話すのは久々だったから、思っていたよりも楽しかった。こういう子が友達だったら、きっと毎日楽しいんだろうなぁ。


 寝不足もあってか、先生が入って来てしばらくすると、意識がぼんやりとして来た。そして、黒板に文字が書かれる音が徐々に遠ざかり、意識も深くへと落ちて行った。



 隣から、ゆったりとした呼吸音が聞こえてくる。少し耳元がくすぐったくて、沈んでいた感覚が少しずつ呼び起こされる。僕は確か、学校で授業を受けていたはずで……寝不足で寝落ちしたんだったっけ。あれ、じゃあなんで横になってるんだ? 体調が悪いって判断されて保健室にでも移されたのかな?


 まだ反応のにぶい体を動かして、上半身を起こす。重いまぶたを、目を擦ってから開いて、周囲を確認する。白いシーツのベッドに、薄手の掛け布団、ここまでは別に違和感は無い。上を向くと、木製の二段ベッドの底面。そして、右手側には眠っている金髪の美少女。


 脳が、記憶と現在の状況の差異に混乱を引き起こす。寝起きで思考力が低下している中、一つずつ整理していく。


 まず、僕は小学生で、学校で授業を受けていたはずだ。……いや、待て。僕の年齢は既に二十歳を超えている。前提条件がおかしい。つまり、授業を受けていたのは夢だ。そしてここは現実で、ボクは日向ひなたそらではなく、プロティアだ。


 まるで現実かのようなリアルな夢だったせいで、現実と夢の境界線が分からなくなってしまっていた。そもそもだ。夢の中で出て来たあの隣の席の女子は、一体誰なのか。雰囲気はカルミナに似ていたような気はする。ただ、見た目は違ったし、名前がそもそも分からない。だから、カルミナをモデルに生み出された存在なのか、はたまたボクの記憶にないだけで、前世で知り合っていた誰かなのかの判別もつかない。そういう存在が出て来ていた時点で、小学校での話は夢であると断定出来る。


 現実を認識し、脳も起きてきた。


 それにしても、ボクはいつの間に寮に移動したのだろうか。夢のせいで若干記憶がこんだくしているけど、意識を失う前は、誘拐されていたアトラとカルミナ、フォルサを助けるために、ティルノントの連中と戦っていたはずだ。そして、戦いの中で殺人を働いたことにより精神的に参ってしまったボクを、アトラが慰めてくれて……多分、そのまま泣き疲れて眠ってしまったのだろう。


 その後は分からないけど、何らかの手段でアトラが学園まで連れて帰ってくれた事は確実だ。隣で寝ている理由は分からんが。


「……何ともない、な」


 首を斬った感覚も、斬った体から血が吹き出る光景も、まざまざと思い出せる。けれど、今その光景を思い出しても、意識を失う前のようにパニック障害のような反応は出てこなかった。時間が経ったのもあるだろうが、アトラが苦しみを全部受け止めてくれたおかげで、乗り越えられたのだろう。


「んぅ……あ、起きた?」


 右下から声が聞こえてくる。いつもより少し滑舌が弱まった、ふにゃっとした喋り方が可愛らしく、意識を失う前のことを思い出したこともあって、一気に鼓動が早まってしまう。取りつくろおうと咳払いをして精神を落ち着かせ、声の主であるアトラへ視線を落とす。寝起きだからか、トロンとした目元からはいつもの凛々(りり)しさは感じられず、年相応の子供っぽさだけが見て取れる。いくら異性耐性がないからとて、こんな子供相手に不覚にもドキッとしてしまったことにへきえきとしつつ、表に出ないよう平静を装う。


「おはよう」


「ええ、おはよう……もう、大丈夫そう?」


「お陰様でね」


 気付かれては……なさそう、かな。


「ところで、なんで隣で?」


「あなたをここまで運ぶのに疲れて、上まで上がる気力が残ってなかったの。嫌だったなら謝るわ」


「嫌とかはないよ。ちょっとびっくりはしたけど」


「そう……ならよかった」


 起き上がりつつ、少し凛々しさを取り戻した笑顔を浮かべる。


 そもそも、アトラとの添い寝ならこれまでに何度も経験があるのだ。今更勝手にされたからと言って、怒るようなことではない。というか、アトラはすごくいい匂いがするから、隣にいるとアロマのような効能でもあるのか、精神が落ち着くのだ。ゆえに、添い寝するとめちゃくちゃぐっすり眠れる。一家に一人、抱きアトラが欲しくなるレベルで。


「そういや、ボクってどのくらい寝てたの?」


「どうでしょう……私も寝ていたから、分からないわ」


「帰ってから一時間くらいですね」


 落ち着いた声音がそう教えてくれる。アトラの奥に目を向けると、寮を出る前と同じ格好のイセリ―が微笑を浮かべて立っていた。敬語なのは、ボクとアトラの二人に向けて言ったためだろう。


「帰ってきたら全身砂まみれでボロボロだし、目元は腫れてるし、ぐっすり眠ってるし、アトラさんに運ばれてるし……本当に、何事かと思ったよ」


「ごめん、色々あって……そういや、アトラはあの砂嵐で何ともなかった?」


「ええ、特には……と言うより、私達を避けて砂嵐を起こしたのではないの?」


「……ボクは部屋全体を巻き込んでやったはずだよ。アトラ達には後で謝ろうって思ってたんだけど」


 確かに、言われてみれば戦いの後で二人を見た時に、地面に着いていた場所を除けば汚れてもいないし土を被ってもいなかった。フォルサが連れ去られたこと、戦いの中での疲れ、人を殺したことに対する罪悪感と色々なことが合わさって状況把握が出来ていなかったが、今考えてみればおかしい。


 それにだ。アニクティータも土汚れが一切なかった。あいつの周りだけ魔力の状態に違和感を感じてはいたが、やはり何らかの魔法を使っていたのだろうか。そして、アトラ達もその庇護ひご下にあった、と考えれば納得は行く。何故そんなことをしたかは分からないが。


「何がしたかったんだ、あいつは……」


「あいつ、と言うのは、ティルノントのリーダーのこと?」


「うん。三人を連れ去ろうとしてたはずなのに、アトラとカルミナは置いてフォルサだけを連れて行ったし、アトラ達に砂嵐の被害が及ばないようにするし……何が目的なのか、何も分からない」


「考えるだけ無駄だと思うわ。ティルノントは誘拐組織……そのリーダーの頭の中など、私達では考えが及ぶとは思えない」


 アトラの言う通りかもしれない。犯罪者の考える事など、分かる必要などない。知ったところで、理解出来るとも限らないし。


「そうだ、カルミナは?」


「ん? 呼んだ?」


 ボクが話題を出したタイミングで、部屋の扉が開く。すると、きょとんとした表情のカルミナが姿を見せた。いつも通り髪は跳ねているし、顔色も変わりない。動きにぎこちなさも無いから、眠らされた後遺症のようなものはこれと言って無さそうだ。


「どこか痛いところとか、動かしにくいところがあったりしない?」


「えー? うーん……何ともないよ。ちょっとお腹が空いてるくらいかな」


 うん、大丈夫そうだ。


 とはいえ、遅れて症状が出ないとも限らない。しばらくは二人の様子をしっかり見て、軽く診察くらいはしておいた方が良さそうだ。どんな手段で眠らせたにせよ、外因で意識を失うということはそれなりの危険性を伴うのが常だ。


 一先ずの安心感がボクの心を満たしたと同時に、胃が急激に収縮する感覚がしてクルルルルルゥと部屋の中に音が鳴り響く。咄嗟とっさにお腹を抑えるが、時既に遅しであり全員の視線がこちらに向く。あまりの恥ずかしさに、熱が四十度くらい出てるんじゃないかと思わせるくらいに顔が熱くなる。


「食堂で何か作って貰えないか、確認に行きましょうか。私も連れ去られる前に少し食べたとは言え、お腹が空きましたし」


「さんせーい!」


「ミナ」


「賛成でございます!」


 ボクの恥を知ってか知らずか、誤魔化すまでもなくそういう流れへと持って行ってくれた。ありがとう、アト──


「プロティアのお腹の魔獣が暴れだしてもいけないものね」


 許さない。

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