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ハイスペック転生  作者: flaiy
一章 学園編
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エニアス・ネアエダム6

 魔力の壁を頭上の点を含む直線で折り曲げ、降ってきた岩石を端に滑らせて何とか被害をゼロにする。かがりは避けたから、明かりも残っている。天井をさいして作った岩石のようで、さっきよりも空間が広く感じる。天井は高くなったものの、左右には岩石が積まれているから、大して広くはなっていないのだが。


「あんにゃろ、最後に面倒なもん残して行きやがって……」


 アニクティータの姿はもうなく、気付けばあいつの配下であった四人の姿もなくなっていた。唐突に消えた感じからして、転移魔法でも使ったのだろう。


「アトラ、カルミナ、大丈夫?」


 足元で寝転がっている二人に視線を落とし、意識が戻っているアトラの隣にしゃがむ。剣が壁際に飛ばされたまま手元に無いため、魔法で氷のナイフを作ってアトラの手足を縛っている縄を切る。


「ええ、私は……カルミナさんは?」


 アトラが起き上がりながら隣に視線を向ける。ボクも一緒に同じ場所を見てみると、単調な呼吸を繰り返すカルミナが寝転がっている。どうやら、まだ眠りに落ちたままのようだ。目を覚まさないうちは心配ではあるが、こうしてアトラが無事であることを見るに、身体に問題はなさそうだ。氷のナイフで眠ったままのカルミナの縄も切る。


「あとは……あれ? もう一人いなかった?」


「カルミナさんの向こうに……居ませんね」


 立ち上がって、目視で確認しつつ魔力振動の索敵でも探してみる。しかし、この地下室のどこにも、それこそ岩の下にすら人の存在は探知出来なかった。


「クソッ、やられた!」


「……連れて行かれた、ということですか?」


「……うん」


 何が目的でエニアスの妹だけを連れ去ったのか、ボクには分からない。あいつらの目的は、アトラ、カルミナ、エニアスの妹のフォルサの三人を連れ帰ることだったはずだ。それなのに、ボクの余裕を無くした上で連れ帰ったのはフォルサの一人だけ。あの状況であれば、全員連れ去ることなど容易だっただろうに、だ。


「プロティアさん、連れ去られたのは誰なのですか?」


「……アトラは知らなかったのか。連れ去られたのはエニアスの妹、フォルサだよ」


「っ、そんな……!」


「昨日、自領からこっちに帰って来る途中で、奴らに襲われて連れ去られたらしい。連れて帰るって約束したのに……」


「そのようなことが……今日、エニアスさんの様子が違ったのは、フォルサさんの事があったからなのですね……」


「うん、そうみたい」


 もしかしたら、と思って索敵を街中に拡げてみるも、さっきまで感じ取れていたフォルサと同じ気配は感じ取れなかった。アニクティータを含むティルノントの五人も、既にこの街から去ったようだ。


「フォルサは連れ去られて、一人は確実に殺したけど、後の四人には逃げられたか……」


 まだ首を斬って命を絶った感触が手に残っている。それだけじゃない。後の三人も致命傷足るダメージを与えたのだ。回復が間に合っていなければ、ボクは四人、この手で殺したことになる。そう自覚した途端、胃がひっくり返ったかと思うくらいに気持ち悪くなり、吐き気をもよおす。せめて人が居ない方へと思って岩石の山の方へ口元を押さえながら移動し、ひざまずいて食道を焼きながら通ってきた黄色の液体をぶちまける。


 何度かえずきながら、胃の中の物を全て吐き出す。と言っても、最後に食べたのが昼食で現在の時刻は既に十九時を回っているから、大して入っていないが。


 ただでさえ疲れているのに、吐いたことで一気に体力を持っていかれ、呼吸は荒くなり視界も岩の境が分からなくなる。


 しばらくその場で呼吸を整えていると、誰かが背中を摩ってくれだした。この場にはボクとアトラと眠っているカルミナしかいないから、この手は多分アトラだろう。


「……大丈夫ですか?」


「……どうかな。ハハ、ちょっとトラウマになっちゃったかも」


 索敵の中で見た、体から離れていく首も、噴き出る血飛沫ちしぶきも、鮮明に脳内に残っている。骨を断った感覚も、肉や臓器を斬った感触も、この手にしっかりと刻まれている。


 忘れようと意識すればする程、脳内に鮮明に描かれて息が詰まりそうになる。殺した報い。アニクティータがそう言っていたが、これぞ正に報いだ。


「プロティアさん、こちらを向いてください」


「え?」


 何かと思い、言われるままに声のした左へ向くと、アトラが視界に映るとほぼ同時に両腕が背中へ回され、抱き寄せられていた。


「え、ちょ……!」


 急なことで働かない頭が混乱し、離れようともがいてみるが、アトラのほうようが強まって逃げられなくなってしまう。


「……私は、人を殺したことはありません。ですので、貴女の苦しみを全て理解することは出来ないかもしれません。だから、せめて……こうすることで、貴女の苦しみをやわらげられませんか?」


 アトラの優しさが、心に染みる。何かが、胸に込み上げてくる。


「……離して。これ以上は、弱い所を見せちゃう」


 アトラの肩を掴んで、引き剥がそうと試みる。しかし、アトラの力は思っていたよりも強く、簡単には離してくれそうになかった。


「……貴女らしくもない、弱々しい抵抗ですね」


「何、言って……」


「私はもう、ほとんど力を込めていませんよ」


「は? そんな、はずは……」


 引き剥がそうと力を込めるが、アトラの体は離れそうにない。これで力を込めていないなど、有り得ない。でも、確かに、アトラの抱擁は柔らかく、優しく、さっきのような力強さは無くなっていた。


「なんでっ、なんで……!」


「この一年間、あなたは一度も弱みという弱みを見せて来なかった。本当は、ずっと抱え込んでいたのではありませんか? 今、こうして心と体が噛み合わないのも、その現れなのではありませんか?」


「ボクは、そんなことは……」


「一度、心に正直になって下さい」


 心に、正直に……。


 前世では、家族のために頑張らないとと思って、ずっと必死だった。誰かに愚痴ぐちを零した事なんて一度もないし、妹に手伝いを求めることはあっても大体のことは自分でやっていた。工房に篭ってからも、全部自分でこなしていた。自分がやりたいと思ったことをやって生きていただけだし、何も辛いことなんて……なかった、と思う。


 この世界に転生してからは、プロティアにちょっとだけお願いを聞いてもらいはしたが、それ以外に誰かの手を借りたということはない。アトラ達のことも、全部自分から首を突っ込んで、自分で何とかしてきた。誰かに弱みを見せることなんて、ずっとなかった。見せる必要がなかった。だって、苦しみなんて何も……なかった、はずだ。


 今は、人を殺したというイレギュラーのせいでこうなっているだけだ。きっとそうなんだ。だから、ボクは別に苦しいなんて……じゃあ、なんで過去を振り返っただけで、胸が苦しくなるんだろう。


 ……苦しくなかった訳じゃ、ないのかな。ずっと助けてって、誰か気付いてって、思ってたのかな。ずっと苦しくなかったと思ってたのは、ずっと押し殺してただけなのかな。


 ──ボクが、頑張らなきゃ。


 そう言えば、いつの日かそんなことを考えたっけ。いつだったかな。父さんの葬式だったかな。ずっと、この言葉がボクを縛り付けていたのかな。


「……良かったです。泣いてくれて」


「……へ?」


 いつの間にか、頬を水滴が伝っていた。発生源は、目だ。つまり、涙だ。


「あなただって沢山抱えているものがあるはずなのに、いつも平気そうな顔をして私達のことばかり見ているので、ずっと心配だったんです」


「……心配させないつもりが、逆に心配させてたんだ」


「ええ、それはもうしっかりと……ですので、この心配を晴らすために、全てとは言いません、吐露とろしたいことがあれば言える範囲で言って下さい。無いのならば、思う存分泣いてください。どうせ今は汚れても構わない格好ですので、遠慮はなさらず」


 吐露したいこと、か。


「……ずっと、ずっと頑張ってたんだ。迷惑を掛けたくない。心配させたくない。辛そうな顔を見たくない。だから、ボクが頑張るんだって。そう思って……ずっと、嫌なことも、辛いことも、全部押し殺して頑張ったんだ」


 アトラは、ボクの頭を撫でながら、優しい声で何度も「うん」とあいづちを打ってくれる。それ以外は無い。けど、それだけでよかった。


「でも……どんなに頑張っても、無駄だったんだ……ボク一人じゃ限界はすぐ来るし、邪魔も入るし、一度は、全部放り捨てて逃げ出したこともある……何だってやれた。何だって作れた。頑張りさえすれば、出来ないことなんてなかったのに……ずっと、真っ暗だったんだよ」


 嗚咽おえつ混じりの、聞き取りにくい話し方になっているだろう。けれど、アトラは静かに相槌を打って、全部聞き入れてくれている。


「ずっと、助けて欲しかった。ずっと、気付いて欲しかった。ずっと、手を差し伸べて欲しかった。ずっと……抱き締めて欲しかった。ボクが避けてたのは分かってる。我儘だって分かってる! でも、一度でいい、誰でもいい、気付いて、抱き締めて欲しかった……! 辛いんだよ、一人で頑張るのは……苦しいんだよ、全部押さえ込むのは……」


 ぶちまける。ずっと内に眠っていたのであろう思いを、全部。涙も垂れ流して、きっと鼻水も出ている。アトラが纏っているボロ切れのようなワンピースは、既に濡れて色が変わっている箇所が広まっていっているくらいだ。それなのに、アトラは変わらず頭を撫で、優しく抱き締め、頷く。


 その後も、何分経っただろうか。いや、何時間かもしれない。時間感覚が無くなるくらいに、ボクは泣き続けた。その間、アトラはただひたすらに、ボクを包んでくれていた。、

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