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ハイスペック転生  作者: flaiy
一章 学園編

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エニアス・ネアエダム5

 ルーキーか。そう呼ばれるのは初めてだ。大抵の人は火炎大蛇と呼んでくるし。


 しかし、そんな呼び方をして来るということは、ボクの事を知っているのだろう。ボクが姿を現す前も、現してからもこうして警戒を続けていることを見るに、ボクを子供とあなどることなく、それなりの強さを持っていると判断しているようだ。


「あんたらがティルノントの奴らか」


「そうだ」


「こちらの要求は一つだ。その三人を解放しろ。そうすれば、今回はあんたらが退散しても、ボクは手出ししないで見逃す」


りょく的な誘いだが、断らせてもらう。この三人は元より連れ帰る予定だったからな」


「……なら、実力行使で行かせてもらう。死んでも、後悔するなよ」


 交渉は当初の想定通りけつれつした。短く息を吐いて、軽く腰を落とす。赤髪の男を除く四人が、各々(おのおの)に剣を構える。全員がラプロトスティさんと同等の実力を持っていると考えた方がよさそうだ。今のボクならラプロトスティさん相手でも戦えるだろうが、それを四人同時にとなると、さすがに厳しいかもしれない。しかも、環境的に使える魔法も限られてくる。


 それだけじゃない。あの赤髪の男が介入して来ないとも限らない。今はこの四人に任せるつもりのようだが、どのタイミングで手を出して来るか。向こうに取られている三人も気掛かりだ。人質として扱われた場合、ボクはすべが無くなるかもしれない。


 とにかくだ。先ずはこの四人をどうにかしよう。この狭さなら、一度に四人全員で掛かってくることは難しい。フレンドリーファイアをしかねないから。一人ずつ、確実に倒せば可能性はあるはず。


 集中を深め、激化する。剣に魔力をまとわせ、右手前のそうしんの男に狙いを定め、一気に接近して右に斬り払う。後ろに下がって衝撃を殺しながら、正面で構えた剣で受けられる。振り切った勢いそのまま右半身を引いて、目の前の男に刺突を──


「危ない!」


 視界の右端に、別の影が現れる。アトラの声が響く中、脇腹に剣が迫る。痩身の男は一旦(あきら)め、左へ跳んで攻撃を回避する。


 息つく暇もなく、今度は長髪を後ろで纏めたガタイのいい男が、剣を振り下ろしてくる。剣の側面にこちらの剣を当ててどうらしながら右後ろへ下がって回避するが、左肩が壁に激突する。


 予定外の右方向へのベクトルが生じたせいで、僅かにバランスを崩してしまう。あと一人、攻撃をしていなかったやさおとこがこちらへ迫っており、このままでは体勢を整える前に斬られる。だが、こんな簡単に負けてしまうほど、ボクは弱くない。


 魔力を金属へと変換し、四つの円錐を構成する。そして、イメージで音速相当の初速を与えて敵四人へ飛ばす。このままダメージを与えられたなら御の字、もしダメでも相手の動きを少しでも止められたなら最低限の仕事にはなるだろう。


 それぞれの顔面を狙った即席弾丸は、優男は回避し他三人は剣で弾かれた。マジかよ、と内心引くが、折角の隙を捨てる訳には行かない。発射と同時に体勢を立て直していたため、そのまま真正面の優男へ一瞬で距離を詰め、左上がりに袈裟懸けさがけに剣を振るう。弾丸に少しばかり気を取られていたか、ボクの攻撃は防御されたものの、剣を大きく弾いた。


 しかし、魔力振動の索敵により左の長髪が斬りかかって来ていることを察知。想定通りだ。この四人が、全く隙のないコンビネーションで相手を追い詰めるように戦うことは、さっきの一幕で察している。


 左へ振り切った剣をそのまま胸へ引き寄せ、左へ突進する。剣のリーチギリギリまで近寄っていた長髪の腹部目掛けて剣を突き立てる……が、既の所で身をひるがえしてかわされる。やはり、こんな簡素な不意打ち程度では太刀打ち出来そうにないか。


 すぐに四人がいる方へ体を向け、剣を正面に構える。剣を交えて実感する。この四人の剣は、各々にまされている。動きが洗練されているだけではなく、それぞれの適性に合わせた太刀筋をしている。筋肉の付き方、関節の可動域、癖までこうりょされたその人自身の剣だ。きっと、血のにじむような鍛錬を超えて辿り着いた境地なのだろう。そしてその剣を、こうして誘拐なんかに使っていることが悔やまれる。


 深呼吸をして、もう一段階、集中を深める。最も近くにいる長髪の男に接近し、ボクと長髪を囲うようにして地面を二メートル程(りゅう)させる。怯ませて隙を作れると思ったが、長髪の視線はボクから離れることはなく、目論見もくろみは外れたようだ。だが、まだ次の狙いがある。


 右手で持った剣を左に大きく引いた今の体勢からは、右方向の水平斬りか右上がりの袈裟斬りのどちらかを放つと思われているだろう。交差して斬り合わせるためか、相手は上段に剣を振り上げている。


 左足が地面に着いた瞬間、右方向へ大きく地面を蹴る。隆起させた地面で出来た壁へ両足で着地し、長髪目掛けて飛び掛かる。一秒にも満たない攻撃方向の転換はさすがに対応し切れなかったか、体勢を崩した状態の防御になった長髪は、ボクの攻撃を受けて対面の壁に激突する。


 振り切っていない剣を即座に体に引き寄せ、攻撃の反作用でほぼ真下に左足で着地する。そしてそのまま、長髪に向けて地面を蹴る。索敵を通じて背後の壁が切られたのは感じ取ったが、このまま一人脱落させることを優先するべきだと判断し、右に引いた剣を長髪の首目掛けて突き刺す。殺すつもりで突き出した剣は、長髪の剣に軌道を僅かに変えられ、肩口を切り裂いて壁へと突き刺さる。


「くっ……」


 魔法で壁を崩壊させ、長髪のつかでの打撃と背後からの斬り下ろしを、体を捻ってギリギリのところで回避する。


 受身を取りつつ背中から着地し、地面をぐるぐると回って距離を取る。回転を利用して立ち上がり、すぐにりんせんたいせいへと戻る。


 その後も、やれるだけの魔法を織り交ぜつつ四人と交戦するが、こちらの攻撃はかすめこそするものの決定打になる事は一度もない。ダメージを負わせるのにかなり使い勝手のいい火魔法を封じられていることが、ここまで厳しいとは思わなかった。


 向こうは相変わらずの連携で、こちらに全く攻撃の隙を与えてくれない。分断は一度使ったこともあって警戒されてしまい、使った次の瞬間には壁を破壊されてしまう始末だ。


 その上、この四人の連携はヒットアンドアウェイの連続であるようで、一人がアウェイするタイミングで他の誰かがヒットすることで、隙間なく攻撃を叩き込めるという戦法のようだ。難易度こそ高いものの、上手く行くのであれば実に有効な手段だ。


「……くそっ!」


 被弾も増え、息も苦しくなってきている。全体に影響を及ぼす魔法を使ったところで、息付く暇を作るのが限界であり、こちらが不利なことに変わりは無い。


 ──何か、何かいい方法は無いのか!?


 全体への警戒は緩めず、逆転の方法を探す。ボクのアドバンテージは、ここへ降りる途中でピクシルとの会話の中で考え付いた魔力振動の索敵くらいだ。この環境で、この勢力図で、このアドバンテージを活かした逆転策。


 ああクソ、息が苦しくて考えが纏まらない。疲れで視界もボヤけてきた。


 囲まれた状況で、四人が誰から仕掛けてくるか分からない。どこから仕掛けられても対応出来るし、何度も対応してきたが、そろそろ限界も近付いて来ている。いつミスを犯すか分からない。


 右後ろの痩身が胸の前に両手で持った剣を、剣先をボクに向けて突き進んでくる。体を捻って回避する。しかし、正面から入れ替わるように接近していたあごひげの男が、上段から剣を振り下ろす。回避は間に合わないと判断し、剣で受け止めつばり合いへと持ち込む。ただ、体格差もあって向こうが上から体重を乗せられる形のため、ボクが圧倒的に不利だ。それに、後ろから優男が近付いている。


 万事休す、か。


 視界ももやがかかり、力んでいるため呼吸も出来ず……いや、待て。そうだ。息なんて頑張れば数分は止めても問題ないし、そもそもボクに目からの視覚情報は必要ない。何せ、索敵で全体を把握出来るんだから。でも、相手はそうとは限らない。この場所だから出来る方法。ボクだから出来る方法。ある。これなら、可能性はある!


 体を左へずらし、顎髭の剣の軌道をボクから外して鍔迫り合いを脱し、四人全員のリーチから離れる。


 深く息を吸う。魔法でボクを中心に風を巻き起こし、この空間全体へ広げる。そっと目を閉じる。アトラ達にはちょっと我慢させることになるけど、後で謝れば許してくれると信じよう。


 巻き起こした空気の流れは次第に強まり、竜巻の如く空間内を渦巻く。


 地面も、壁も、天井もあらわになっている土肌。強風が吹けば、ここまでの戦闘で荒れた土肌は簡単に風に呑まれ、すぐに濃度の高い砂嵐と化す。この中で目を開けていられる人間はいない。そして、目を開けずに周囲を把握出来るボクでなければ、自由に動くことも出来ない。


 魔力振動を使うからこそ出来るあらわざ。狙い通り、四人は砂嵐に目をやられまともに呼吸も出来ず、その場で動けなくなっている。


 もしここで手を抜いたならば、この魔法を解除した後にやられるかもしれないし、今後もこいつらの被害者は増える一方だ。ならば、意を決するしかない。ボクはここで、初めて、人を殺す。


 覚悟とばかりに、剣に纏わせる魔力を増やす。


 最も近くにいた痩身の腹部を、横一文字に斬り裂く。臓器まで行っているだろう。


 振り切った勢いそのまま、右方向に飛び上がって右回りに一回転する。威力を傘増しして右前にいる長髪の首をねる。


 着地して回転を殺してすぐに、正面の優男を袈裟懸けに深々と斬り上げる。


 そして、最後の一人となった顎髭の心臓を一突きにする。


 これで、全員に致命傷を与えた。しかし、あと一人残っている。赤髪の男だ。


 索敵で位置を捉える。移動はしていないみたいだ。


 ──なんだ、この違和感?


 赤髪は微動だにしていない。まるで、砂嵐などないかのように、その場に直立している。それに、男の周りだけ魔力の流れが違うような気がする。


 いや、今しかチャンスはないんだ。不幸はここで断ち切る。


 息ももう一分ともたないだろう。迷ってる暇は無いため、剣を顎髭の胸から抜いてすぐに方向を転換し、赤髪の男に向けて一瞬にして接近し刺突を繰り──


「がっ……!」


 胸部に重い衝撃が加わり、気付けばボクは入口横の壁に吹き飛ばされていた。ズルズルと滑り落ち、壁にもたれかかってその場に座った状態で落ち着く。胸と背中の痛みに呼吸が出来ず、今までずっと息を止めていたこともあって酸欠で頭が痛くなる。


 何とか呼吸をしようと口をパクパクさせていると、頭上から冷たい液体が被せられる。それがトリガーとなったのかは分からないが、荒々しく二度、三度と空気を肺に送り込む。


 吹き飛ばされたタイミングで魔法は途切れており、砂嵐はその猛々(たけだけ)しさを失い、目障りな砂埃へとへんぼうしていた。


 前髪から滴る水滴の奥に、黒衣が見える。不明瞭な視界の中、黒い影が動いて視界の上部に赤色が加わる。銀色の何かが動いて、ボクの首に添えられた。剣だ。


「やってくれたな、小娘。一人死んだ」


 低い声。働かない脳で、数秒かけて内容を理解する。


「言った、だろ……死んでも、後悔する、なって……早くしないと、後の三人、も、死ぬぞ」


生憎あいにく、俺は回復魔法が苦手でな。ま、即死じゃなけりゃ問題は無い。ただ、出来た穴はどうしてくれるつもりだ」


 穴、と言うのは、死んだ一人の事だろうか。


「知るか……こんな事をしてる、むくいだ」


 少しずつ、視界が明瞭になる。しゃがんで、剣をボクの首にてがっている男は、見た感じ二十代後半から三十代前半くらいと言ったところか。静脈血のような赤黒い色の髪を無作為に伸ばし、髪よりも黒味が増した瞳がこちらを睨んでいる。顔立ちは整っていて、こんな形で出会っていなければイケメンと評したいくらいだ。


 装備は全体的に青みがかった黒で、所々に赤色の差し色がある。剣は装飾の少ない簡素なロングソード。鞘にもこれと言った装飾は無い。


「報い、ね……なら、殺した報いだ。お前が俺の組織に入って、落とし前を付けるってのはどうだ」


「お前らみたいな非人道的なところに力を貸すなんて、死んでもお断りだ」


「そうか……ならいい」


 赤髪は剣をボクから離し、背中を向ける。どういうつもりかと一瞬混乱しそうになるが、見せた隙を逃すまいと右手に持ったままの剣で斬り掛かる。


 ──取った!


 赤髪は防御するでもなく、背中を向けたままだ。ボクの剣はそのまま背中に吸い込まれるように近付き──服に触れた瞬間動かなくなった。


 目の前の光景に脳の理解が追い付かない。剣は確かに、背中に届いている。確実に斬れる攻撃だったはずだ。それなのに、さっきも今も滑らかに動いている革コートに傷すら付けられず、革に剣先が触れたまま静止している。どれだけ押し込もうとしても、ミリも動かない。


 一度、赤髪から距離を取る。剣がダメなら魔法と、赤髪の四方からとがらせた地面を隆起させて、串刺しにする。つもりだったのに、赤髪に触れたと同時に尖った岩の先端が砕け散った。


 物理がダメならと、小規模であれば問題はないと判断して火魔法をぶちかます。赤髪を取り囲むように爆発が生じ……何事も無かったかのように、赤髪はそこに立っていた。


「……気は済んだか?」


 赤髪が振り返る。猛獣のようにギラついた目を見た瞬間、ボクの体が一気に縮こまるような感覚に囚われる。恐怖だ。目の前の化け物に対する、恐怖だ。


 勝ち目がない。勝ちすじがない。すべがない。策がない。技量が足りない。何もかもが足りない。戦えない。


 死ぬしかない。


 脳内に、否定の言葉が次々と思い浮かぶ。一歩、二歩と後退り、背中が壁にぶち当たる。


 ……ダメだ。今逃げたら、アトラも、カルミナも連れて行かれる。エニアスに妹を連れて帰るって約束もしたんだ。怖いのが何だ。死ぬのが何だ。あらがえ。抗うしか、ボクには無いんだ。逃げてきたボクに残された道は、抗うことなんだ。


「……ぁぁああああ!」


 強引に勇気を振り絞り、雄叫びと共に斬り掛かる。かわされ、なされるが、構わず無茶苦茶に剣を振るう。


 しかし、赤髪が振るった剣が、ボクの剣を弾いてこの手から吹き飛ばす。壁に金属が当たる音を背後から聞いて、ボクはその場で動けなくなる。


「……火炎大蛇、名乗れ」


「……は?」


「名乗れ」


「……プロティア」


 訳も分からず、言われるがまま名前を述べる。赤髪の目はどこか鋭さを失っているように見えた。


「……名乗ったよ。そっちの名前も教えてよ」


 されるほどの覇気が無くなったせいか、僅かなれど冷静さを取り戻したため、こちらも尋ねてみる。


「アニクティータ」


「アニクティータ……覚えておく」


 忘れられるはずがない。それ程までに、強く記憶に刻まれてしまったから。


 赤髪もとい、アニクティータの背後で、魔力が乱れる。何事かと思い視線を向けると、アトラ達の上空に頭よりも大きな岩石が幾つも生じていた。


「なっ……!」


 すぐに駆け寄り、自由落下を始めた岩石を魔力で作った壁で受け止める。思ったよりも量が多い。さっきまでの戦闘での疲れもあるせいか、受け止めるのですら精一杯だ。


「次に会う時を楽しみにしてるぜ、プロティア」


「は!? 待てっ、こらぁ!」


 こっちが言い終わる間もなく、アニクティータの姿は消えていた。

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