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ハイスペック転生  作者: flaiy
一章 学園編

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エニアス・ネアエダム3

 自前の剣を持って道場へ移動し、二階のフローリングの部屋で素振りを始める。


 ティルノント。この世界に来て初めて聞いた組織だが、エニアスの話を聞いた限りではとにかく強い、世界中で子供の誘拐を行っている組織である、ということしか分からない。


「ねえピクシル。エニアスが話してたこと以外に、何か知ってることってない?」


「そうねぇ……」


 呼び掛けると、左前に黒いドレスを来た赤毛の妖精が姿を見せる。半透明の羽が高速で振動し、その場でホバリングしている当たり、今は実体なのだろう。


 しばし考える様子を見せていたピクシルだったが、溜息をこぼすと同時に首を横に振った。


「あまり良さそうな情報は持ってないわ。ごめん」


「いや、構わないよ。どの道、今はどうすることも出来ないしね」


 ボクの実力では、一国をほろぼしかねないリーダーと相対したとて、一瞬で全滅した騎士と同じ結末を辿たどるだけだろう。せめて、冒険者としての経験をもっと積んでからでなければ、手も足も出ないことは確実だ。


「……そう言えば、あんたと出会う前、旅してた頃に聞いた話なんだけど、誘拐組織に連れ去られた子供が十年近く経って帰ってきたってうわさを聞いたことがあるわ。ティルノントと関係があるかは分からないけど」


「その子供がどんな状態だったかとか、分かる?」


「さあ。直接見た訳じゃないからなんとも言えないわ。ティルノントの存在は前から知ってるんだけど、今まで実際に関わったことがないから詳しくないのよね。あるじが知りたい情報を渡せないなんて、補助役として情けないわ」


「そんなことないよ! いつも助けて貰ってるし、情報の一つや二つ知らなかったくらいで、今更ピクシルの信頼が無くなりゃしないよ」


「そう? ならいいのだけれど」


 珍しく弱気になっているピクシルを励まそうと一度中断した素振りを再開する。


 本音を言えば、今すぐにティルノントを探し出してエニアスの妹を救出したい。誘拐が昨日の出来事であるのならば、近くにまだひそんでいる可能性は充分あるし、早く救出出来れば、妹への被害も最小限に抑えられるだろう。それに、エニアスからの信頼も得られる。実力さえともなうのであれば、こうして留まらずにすぐに行動に移す。それだけのメリットがある。


 でも、今のボクでは勝てない。だから、どうすることも出来ない。一か八かの奇襲を仕掛けたとして、失敗したら元も子もない。


 エニアスは自分でどうにかすると言っていたけど、まさか一人で挑む気なのだろうか。彼はバカではなさそうだし、今すぐ突っ込むようなことはしないと思うが、何年後かに挑むとて一人でどうにか出来る相手ではないように思える。


「……どう転んでも、相手が悪過ぎる、か」


 リーダーだけに留まらず、仲間までもネアエダム家の騎士と同等以上の実力を持っているのだろう。そんな連中を相手に、これから数年鍛えただけでどうにかなるだろうか。ボクも大規模な魔法を使えば何とかなるかもしれないが、今使えるものは天獄炎龍くらいしかない。それに、あの魔法はある程度空間に余裕が無いと使えないし、もし閉所であれば絶対に使えない。一酸化炭素中毒になりかねないから。


 学園にいる間に、いくつか魔法を考えておいた方がいいかもしれない。もしもの時に備えて。特に、閉所で使える魔法は必須だろう。


 どんな魔法がいいかを色々と考察しながら、素振りをすること数時間。さすがに腕の疲れを感じ始め、時間も夕食が近付いていることもあり、終わりにして学園へ帰る。


「あ、プロティアお帰り」


「ただいま。一人?」


 学園に戻り、寮に入るとイセリ―が話しかけてきた。手に本を持っているから、図書室で借りた本を返しに行くところなのだろう。


「うん。ミナとアトラさんは、アトラさんの剣を鍛冶師に見てもらいに行くって出て行ったんだけど……見てない?」


「見てないけど……まだ帰ってないの?」


 時刻はもう食堂が夕食のはいぜんを始めている頃だ。カルミナはともかく、アトラがその時間までに帰って来ないとは考えにくい。


「うん……解散してすぐに出て行ったから、帰ってきててもおかしくないはずなんだけど」


 嫌な予感がする。いや、ゆうに違いない。どうせカルミナが商業区あたりで買い食いしすぎて動けなくなっているだけだ。そうに違いない。


「……そのうち帰ってくるよ。ボク達だけで夕飯済ます?」


「うーん……私は待とうかな。皆で食べる方が楽しいし」


「そっか。じゃあボクもそうするよ」


 妙な胸騒ぎ。収まってほしいけれど、可能性を脳の奥底に抑え込もうとすればするほど、可能性がぎって不安が広がる。


 ……一時間、イセリ―と二人、部屋で待っていたが、二人が帰ってくることはなかった。夕食の時間も残り一時間となり、さすがにこれ以上は待てそうにない。


「……遅いね」


 イセリ―がぽつりと溢す。会話も数分前からなくなっており、部屋の中は二人の呼吸とたまに動いた時の衣擦れの音のみが聞こえていた。


「何かあったのかな?」


 イセリ―の言葉に、少し落ち着いていた胸騒ぎがよみがえる。可能性は確信へと徐々に近寄り、ボクの「そんなはずはない」という僅かばかりの抵抗だけが最後の一歩を妨げている。


 索敵を使って探そうと何度も考えた。でも、確信へと変わるのが怖くて、結局この一時間に一度も学園外に範囲を拡げることはなかった。


「……大丈夫だよ。きっと、すぐに帰って来る」


 イセリ―の問いに答えながら、自分に言い聞かせる。


 でも、不安は消えない。積もるばかり。


「……ちょっと、探してくる。三十分以内には戻って来るから」


「気を付けてね」


 一張羅をまとい、剣だけを手に持って、部屋を出る。


 寮を後にし、街全体へ索敵範囲を拡げる。初めに、アトラが使っている貴族区の鍛冶屋を確認する。分かってはいたが、鍛冶師以外の姿はない。商業区の確認も徒労に終わる。数分をかけて、街中を探し終える。しかし、カルミナとアトラは見つからなかった。


「どうなってんだ……」


 口調に焦りがにじんでいることに気付いて、深呼吸をして精神を落ち着かせる。


 アトラがいながら、街の外に出るとは考えられない。上級貴族であるアトラが、何の理由もなく――それこそ、学園の郊外実習のようなでもない限り、護衛も無しに外に出ることはないはずだ。つまり、街の中に二人の姿がいない時点で何かがあったと確信するに足る。


「地上にいないとなれば……地下か」


 索敵範囲を地下へ拡げる。空気中に比べ、地中は魔力の濃度が下がってしまうため索敵が少々困難なのだが、不可能ではない。それに、地下室があれば簡単に探知できるため、地上の探索に比べると時間はかからない。


 フェルメリアの地下室はそれなりにあるが、大抵は食糧庫だ。人がいることはそうそうない。


「……見つけた」


 ただ一つ、数人の気配がある地下室を見つけた。その中に、見慣れた気配も二つある。


 場所は商業区の一画、スラムと化しているしょはいきょの地下室だ。かなり深いところにある。人数は八人。うち三人は寝そべっており、二人はカルミナとアトラだ。もう一人は、紫色の髪をしているところを見るにエニアスの妹だろう。残りの五人は、装備の一貫性はないものの似たようなデザインをしているあたり、仲間であることは間違いないだろう。


「っ!?」


 気のせいかもしれない。だが、アトラを見下ろしていた、腰に剣を吊るしている赤髪の男の視線がこちらに向いていた。魔力振動か索敵を察知した、とは思いたくもないが、鞘に手を添える動作を見せたあたり察知していてもおかしくはない。まさかとは思うが、この男がリーダーなのだろうか。


 魔力振動を用いた索敵は、相手の体内まで覗くことが出来る。そのため、相手が魔法を使えるかどうか、どの程度使えるかまで把握することが出来る。今の索敵で判明したことは、五人のうち魔法が使えるのは二人、そしてそのうちの一人は赤髪の男で使える魔法の程度はほぼ制限なし、つまりプロティアと同じだ。もう一人はそう多くは使えないだろうが、戦闘に使う分には問題ない程度の魔力器官を所有している。


 勝率はかなり低い。一パーセントもあるとは思えない。どうがする。剣を持つ左手が震え、抑え込もうと右手で覆う。


「……行かなきゃ」


 ここで動かなければ、絶対に一生後悔する。本音を言えば怖いし、このまま一人部屋に籠って何も考えたくない。でも、それじゃあ前世と何も変わっていないことになる。プロティアの人生を奪っておいて、前世と何も変わらないでいいのか? そう自分に問いかけて、ぼうにも近い勇気を振り絞る。


「どこへ行くって?」


「……先生」


 校舎から、フルドムが姿を見せる。手には剣を持っている。


「アトラとカルミナを探しにです」


「なら心配はない。すでにフェルメウス家の騎士と有志の冒険者で捜索を開始した。お前は部屋で待っていろ」


 ならば、場所を教えてフルドムの言う通りにするべきだろう。だが、もし任せて救出に失敗し、二人の行方が分からなくなったら? その時、ボクは自分を許せるか? 場所を教えたんだから、ボクがやるべきことはしたと納得できるか? 否、無理だ。


「お断りします」


「……そう言うと思っていた。ならば仕方ない、力尽くで止めさせて――」


「――ッ!」


 フルドムの横から、一つの影が突っ込む。衝撃でフルドムは体勢を崩す。


「行け、プロティア!」


 エニアスだ。引き剝がそうと頭を押しているフルドムに抵抗し、抱き着いて動きを封じている。


「妹も連れて帰る!」


 そう伝え、塀を飛び越えて学園を出る。フルドムの呼び止める声が聞こえてきたが、そんなものは今は無視だ。


 学園通りから東西主街路へ出て、商業区へと駆ける。スラム区へと入り、今はだれも使っておらず廃墟となった例の地下室がある建物の前に立つ。薄汚れた人達に視線をいくつも向けられたが、剣を抜いて警戒をしつつ、気に留めずに中に入る。


 ほこりっぽい建物の中は明かりもなく真っ暗だ。元々は何かの店だったようで、奥にカウンターがあり更にその奥に地下室への入り口がある。周囲を警戒しながら、カウンターの奥に進む。索敵で誰もいないことは分かっているが、何があるか分からないのがこの世界だ。地下への扉の前に立ち、屈んで鞘を地面に置いて左手で扉を持ち上げる。しかし、長年使われていなかったせいか、ボクの力をもってしてもびくともしなかった。仕方なく、扉から距離を取って、扉の下に空気を圧縮させて膨張する勢いで扉を吹き飛ばす。かなりのごうおんが響いたが、どうせ相手にはボクのことはばれているだろう。今更隠密行動をしたところで意味はないと判断する。


 地下へは階段で繋がっており、正方形型の螺旋らせん階段になっている。深さはざっと十メートルはある。邪魔になるだろうため、鞘はその場に置いて階段を下りる。持って行って二刀流のように扱ってもいいのだが、地下室の狭さと相手の人数を考えて慣れている上に細かい動きのしやすい剣一本で行くことにする。


 下りる途中で相手に奇襲をかけられないよう、索敵しつつ剣を正面に構え、急がずに降りる。


 相手に動きはない。ただ、赤髪を除く四人は各々剣を手にしている。やはり、この男はこの小隊の隊長か、場合によってはリーダーだろう。


『本当に行くの?』


 ピクシルが問いかけて来る。


「……行くよ」


『そんなに震えてるのに? 恐怖も見え見えよ』


「……そうだね。でも、何もせずに二人を失う方が……ボクは怖い。今ならまだ、例え天文学的確率だとしても、二人を救える可能性があるんだ。もしダメだったら、バカだって笑ってくれ」


『そう。なら止めない。作戦は?』


「出来れば対話で済ませたい。それがだめなら、剣で戦う。ピクシルは……あの赤髪が三人から離れたら救助を試みて。あいつが近くにいる間は何もしないで」


『初めから行っちゃダメなの? 戦力を増やした方がいいんじゃない?』


「ダメだ。あいつの実力が不透明すぎる。ピクシルを失うのは絶対に避けたい」


『……分かった。あんたの判断を信じるわ』


 ピクシルと話をして、今後の動きを決める。しかし、対話はほぼ不可能と思っている。それに、剣で戦ったとして勝てるとは思えない。どこかのタイミングで魔法を使う必要があるが、どのような魔法を使うべきか。相手の情報がない以上、ボクが優位に立てる要素が分からない。唯一ボクにアドバンテージがあるとすれば、魔力振動の索敵くらいか。相手に使える者がいる可能性もあるが、ピクシル曰く使える人は滅多にいないそうだから、これを上手く活用出来る方法を探さなければならない。


 だが、ゆっくり考える暇はない。すでに、階段は終わりを迎えようとしていた。視界に明かりが見える。ランタンで明かりを得ていることは索敵時点で把握済みだったため、この赤みがかった明かりが目的の地下室だと示している。


 最後の一段を下り、急に明るくなったことで歪む視界にもどかしく思いながら、敵がいる方へ体の向きを整えて剣を構える。すぐには襲って来ない。


「……ようこそ、新星ルーキー

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