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ハイスペック転生  作者: flaiy
一章 学園編
60/70

エニアス・ネアエダム2

 残り少なくなってきたキファラをちびちびと飲みながら、索敵魔法でエニアスのどうこうを探る。


 食堂を出てからは、一度三階の西端の部屋である自室に戻ったようだ。三階は教師と予備用の部屋であるため、恐らく他の生徒とあいれないエニアスに対する救済措置のような理由で、この部屋を割り当てられたのだろう。むしろ誰かと共に過ごした方が長期的には良さそうにも思えるが、AクラスにもBクラスにも、エニアスと一緒でいいという生徒がいなかったのかもしれない。


 部屋に戻ったエニアスは、自前のものと思われる剣立てに掛けられた剣を手に取り、そのまま寮を出て行った。どこへ行くのかと思っていたが、そのままボクにも馴染みの深い切り株の近くへと向かう。ボクの剣よりも重そうな両刃のロングソードを鞘から抜いて、鞘は切り株の上に置いてから素振りを始めた。


 素振りはいい。己をみがきながら、精神統一出来るし。ボクもこの世界に来てからというものの、考え事をする時はお風呂か素振りかの二択になっているくらいだ。ゲームや本のような、他にやれることもないし。エニアスもそうなのかは分からないが、素振りを初めて以来少し精神が安定したように見える。


 相変わらず、れする綺麗な素振りだ。振っている剣はそれなりの重さにもかかわらず、体の軸がぶれることも無く、一定のリズムで安定して振り下ろしている。この動きが体に染み付いているのだろう。この域に達するまでに、どれだけの時間をついやしたのやら。子供相手だが、尊敬せざるを得ない。


 キファラを飲み干し、一度部屋に戻ろうかとカップをまとめていると、エニアスに一つの人影が近寄って来た。誰かと思って意識を集中させてみると、クラスメイトのリーダラスリュだ。少し嫌な予感がする。リーダラスリュはエニアスを毛嫌いしているし、もし何か余計なことを言えば、今のエニアスは自我を抑えきれないかもしれない。


「よう、戦闘狂」


 リーダラスリュが話しかける。エニアスは反応を示さない。しかし、いつもならその対応に顔を歪めるところだが、今日のリーダラスリュは笑みを浮かべるのだった。まずいと思い、急いでカップを返却棚に置いて寮の外へ向かう。その間も、男子生徒二人の探索は継続し、会話を盗み聞く。


「聞いたぜ、妹のこと。ゆうかいされたんだってな」


 妹という単語に反応したか、剣を振り下ろした状態でエニアスの動きが止まる。


 寮を出て、右へ曲って全力で直進ダッシュをする。勢いを殺しきれず、へいに手を着き、肘を曲げながら衝撃を殺して、手で押し出すようにして進行方向を右へ九十度曲げる。


「しかも、お前や親の目の前で連れ去られたんだってな? 戦闘狂の名が泣くぜ!」


 あざわらうように、リーダラスリュがいつもよりテンションの高い声でエニアスに言い放つ。一度深呼吸をしたエニアスが、大きく剣を振りかぶる。


 切り株のあるコーナーを勢いを抑えつつ進み、視界内に二人の姿を捉える。剣を上段に構えたエニアスと、目を見開いて笑顔で固まったリーダラスリュ。今にも、殺意が込められた一太刀が、振り下ろさんとされている。


「間に合え……!」


 絞り出すようにそう呟きながら、二人に駆け寄りつつ右手に魔力を最大限纏わせる。そして、エニアスが剣を振り下ろし始めるとほぼ同時に、二人の間に入り剣の軌道上に右手をかざし、左手で支える。コンマ数秒もせずに、右手に大きな衝撃が加わる。


 エニアスの剣は魔力剣、つまり魔力を加えて作られた剣だが、ボクの手にはかなりの量の魔力を纏わせている上、絶対防御のイメージを加え続けている。それに、エニアスは魔法を使えないため、剣に魔力を纏わせることも出来ない。ゆえに、ボクの右手が傷付けられることはない。


 その、はずだった。


「っ……ぐっ」


 右手に、鋭い痛みを感じる。僅かにだが、エニアスの剣が光を帯びていた。理由は分からない。でも、このままでは斬られる。そう判断し、風魔法でエニアスを吹き飛ばして距離を取る。


「……何のつもりだ」


「殺しても何の解決にもならない。だから止めた」


 エニアスの問いに答える中、背後でリーダラスリュが尻餅をついている。


「……君も君だ。どんなに毛嫌いしてようと、人の傷口をえぐるような事を言うなんて、貴族とか平民とか関係なく、人として終わってるよ」


 振り返り、こちらを見上げているリーダラスリュに思ったことを伝える。向ける視線は、最大限のけいべつの目だ。


「貴様ら、不敬だ! 下の階級の分際で俺に剣を向け、無礼な発言をするなど──」


「うるさい。この場はボクが取り持つから、君はもうどこかへ行ってくれないかな」


 どうの行いに、怒りを抑えきれず言葉の節々に感情が漏れ出ているかもしれない。ただ、それが功を奏したか、リーダラスリュはそれ以上何を言うでもなく、この場を離れて行った。


「はぁ……ごめんよ、勝手に盗み聞きしたりして。どうしても気になってさ」


「……構わない」


 短くそれだけ言って、エニアスは剣を鞘に収める。そのままここを離れようとしているので、呼び止める。


「エニアス。妹さんのこと、教えてくれないかな?」


「……お前には関係のない」


「関係あるよ」


 言い切る前に、さえぎるようにして言葉を被せる。


「関係ある。ボクはもう、君の妹が誘拐されたことを知ってしまった。このまま何も知らないで、何もしないでいると寝覚めが悪いんだよ。自分勝手な理由だとは思う。でも、このまま見過ごせるほど、ボクは自分の扱いにけてないんだ」


「……」


 暴論だ。分かっている。こんな理由で話してくれるとは思っていない。ただ、リーダラスリュの事もあり、冷静な思考をいつも通りに出来なくなっていた。


「話して欲しい。力になれるかは分からないけど、聞き手にならなれる。誰かに話すだけでも、気持ちは楽になるからさ」


 視線が鋭くなる。まだダメか。他に何か、材料になりそうな……そうだ。


「あと、これ」


 右手をエニアスに見せる。エニアスには今、右手に出来た止血も済んでいない刀傷が見えているはずだ。


「……お前が勝手にやった事だろう」


「そうだね。でも、ボクはさっき、魔力を纏わせて君の剣を受けたんだ。普通なら、こんな傷が付くはずがないんだ。でも、実際はこうして傷が付いている……もしかしたら、君の中にある特別な力なのかもしれない。ボクは君の剣士としての実力も買っている。こんな所で潰れて欲しくないんだよ」


 罪悪感でも感じているのか、俯き具合が僅かながら深くなっている。数秒迷った様子だったが、溜息を一度大きく零す。


「……着いて来い」


 そう言うと、エニアスは寮の入口へと向かって行った。了承してくれたことは驚きだが、ここで変なことを言ってせっかくのチャンスを潰す訳には行かないので、黙って着いて行く。


 寮に入ったエニアスは、そのまま階段を上り三階へ向かい、西端の部屋へと進む。いきなり女子を男子の一人部屋に連れ込むのかよ、と思わなくもないが、こんな状況で手を出してくるような子ではないだろうし、少しばかりの警戒だけはして部屋の中へ後に続く。


「そっちのベッドにでも腰掛けてくれ」


 剣を剣立てに立て掛けながら指示されたので、従ってシーツの整った東側のベッドに腰掛ける。見た感じ、使われたけいせきは西側の下の段のベッドだけなので、エニアスはそこで寝ているらしい。ボクと同じところだ。


 対面に、エニアスも腰掛ける。


「……飲み物の一つも出せなくて悪いな」


「あ、いやいいよ、気にしなくて。ボクが押し掛けたようなもんだし」


「そうか、助かる」


 やっぱり、表向きはかなり怖いけど、実際のところはしっかりしている。戦闘狂なんて呼ばれるような家で育っているのだから、もっとぼうなイメージを持っていたが、どうも間違った偏見だったようだ。さっそんしなければ。


「それで、妹さんの事なんだけど……」


「……昨日のことだ。数日、俺は家族とネアエダム領に帰っていた。フェルメウス領へ戻る道中、俺達が乗っていた馬車が誘拐組織に襲われた」


 話を出すと、エニアスは起こった出来事を端的に話した。詳しい部分は分からないが、妹さんとエニアスの家族に何があったのかは、充分に分かった。


「その誘拐組織に、妹さんがさらわれた?」


「ああ。抵抗はした。親父も母さんも、護衛の騎士も、俺も。でも、相手が悪かった」


 戦場にいて一国に値する、とアトラがネアエダム家について言っていた覚えがある。もちろん、話を聞く限り領地の全勢力と言う訳ではないのだろう。とはいえ、それでもそこらの領地なら簡単に制圧出来てしまうくらいの実力は持っていると思われる。


 その一行を襲って、さらには一人誘拐に成功していると言うのだ。


「……ちなみに、双方の被害を聞いてもいい?」


「どちらにも死者はいない。負傷者はこちらが全員、相手にも何人かは傷を与えていると思うが、行動不能になるようなダメージはない」


 その上、相手を殺さないという余裕まで見せていると来た。エニアスがネアエダム家の小隊をもってしても相手が悪かった、と言う程の誘拐組織とは、一体どんな奴らなのか。どれ程の実力を持っているのか。


「その誘拐組織について教えて欲しい」


「……組織名は通称ティルノント。約二十年前に活動を始め、各国で子供の誘拐を行っている組織だ。実態はほぼ分かっておらず、とにかく強い」


「どのくらい強いの?」


「リーダー一人で国が滅ぶ」


「……え?」


「ティルノントのほったんがフォーティラスニアであることは、組織が現れた当初から分かっていた。そのため、各国から討伐するように言われていたらしい。その依頼を受け、四年前に国が国内の騎士を総動員し、組織の壊滅作戦を図った。その結果は、リーダー一人により、全滅だ」


「一人で、全滅って……な、何か大規模な魔法を使ったとか?」


「恐らくな。騎士達の前で何かを言った後、数秒もしないうちにほぼ全ての騎士が苦しみ出して、数分後には全滅していたと聞いている」


 尋常じゃない。話を聞く限り、毒を使ったか、酸欠を引き起こしたかくらいの方法だろうが、一人でそれだけのことをやってのけてしまう人物がリーダーだと言うのか。それに、毒であれ酸欠であれ、化学方面の知識もあると見た方がいい。


「……親父達は、フォルサのことはもう諦めろって言うんだ。でも、出来るわけないだろう……俺がどれだけあいつに救われたと思ってるんだ」


 ずっと姿勢を正していたエニアスが、頭を抱える。フォルサは話の流れからして、エニアスの妹のことだろう。


 家族、特にきょうだいの存在というものは、思っているよりも大きなものだと思う。きょうだいは、大抵の人にとって自分の素を隠す必要のない相手のはずだ。


 そして、同時に大きな存在でもある。エニアスはまだ子供だし、歳下である妹はもっと子供だ。思春期を過ぎれば目障りな存在になる事も多い異性のきょうだいの存在だが、この年齢であれば仲も良く、互いの存在は日々の多くを占めているだろう。精神的負担の多いエニアスにとっては、心の支えでもあるのかもしれない。


 そのような存在を失ったとなれば……どう思うかは、想像に難くない。ボクも前世では妹がかなりの心の支えだったから、もし失ったらとifを考えただけで喪失感と怒りが精神を満たすだろう。エニアスの気持ちは、痛い程に分かった。


 だが、ボクに出来る事は今は無い。誘拐が昨日だから、実行犯が近くに居ないとも限らないが、居たとして今のボクが実力で敵うとは思えない。無駄死にする可能性が大きいだろう。


「……俺が、もっと強ければ」


「……うん」


 子供だから、で済ませてしまえることだ。でも、子供は大人よりもずっと自分の中に抱え込んでしまう傾向がある。ボクも、父さんが事故で死んだ時、同じ事を思ったものだ。父さんに出来なかった分を、母さんとみどりのために使ったとも言えるけど、救えなかったのは確かな過去だ。


「……悪い、弱音を吐きすぎた。少し気持ちは楽になった。ありがとう」


「ううん、大丈夫。ボクが無理矢理話させたようなもんだし。……ボクも、妹さんを助け出せる方法がないか考えてみるよ。手伝える事があったら言ってね」


「……いや、これ以上お前を巻き込むつもりは無い。これは俺の問題だ。どんな手段を使っても……俺が、何とかする」


 全身をかんが襲う。エニアスのしゃくどうの瞳が、淡く光っているようにすら見えた。変に手を出さない方がいい、本能がそう訴えている。


「……分かった。話してくれてありがとう」


「……ああ」


 礼を伝え、ベッドから腰を上げる。それを見てか、エニアスから一瞬感じていた圧は消え失せた。


「じゃあ……命は大事に、ね」


「……肝に銘じておく」


 部屋を出る。


 何も出来ない。これ以上にもどかしいことは無い。じっとしていてもムカムカするし、ボクも素振りでもしに行こうかな。

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