エニアス・ネアエダム1
「これより、卒業までを共に過ごすパーティーを組んでもらう」
春休み明け、学年が上がったボク達は、去年と同じ教室に集まり、教卓に立ったフルドムの言葉を待っていた。そして、開口一番に放たれた言葉がこれだ。
「このクラスは三十人。一パーティー五人として、六パーティーを編成する。誰と組むかは好きにして構わん。性別の比率も好きにしろ」
言い終わると同時に、男子生徒の大半がアトラへと押し寄せた。モテモテだなぁ、などと傍観していたら、来るであろうと思っていた二人が近寄ってくる。何となく、入学式の日を思い出す。
「もちろん、あたし達は一緒だよね!」
「えー、どうしよっかなぁ」
「なんでぇ!?」
カルミナが当然とばかりに言うので、揶揄ってやろうと少し乗り気でない風を装う。狙い通り、真に受けたカルミナがいい声で驚いてくれたので、満足満足。
「冗談だよ」
「また揶揄ったでしょ! いい加減怒るよ!」
「怒っちゃうかぁ……何されるんだろう」
「え、えーと、うーん……こ、こらー! って怒る!」
「なんにも怖くない」
「だって人に怒ったことないんだもんー……」
可愛い奴だ。癒される。
春休み中も何度か遊んだのだが、宿屋の手伝いと鍛錬と研究に没頭していたこともあって、カルミナと過ごす時間がかなり癒しになっていた。もう手放せないよ。こんなのでこの街を出て行けるのだろうか、ボクは。
「怒り方はイセリーを見習いな。何であれ、パーティーメンバーとしてもよろしく、二人とも」
「イセリーの怒り方……出来るかなぁ……あ、よろしくね!」
「よろしく。あとミナ、別に私の真似はしなくてもいいのよ? そのままでいて」
「分かった、そのままでいる! ……あれ、でもそのままでいたらまた揶揄われる?」
カルミナが迷宮入りしだしたところで、もう一人こちらへ近付いてきた。さっきまで男子生徒にも女子生徒にも囲まれていた、アトラだ。何ともなさそうな顔をしているが、眉根の下がり方が少し疲れを見せている。
「私も仲間に入れてくださる?」
「元よりそのつもりだよ。よろしく、アトラ」
「やっぱこの四人じゃないとねー」
「ミナ、敬語」
「あっ、失礼仕りました」
「気になさらなくてもいいのに。あと、古い言葉で謝るの、気に入っているのですね」
カルミナがアトラに謝る時は、大体これだ。こちらとしては、天丼し過ぎてとっくの昔に胃がもたれていると言うのに。
「カッコよくないですか? 昔の言葉って。なんか賢くなった感じもしますし」
「ミナ、逆にバカに見えるよ」
「そんなぁ!」
まあバカだから。仕方ないのかもしれない。
とはいえ、カルミナのバカは悪い意味では無い。確かに、勉強が苦手とか、柔軟な思考が出来ないとか、そういった意味でのバカもあるのだが、カルミナに対するバカの本質はバカ真面目とか、バカ正直のようないい意味でのバカだ。
「これで四人……あと一人加わることになるのか。ちなみに御三方、候補はいる?」
「私は居ませんね」
「あたしもー」
「同じく」
アトラ、カルミナ、イセリーの順で予想通りの返答が来る。アトラは候補がいればさっきのうちに誘っていただろうし、クラスメイトがボク達三人以外貴族しかいない以上、カルミナとイセリーに誘えるような相手がいない事は分かっていた。ついでに言うとボクにも居ない。クラスメイト全員と交流はあるのだが、基本的には敵視されている訳だし。
「プロティア、ちょっといいか」
「なんですか?」
余り者と組むことになるのかなぁ、と思っていると、フルドムが話し掛けてきた。面倒事を任されるのでは、と若干身構えるが、こういう展開で面倒事でないはずがないとオタクとしての直感が叫んでいるので、数瞬後には諦めがつく。
「他全員が女子のパーティーに頼むのはあれだと思うが……エニアスをお前の所に入れてやってくれないか?」
フルドムの視線が、教室の窓際の最後列に向く。そこには、一つだけ開いている窓から外をじっと見詰めている紫髪の少年が座っている。
エニアス・ネアエダム。昨年から注視していた生徒の一人だが、その実力は本物だ。魔法を使わなければ、ボクも勝てるかどうか確信は持てない。
そして、他の貴族から嫌われているという話もアトラから聞いている。ネアエダム家は戦争においてかなりの実績を残しているのだが、その実績を爵位の昇格には一切用いず、税の免除にのみ使っている奇特な男爵家だから……というのが、主たる理由だそうだ。フォーティラスニアの貴族は、大抵は爵位を上げることを第一にしている所が多いらしく、その中で見るとネアエダム家は奇妙な存在に見えるらしい。
このAクラスは、ボク達平民組を除けば全員が貴族。恐らく、エニアスを迎えるパーティーはここを除いて居ないだろうという判断なのだろう。
「ボクはいいけど、三人はどう?」
「私は賛成です。あの人より強くなることが今の目標ですので、繋がりを持てるのであれば逃す手はありません」
「ちょっと怖いけど、他の人よりはマシかな……私も賛成」
「あたしも大丈夫ー。何かあっても、プロティアがどうにかしてくれるでしょ」
「何の信頼だよ。そういうのはパーティーリーダーの役目だろ」
そう言ってアトラに視線を向けるのだが、貴女は何を言ってるの? とでも言いたげな疑問を浮かべた表情を向けられる。
「……待って。リーダーってアトラだよね?」
「プロティアさんでしょう? 貴女以外に誰がこのメンバーを纏めると言うのですか?」
「確かに、今日までこの四人を纏めてたのはボクだけどさ。全員の師匠だしさ。でもさ、ボクはリーダーってタマじゃないと思うんだ」
「私はまだ人を纏めるには半人前です。それに、私達三人は、貴女であれば文句なく着いて行きますよ?」
ボクは半人前どころかミジンコ以下だよ! と言いたいが、これ以上話しても無駄だろうし、カルミナとイセリーも表情からアトラ側なので、諦めてリーダーであることを受け入れる。不本意ながら。
「……分かった。エニアスをボクのパーティーに入れる件は、引き受けます」
「そうか、助かる」
では頼んだぞ、と言い残して、フルドムがボク達から離れる。やはり面倒事を残して行ったなぁ、と辟易としながら、エニアス本人に決まった事を伝えるべく、一度席を立つ。
他の三人はボクがする事を察したのか、そのままボクの席の周りに残っている。
生徒達はアトラに集まっていたこともあり、今はほとんどが教室の前方にいるため、窓際角の席であるエニアスの元へ向かう間に障害はなく、すぐに正面に立てた。しかし、エニアスはこちらへ視線を向けることは無い。
いや、視線や意識を向けないだけなら別に想定内だった。だが、窓の外に向けられた表情を見た瞬間、ボクは息を飲んでしまった。胸中に湧くのは、死への恐怖だ。
違いない。エニアスが抱いているこの感情は、殺意だ。いつもは冷静沈着で、他の生徒に煽られた時ですら感情を見せることなんて滅多にないこの子が、これだけの強烈な殺意を見せていることに驚愕と恐怖が綯い交ぜになる。
とはいえ、このまま何も話し掛けなければ何のために移動したのか、という事になる。
「……少しいい?」
反応は無い。一瞬だけ視線がこちらに向いたから、一応認識はしてくれているようだ。
「先生から頼まれて、君をボクのパーティーに入れることになった。一応、君の意見も聞いておきたいんだけど、いいかな?」
「……どうでもいい。名前だけ入れておけ。俺は誰とも連むつもりはない」
「んー……まあ、今はそれでいいか。もう一つ聞きたいんだけど、何かあった? ボクで良ければ、話くらいは聞くけど」
「……お前には関係ない」
「あっ、ちょ」
席を立ったエニアスが、教室の外へと向かおうとする。咄嗟に離れようとする手首を掴んだが、殺意の籠った目がこちらを真っ直ぐに貫く。一瞬怯んでしまったが、殺意を向けられることはこの世界に来て何度か経験がある。すぐにこちらも気持ちを引き締める。
「後で食堂で待ってる。リーダーとして、パーティーメンバーのメンタル管理をする責任があるからね」
適当に理由をでっち上げて、機会を作ってみるが効果はあるのやら。とはいえ、名前だけ貸しているのだとしてもメンバーとして取り扱わなければならないので、リーダーとしての役目を果たす必要はある。
掴んでいた腕を放すと、エニアスは何を言うでもなく教室を出て行った。
──ピクシル、エニアスが何であんな風になってるのか、さすがに教えてくれないよね?
『当然でしょ。人のプライバシーには干渉しちゃダメよ』
普段から人のプライバシーを覗き見ばっかりしているくせに、どの口が。
「いて」
額にちょっとした痛みが生じ、一秒もせずに足元に数センチサイズの氷が一つ落ちる。ピクシルが魔法で作って、ボクに飛ばしたのだ。クソ、今は索敵をしていないから、反応出来なかった。
自分の席へ戻る。三人の表情が優れないが、エニアスの様子を見てのことだろう。
「……何かあったのですか?」
「どうだろうね。パーティーに名前を貸すところまでは了承してくれたよ」
「……なんか、いつもより怖かったね」
「いつかのプロティアを思い出す雰囲気でしたね」
イセリーが言っているのは、アトラと初めて剣を交えた時のことだろう。あの日はホブ・ゴブリンが見せた殺意を演技として再現していたし、今のエニアスと重なっても仕方ないのかもしれない。
「メンバーが決まり次第、俺に報告してくれ。それが終わったなら、今日は解散で構わない」
フルドムがそう言うや否や、一斉にリーダーになったであろう生徒が集まる。数分待って落ち着いたところでボクも報告を済ませ、食堂に行ってくると三人に伝えて別行動になる。
寮の二階にある食堂に向かい、コーヒー……もとい、キファラというこの世界のコーヒーを二杯淹れてもらい、分かりやすいよう窓際真ん中の卓の椅子に腰掛ける。
ブラックのキファラを少量口に含み、一息つく。プロティアは言うまでもなくキファラをブラックでは飲めなかったので、一年かけて少しずつ慣らして最近飲めるようになった。前世では毎日コーヒーを飲んでいたため、こちらでも楽しめるようになってボクとしてはとても嬉しい。
水はどうしているのか、と思うかもしれないが、もちろん飲み水などないのでボクが魔法で作ったものを使っている。
キファラを三分の一ほど飲み終えた頃、食堂に一人の子供が姿を見せた。ツンツンと跳ねた紫紺の髪は、見紛うまでもなくエニアスだ。来ないと思っていたものだから、少し拍子抜けしてしまう。律儀なものだ。
「本当に来てくれるとはね。キファラのブラック、飲める?」
「……何でもいい」
対面に座ったエニアスにもう一杯のキファラを差し出す。時間的に、ちょうど飲みやすい温度になっているはずだ。
少しの間カップに注がれた揺れる黒い液体を眺めていたエニアスだったが、持ち手に指を掛けて口へ近付け、一口飲んだ。顔を僅かながら顰めたように見えたが、それもすぐに消える。
教室で見せていた雰囲気に比べると、多少落ち着いたように見える。ただ、眉間には皺が寄ったままだが。
「ここに来てくれたってことは、話す気になった?」
「……どうせ来るまで待つつもりだったんだろう。顔だけでも見せれば、あんたなら引くと判断しただけだ」
本当に律儀だなぁ。まあ、この回答は間違いなく、話すつもりにはなっていないと言っているようなものだが。
「何か辛いことでもあったの? それこそ、誰かを殺したいと思うくらいに」
「……言っただろう。お前には関係の無い話だと。飲み物は美味かった。ご馳走様」
気に入ってくれたのか、いつの間にか空になったカップを受け皿の上に置いて、エニアスは椅子から立ち上がった。そしてそのまま、食堂を出て行った。
立ち居振る舞いはアトラに引けを取らないくらいに優雅だし、口調は荒々しいが言葉の端々に相手への敬意を感じる。こう言ってはなんだが、エニアスは他の貴族生徒よりも貴族をしているようにすら思える。それなのに、貴族からは忌み嫌われている……なんとも、難儀な子である。
それに、何があったのかは純粋に気になる。好奇心を見せるのはエニアスに対して失礼かもしれないが、感情なんてないとすら思える仏頂面があれだけ殺意に満ちているのだ。気にならないという方が無理だろう。
「……エニアスには悪いけど、少し探らせてもらうか」
索敵を使い、エニアスの動き、そして会話を盗み見ることにする。