対レイピア使い、アトラ2
アトラが一瞬で接近してくる。弱点を正確に狙ってくる刺突を、後ろに下がりながら、最小限の動きで回避し、剣で軌道を逸らす。
半年前とは比べ物にならない強さだ。レイピアというゲームならば適性最高ランクであろう武器を得て、更に試行錯誤を繰り返したトレーニングのお陰で筋肉量も確かに増えている。そのため、体勢が崩れることはほとんどなく、ステップで左右に振っても着いてきている。また、弾丸すら斬ってしまう動体視力と反応速度により、こちらのカウンターをいとも容易く回避し、音速に迫る点の攻撃を無数に打ち込んでくる。
右目を狙った攻撃を、左に避ける。しかし、左に動くと同時に一歩前へ踏み込み、右後ろに引いた剣を体の捻りで勢いを加えて振るう。下がってばかりだったボクが不意に前進したためか、アトラの反応が一瞬遅れた。狙いが悪かったのか、この攻撃はブレストプレートを掠めただけだったが、地面に着いた左足で強引に左前への速度ベクトルを消し、右への加速度を加え、手首を切り返して右上がりに斬り払う。
体勢を崩していたアトラだったが、バク転をして回避しつつ距離を取る。詰めても良かったが、あの状態からカウンターで何を仕掛けてくるか分からないため、一度こちらもバックステップで距離を取る。
「分かっちゃいたけど、強くなったね」
「お陰様で、ですわ」
言葉を交わす間も、相手の動きからは目を離さない。一瞬でも気を抜けば、確実に足元を掬われるからだ。
「ですが、まだ貴女の本気を引き出せていないようですので、もう一段階ペースを上げさせてもらいます」
「はい?」
ペースを上げるって、今より? 嘘だろ。
鍛錬で見せている実力と同等の動きをしていたから、今のがアトラの本気なのだと思っていたが、まさか全力を隠していたのか? だとしたら、拳銃どころか散弾銃くらい防ぐレベルまでになるんじゃ……いや、それは言い過ぎか? ただ、こちらもゾーン……もとい、激化の使用も考えなくてはならなくなる。
深呼吸で集中を深めつつ、アトラの様子を見守る。数秒間、特に変化はないと思っていたが、唐突に鋭く息を吐いたアトラが、目を閉じて剣を下げた。隙を見せた、そう判断し、即座に地面を蹴って接近し、剣を振り下ろす。
だが、その一撃は空を切った。そして、右半身を引いたアトラのレイピアが、目前に迫っていた。咄嗟に左へと避けたが、頬が薄く斬られ、もみあげの髪が数本散った。
距離を取ってアトラの様子を観察する。据わった目。程よく力の抜けた立ち姿。ゆっくりとした呼吸。違いない。激化している。
東端部屋の四人で激化を使えるのは、ボクとカルミナだけだった。少なくとも、半年前までは。どうやら、いつの間にかアトラも使えるようになっていたそうだ。これは計算外。いや、想定はしていたが、まさか本当に物にしてしまうとは思っていなかった。
「いいねぇ、面白くなってきた!」
自然と笑みが浮かぶ。散々人を戦闘狂だなんだと言っているが、ボクも大概同類だ。強い人との勝負は燃えるし、強くなることへの余念は無い。目と目が合えばバトル、とは言わないが、戦える機会があるのならば捨てるつもりは無い。
深く息を吸い、細く長く息を吐く。一年間何度も繰り返してきた、激化へのルーティーンだ。ふっと力が抜け、周囲の情報がより明解になる。
右半身を引き、肩に担ぐようにして剣を構える。某黒の人が主人公の某ラノベなら、これで剣がライトグリーンに輝いてスキルが発動するだろうが、この世界は残念ながらスキルの概念は存在しないので、ただ構えるだけだ。
正面で、アトラが右半身を引き、銃の照準を合わせるかのように左手を添えてレイピアを構える。
一秒あったかどうかの睨み合いの後、ほぼ同時に地面を蹴る。
そこからの戦いは、言葉では言い表せない。激化しているからこそ目で追えるものの、きっと普段の状態では影すら見えないと思われる斬撃と刺突が飛び交う。数発に一度は、音速を超えて衝撃波を生み出す。
カウンターにカウンターが重ね合わされ、間断なく行われる剣戟は、一種のペアダンスのようにも思えた。
気付けば互いの装備には至る所に傷がある。顔や破れた服の隙間からは、血が滲む。でも、二人にとっては大したことじゃなかった。ただただ、楽しい。本気でぶつかり合うことが、楽しい。
袈裟懸けに振り下ろした剣を、アトラのレイピアが受け止める。やはりパワーでは負けなかった。鍔迫り合いになることはなく、アトラも力では勝てないと判断したか、互いに距離を取った。
ボクもアトラも肩で息をしている。だが、アトラの方が疲れ度合いは大きそうだ。当然だろう。激化はかなり体力を消耗する。ボクはこの世界に来てから、体を慣らすために定期的に使っているが、アトラはここ最近使えるようになったのだろう。だとすれば、継続時間に差が生まれるのは致し方ない。
「まだ、貴女の本当の全力を……引き出すには、足りませんか」
「本当の全力?」
「ええ……貴女の本骨頂は、剣ではなく魔法……貴女の魔法を引き出せば、剣士として、貴女を超えられる、と思っていたのですが……」
そんな事を考えていたのか。
確かに、プロティアの適性はどちらかと言えば魔法の方が上だ。剣士としても十二分に強いのだが、魔法を使えば右に出る者はなかなかいないだろう。ボクの魔法を引き出せば、剣士としてボクを超えた、と言っても過言では無いと思う。
「悪いけど、まだそこまでではないね」
「ええ、そのようですね……そろそろ限界も近いので、決着を付けましょう」
「ああ、そうだね」
漂う空気感から、アトラの激化がまだ継続していることは間違いない。慣れていない中で、あれだけの斬り合いをしていながら、会話も出来ているし数分に及んで激化を維持している。体力も然る事ながら、精神力もたまげたものだ。ずっと思っていたことだが、アトラの心はとてつもなく強い。見習わなくては。
アトラの思いに応えるべく、正面に剣を構えて意識をアトラへ集中させる。対するアトラも、右半身とレイピアを引いて、こちらへ狙いを定めている。
これで終わり、か。少し、寂しさを感じる。経験はないのだが、友達と対戦ゲームで本気で戦いまくった後、日が暮れて解散する時はこのような気分なのだろうか。もっと遊んでいたいような、終わるからこそ心地いいような。
まあでも、アトラとはまだ一年間共に過ごすのだ。こうして剣を交えることも、何度もあるだろう。次を楽しみに、この戦いを終わらせたらいい。
「来い!」
「ええ!」
♢
「いっ……」
「こりゃひでー有様だ」
日が暮れて、部屋に戻ったボク達は、疲れ切った体を休めていた。
激化を長時間使って体を酷使したアトラは、既に筋肉痛で動けなくなっていた。どこを突いても、痛みで可愛い声を出しながら体がピクっと跳ねている。
以前街中で見つけた樹木からサリチル酸メチルが得られたので、それを使って作った湿布もどきをアトラの全身に貼っている。部屋の中が湿布臭いことこの上ないが、筋肉痛は回復魔法ではどうしようもないので皆には我慢してもらうしかない。
「あと少しで勝てそうだったのに……」
さっきからアトラはずっとこの調子だ。不貞腐れるのは珍しいが、よっぽど悔しかったのだろう。
試合最後の数十秒の更に最後、決着はギリギリのものだった。アトラが持ち技であるイナズマステップを激化状態で使った結果、ボクは見事に体勢を崩し、アトラは待ってましたとばかりに全力の突きを繰り出した……のだが、剣先が鼻に触れるかどうかの直前に、倒れながらも回し蹴りをしてアトラのレイピアを蹴り飛ばし、そのまま勝ちとなった。
正直、あの一瞬は本当に負けると思った。一か八かの回し蹴りが上手く行ったお陰で勝てたものの、あれが外れていれば負けていた可能性の方が高いだろう。え、運で勝ったのかって? バカ言うな、狙ったに決まってんだろ。
『セルフツッコミ好きねぇ、あなた』
うっせぇわ。
ボクにしか聞こえない声で呆れるピクシルに、心の中でそう答える。あまり人と接せる機会がなかったから、セルフツッコミが癖になっていることは否めないので、反論出来ずに少しムカつく。
「よし、こんなもんかな」
「ありがとう、プロティア……今日はもう動けそうにないわね」
「夕飯とお風呂は済ませてるし、今日はもうゆっくり寝な。多分三日くらいは辛いかもしれないけど」
「三日……我慢するしかないわね」
下着姿で全身湿布が貼られたアトラを二段ベッドの上の段にそのままにして、一度下に降りる。アトラの夕食とお風呂は、平民組三人で協力してなんとか済ませたものの、ほぼ介護状態だった。事ある毎に筋肉痛でか細い声を漏らすものだから、三人揃って新しい扉が開かれそうだったことは言うまでもない。というか、イセリーあたりは開いてると思う。根がSだし。
「おつかれー」
「プロティアの事だから疑うつもりは無いけど、その湿布? って、本当に効果あるの?」
「疑ってんじゃん。多少なりあるよ、個人差はあるけど」
「そうなんだ。今度製法教えて、私も使いたい」
「え、じゃああたしも!」
「しょうがないなぁ。また今度、暇な時にね」
お礼を言うイセリーと喜ぶカルミナを横目に、ボクのベッドに畳んであるアトラの寝間着を回収して、もう一度二段ベッドの上の段に上がる。
なるべく胸や脚の付け根などを触らないように気を付けつつ、慎重に服を着せる。たまに痛みで漏れ出る吐息を聴覚から排除しつつ、無心に着せる。無我の境地。ボクは仏だ。南無阿弥陀仏。
悟りを開きそうになりつつ服を着せ、現世に戻って来て布団を掛ける。
「じゃ、おやすみ」
「ええ、おやすみ」
下に飛び降りて、ボクも自分のベッドに腰掛ける。
「にしても、全員合格貰えてよかったねー」
カルミナが自分のベッドでごろごろしながら呟く。
二人は木剣を用いて評価試合に臨んだのだが、相手となった貴族生徒を圧倒してしまって、評価が付けられないということでイセリー対カルミナの試合を行うことになってしまった。まさかそこまで他の生徒と差が出来ているとは思わなかったので、さすがに驚いたよ。
二人の試合は見慣れているものの、いつもより動きが研ぎ澄まされているように思えた。二人曰く、ボク達の勝負に触発されたのだそうだ。結果は、互いに致命傷になり得ないダメージを多数受け、ほぼ同時に限界を迎えたことによる引き分けとなった。
「一応、今年のクラスメイトは皆合格だったらしいね。先生に教えてもらったけど、今年のメンバーは例年より全体的に評価が高かったらしいよ」
「へー、そうなんだ。確かに、皆強かったもんなぁ」
「プロティアの指導の賜物かしら?」
「……そうだと嬉しいけどね」
貴族生徒達に発破をかけて以降、ほぼ全ての生徒と剣を交えた。そして、それぞれに合っていると思われるアドバイスをして来たつもりだ。武器をボクがオススメしたものに変えた者もいる。
今年のメンバーが元より才能ある者達だった、という可能性も否定はできないが、評価の向上にボクの指導が少しでも役に立っていたのなら、学園生活を棒に振るようなことをした甲斐があったと言うもんだ。
「あとあの人、エニアスさん! 滅茶苦茶強かった!」
「彼ね……リーダラスリュさんを圧倒してたね」
イセリーの言っている通り、正に圧倒という感じだった。
リーダラスリュも、持ち武器を大剣に変えて実力はずっと上がっている。力み過ぎない、というボクのアドバイスもちゃんと実行出来るようになっていたし、その上で持ち前のパワーを大剣で思う存分振るっていた。
だが、エニアスの実力は大きくそれを上回っていた。どんなに重い一撃も、正確に軌道をずらしほぼ全ての攻撃を最小限の動きで無いものとし、一度だけ正面から受けた攻撃もいとも簡単に弾いていた。表情一つ変えることもなく、圧巻の勝ちを収めた。
「剣士としての格が違ったね。実力の一端すら見せてくれなかった」
「え、あれ全然本気じゃなかったってこと?」
「恐らくね。彼を相手にするのは、大変そうだなぁ」
実力で言えば、まだボクが上にいるとは思うが、もしかしたら、状況次第では魔法を引き出されるかもしれない。そう思えるだけの強さだった。
「さ、疲れてるだろうしボク達も寝よう。明日が終われば春休みだ」
「春休みかぁ……プロティアとアトラさんとは、またしばらく離れ離れだね」
「会いたいなら行ってあげてもいいよ?」
「ほんと!? 来て! 毎日来て!」
「毎日は無理かなぁ〜」
「だよねぇ、知ってた。でも、たまに来てくれたら嬉しいな」
「分かった。カルミナがちゃんとトレーニングしてるか、イセリーと一緒に監視しに行くよ」
「付き添うよ」
「監視しなくてもするから! 遊びに来て!」
「「はいはい」」
カルミナをからかって気分もいいので、そろそろ寝るとしよう。




