夏休み明け4
一晩かけて、ボクはカルミナの戦い方について考えた。なるべく殺さず、皆を笑顔に出来るような戦い方。正直、そんなものあるのかとしか思えなかったが、何も命のやり取りだけが戦いでは無いのだ。プロレスのようにバトルをエンタメとした業界だって前世にはあった。というか、スポーツなんて大抵はそんなものだ。そして、そういった戦いは、大勢の楽しみとなり、時には幸せともなり得る。
ならば、カルミナにとっての戦いを、命のやり取りではなくスポーツへと昇華させるのはどうだろうか。もちろん、命懸けである事は確かなのだから、その意識は持つようにした方がいい。けれど、心持ちまで命を賭す必要は無いのではないか。最悪、死ななければいいのだから。
そして、一つの答えを出した。正直、ボクが本気を出してもこの方法を常に実行出来るかは微妙なくらいに、難しいものだ。殺しちゃった方がお互い楽だろ、とすら思える。ただ、カルミナの意思を掬うならば、この方法しか今のボクには思い付かなかった。
夏休み後三日目の授業が全て終わり、道場にて四人で集まる。素振りを終えて、実践メニューへと移る中、ボクはカルミナを呼び寄せた。
「……昨日の事なんだけどさ」
「何か思い付いた?」
「うん。ただ、かなり難しいかもしれないから、無理だったら言ってね」
「おっけ! それで、どうするの?」
「勝ち続ける」
「……シンプルだね。それだけ?」
「それだけ。十回でも、百回でも、千回でも勝ち続けて、相手が諦めたらカルミナの完全勝利だ。これなら、殺そうとしなくてもいいし、殺す必要も無い」
「それはそうだけど……何と言うか、相手の人、心が折れちゃいそう」
「そうなったらそこまでの奴だったってことだ。死ぬよりはマシだろ?」
「まあ……ね?」
もっと凄い方法を持って来るとでも思っていたのか、納得が行かなさそうな表情をしている。とはいえ、カルミナの意思を尊重しつつ、カルミナが絶対に死なないという条件を踏襲するには、この結論になってしまう。
「んー……分かった、ちょっとやってみる」
そう言って、既に準備を終えていたイセリーの正面に移動する。二人で少し言葉を交わして、互いに剣を正面に構える。
「ねえプロティア、あたしが勝ったら嬉しい?」
「当たり前だろ。弟子の成長を喜ばない師匠なんて居ないよ」
「そっか、ありがとう」
一度目を閉じたカルミナだったが、さっきまでの構えから少し足幅を狭める。深呼吸を挟み、全身から程よく力が抜ける。
「……あの構え、どこかあなたと似ているわね」
「……かもね」
ボクが両手で剣を持っている時の構えは、運動がてら動画を参考にやっていた剣道のものを参考にしている。カルミナが何故その構えをやっているのかは分からないが、まあボクの見様見真似かもしれない。あまり深い意味はないだろう。
カルミナが目を開く。今までに見たことの無い目をしている。少し据わっているが、その奥には強い闘志が炎のように燃えて見える。
それに、このヒリついた空気感。ゾーンに入っている時に感じるものと同じだ。
「カルミナさん、激化しているようね……」
「激化?」
「あなたもお姉様との戦いで使っていたでしょう? 集中力を高めて、限界まで身体能力を引き伸ばすことよ」
この世界ではゾーンのことを激化って言うのか、知らなかった。てか教えてよピクシル。
『聞かれてないもの』
それはそう。
ピクシルに秒速論破されながら、今まさに試合を始めようとする二人に集中する。
イセリーは昨日同様、黒い魔力が周囲に漂っている。対するカルミナも、昨日同様に魔力から感情を読み取ることが出来ない。ただ、これが単に感情がごちゃ混ぜになっているから、という訳でないことは、顔を見れば分かった。
イセリーの重心がぐっと下がる。前傾し、力強く床を蹴ってカルミナに突っ込む。カルミナは動かない。その場で止まったまま、イセリーが接近するのを見詰めている。
そして、イセリーの左上がりの斬撃がカルミナを襲った。無抵抗のまま終わる……などということは無かった。素早く一歩引いたカルミナは、既の所で迫る剣先を躱し、安定したままの重心を前に倒して右手に引いた剣を、僅かに隙が出来たイセリーへ振るう。
ギリギリのところで防御が間に合ったイセリーだったが、姿勢を崩して二歩、三歩とよろけながらカルミナと距離を取る。追撃すればトドメを差せる状況だったが、カルミナはそのまま見送った。
その後も、イセリーが攻め、カルミナは防御しつつカウンターを挟む。そのような攻防が続いた。
しかし、昨日、一昨日とはまるで光景が違った。カルミナがカウンターを入れていることもそうなのだが、イセリーが優勢になるタイミングが一度もない。攻めているのは確かにイセリーだ。でも、一度も攻撃は届かず、カルミナのカウンターばかりがイセリーを追い込む。
「やあぁ!」
上段からの袈裟懸け。カルミナは左前へと剣を振り上げながら踏み込み、振り返りながらイセリーの背後へ移動し、鋭く息を吐いて振り下ろした剣でイセリーの右腕を斬る。もちろん、木剣なのでただの打撃だが、まるで真剣を振り下ろしたかのような錯覚を覚えるほどの鋭い一撃だった。
イセリーが右手を剣から離し、バランスを崩しそうになっている中、カルミナは剣先をイセリーへ向けたまま距離を取る。これも、剣道の動きと同じだ。残心という、相手を斬った後に反撃されても対応出来るよう、相手への警戒を切らさない心構え、及び動きだ。ボクも戦いの中では心掛けているが、見様見真似で出来るのだろうか。しかも、あんなに熟れた様子で。
「カルミナさんの、勝ちなのかしら……」
「模擬戦ならね。でも、実戦ではまだ続く」
イセリーも諦めていないのか、剣を握り直してカルミナへ立ち向かう。数度剣を交え、今度は左腿に一撃。次のやり取りでは、脇腹。死に至らないダメージが、次々と蓄積されていく。
イセリーの表情が歪み始める。冷静さを取り戻すためか、深呼吸を一度取り入れる。表情の歪みは無くなり、いつもの冷静さが戻っている。ただ、黒い魔力は見えなくなっていた。殺意以外の感情が強まり出しているのだろうか。いや、違うな。イセリーも楽しんでいるんだ。カルミナとの勝負を。僅かに上がった口角が、そう物語っている。
「はああ!」
雄叫びと共にカルミナへ斬り掛かる。イセリーの動きが変わった。さっきまでの重苦しい雰囲気が、軽やかになる。殺し合いをしていたはずなのに、今となってはスポーツのような爽やかさだ。
攻防の入れ替わりは無い。でも、カルミナのカウンターがイセリーに当たらなくなった。互いに一歩も引かない駆け引きが、一分近くに渡って繰り広げられる。そして遂に、均衡が崩れた。イセリーが放った水平斬りを、カルミナが深く屈んで回避したのだ。大きく引いた剣が、限界まで引き絞られた弓の弦から放たれる矢の如く、鋭く突き出される。髪の間から少し見えた表情は、笑顔だった。
右肩を穿った……ように見えたが、カルミナの剣は僅かにイセリーの肩の上を通り抜けていた。多分、わざと外したのだろう。引き絞っていた時の剣先が、元々かなり上向いていた。
「……私の負けね。惨敗」
全身から力を抜き、数歩下がってカルミナから距離を取ったイセリーがそう告げる。一瞬状況の判断に遅れたカルミナが、剣を突き出した姿勢のままフリーズしているが、十秒ほどかけて理解してその場に直立する。
「勝ったの?」
「うん、ミナの勝ち」
ほけー、とイセリーを見詰めるカルミナ。自分が勝ったのだという実感が湧かないのだろうか。確か、以前本人から聞いた話では、剣でイセリーに勝てた試しはなかったと言っていたはずだ。つまり、これが初勝利。
呆けた顔をしていたが、数秒をかけて、アハ体験のようにゆっくりと満面の笑みへと変わっていく。
「やったー! 勝ったー!」
体を丸めたかと思うと、縮めたバネのように跳ね返り、飛び上がって喜びだす。イセリーも微笑みを浮かべているし、負けた悔しさよりもカルミナの成長の嬉しさの方が大きいようだ。ボクの隣でも、アトラが小さく拍手をして祝福ムードだ。
そんな中でボクは、少しだけズレたことを考えていた。これは、何と言うか、化け物を生み出してしまったんじゃないか……と。
カルミナの強さは、今のところ中の下から中の中くらいだと思う。魔法使いとしての能力と、先程の剣士としての能力を考えての評価だ。ただ、カルミナのポテンシャルはかなり高い。イセリーも剣士としては決して弱くないのだが、そのイセリー相手にあれだけ余裕を持って勝ったのだ。たった一つの意識変革で、これだけの成長を遂げてしまう。もしこの意識変革が鍛錬、そして魔法にも及べば、今まで以上の成長を見せるのではないだろうか。
それに、最後の瞬間に見せた笑み。相手がイセリーであり、イセリーも楽しんでいたからという事もあるのだろうが、カルミナは戦いを楽しむことが出来るのだと分かった。つまり、戦闘狂の才能があるということだ。将来が楽しみであると同時に、どれだけ強くなるのかという恐怖すら感じていた。
「あ、イセリー、打ったとこ大丈夫!? 結構思いっきり行っちゃったと思うけど……回復しようか?」
「平気。精々打撲だから、自分で治せるよ」
「そう? ならいいんだけど……」
……これだけ優しい子だ。どれだけ強くなっても、間違った道には進まないと信じよう。
「よし、二人とも。今の感じで戦い続けて、実戦経験を積んで行こう」
「うん! 次も勝っちゃうよー!」
「こっちこそ、次は勝つから」
いいライバル関係になりそうだ。この調子なら、もう大丈夫かな。
「アトラ、こっちも始めよう。昨日全然出来なかった分、今日はビシバシ行くよ」
「ええ、望むところよ」
そして、アトラの実践メニューを開始した。