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ハイスペック転生  作者: flaiy
一章 学園編
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夏休み明け3

 道場を出たはいいものの、カルミナがどこに行ったのか分からない。だだっ広い農業区ではあるが、既にカルミナの姿はなくただ畑が広がっているだけだ。


 学園が一番可能性が高いだろうか。でも、もし顔を合わせたくないと思っていた場合、確実にボクが帰ってくる学園に向かうとは思えない。


 高い場所から探すか? いや、この街の高い場所といえば防壁くらいだ。さすがに人探しで上がらせてはくれないか。


「索敵が一番確実だな……」


 早くなったはくどうを深呼吸で無理やり抑え込み、感覚を薄く拡げるイメージで魔力振動を行う。触覚が薄れたことで上手く行っていることをあくし、範囲をフェルメリア全体へと拡げる。魔力振動の探索は、基本的には触覚と視覚を用いて行う。と言っても、直接触れたり見たりする訳ではなく、魔力振動によって拡がった触覚で範囲内のものを探知し、魔力振動で得られる情報を映像として処理し、脳内に視覚情報としてとうえいすることで探索を行うのだ。


 言うなれば、ブラックボックスに手を突っ込んで、触れた感覚から中身を何となくイメージするようなものだ。


 範囲内の人の存在を一つ一つ確認しながら、カルミナにがいとうする人を探す。カルミナは属性的に言えばロリ巨乳だから、比較的探知はしやすい。身長が大体百四十センチ半ばで、胸が大きい人を確認していけばいいだけだから。


 農業区に居ないことを確認し、一度学園内の探索に移る。しかし、ここにも居ないことを数秒で確信。大通りにもいない。となると、どこかの小道か、建物の中にいる可能性が高い。スラム区画なんかに行っていなければいいが。


 心配になりながらも、探索を続ける。カルミナが行きそうな場所と考え、一つの候補が思い浮かぶ。試しにそこに意識を向けてみると、その建物の二階の一室にカルミナがいた。


「見つけた」


 人と接触しない程度に速度を抑えつつ、出来る限りの速さで走って、農業区を抜け東西大通りを西へ進む。比較的幅が広めの小道へ入り、突き抜けてから更に西へ向かい、ある建物の前に立ち止まる。入口の扉の横で揺れる看板には、フォーティラ語の下級文字で「ケルシニル」と書かれている。フェルメリアでも名の知れたふくてんであり、カルミナの実家だ。


 こう言った個人経営のお店はあまり入ったことがないため、若干の躊躇ためらいを感じるが、意を決してオープンの札が吊るされた扉を開く。


「いらっしゃいませ……あら、もしかしてプロティアちゃん?」


「え、あ、はい……」


 店の中は色々な服で溢れていた。装飾のない簡素な麻製の服から、フリルがほどこされたごうしゃなドレス、冒険者用の革製の装備まである。店の奥にあるカウンターに、真っ黒なセミロングの髪を結わえて前に垂らした、よわい三十代後半くらいの落ち着いた雰囲気をした女性が座っていた。


「カルミナからよくお話を聞かせてもらっています。本当に可愛らしい子ですね」


「ど、どうも……えと、カルミナって、帰ってますか?」


「ええ。さっきあわてた様子で帰って、二階の部屋に行きましたよ。何も言わずに行っちゃったから、何事かと思ったのだけれど……」


「まあ、なんと言いますか、けん……ですかね」


「そう、あの子が……はい、階段を上がって一番奥の部屋にいますよ。行ってあげてください」


「あ、ありがとうございます」


 カウンターへの扉を開いてくれたので、お言葉に甘えて通してもらい、カウンターの奥に見えていた通路に入る。すぐ右手に階段があり、どうも土足のままでよさそうなのでそのまま二階へ上がる。言われた通りに一番奥の部屋まで進み、扉の前で立ち止まり、一度索敵でカルミナが中にいることを確認する。


 もし、拒絶されたらどうしよう。そんな不安が脳内をぎる。


 この世界に来て、というか前世も含むボクの人生において、初めての友達はアトラだが、一番の友達はカルミナだと思う。そのカルミナにきょぜつされたとしたら、ボクは精神を保てるだろうか。


 ノックしようと持ち上げて右手が震えている。抑えようと左手で包み、一度深呼吸を挟む。意を決して、扉を三度叩く。


「カルミナ、入ってもいい?」


 ……返事は無い。数秒待つが、反応も一切返ってこない。


「……入るよ」


 ダメと言われたら入らなければいい。そう思い、ドアノブに手を掛けて、ゆっくりとひねる。少しだけ開けて、カルミナの反応を待ってみるが、何も言われない。入っていい、ということだろうか。この状態で動かないのもおかしいと思い、ゆっくりと部屋の中に入って扉を閉める。


 窓際のベッドに、膝を抱えたカルミナがポツンといた。簡素な部屋だ。あるのはクローゼットとベッドくらい。そのせいもあってか、部屋は広く、縮こまってるカルミナが余計に小さく見えた。


「……何でここが分かったの?」


「索敵魔法で探した」


「……プロティアって、ほんと何でもアリだね。プロティアとはもう、隠れんぼしない」


「そういう遊びでは使わないよ。てかした事ないだろ、隠れんぼ」


 あいない会話。でも、今のやり取りだけで、カルミナがボクを本気で嫌っているわけではないのだと分かった。


 沈黙。お互い、どうすればいいのか分からないための沈黙だろうか。少なくとも、ボクは次にどう動くか、正解を導き出せていない。


「……座ってもいい?」


 距離感を測りたくて、そう尋ねてみる。顔はこちらに向かないままだが、コクリと一度頷いてくれたので、お礼を言ってからベッドに腰掛ける。呉服店という布を扱う店にへいせつされた家だからか、使われている布はとてもなめらかで、学園のものとは比べ物にならないほどに手触りが良かった。多分、アトラが使っている物ともそんしょくない。


 どう、切り出したものか。話す内容は、カルミナが強くなる理由を聞くことだとアトラに言われたから決まっているのだが、いきなりそんなことを聞いてもいいのだろうか。少しこう、世間話とか挟むものなのか? それとも、カルミナが出て行った理由を先に聞くべきか?


 表に出ないようにしつつ、頭の中でグルグルと思考を巡らす。しかし、数学と違って解のない、言うなれば国語の小論文の問題を解いているかのように、あーでもない、こーでもないという思考のみがちくせきし、時間のみが過ぎていく。


「……分かってるんだ、プロティアが正しいんだって。頭では分かってる。だって、プロティアはいつも正しいことを言ってるし、あたしなんかよりずっと賢いもん……今回だって、プロティアが言ってた殺す意思を持つことに慣れるっていうのも、冒険者としては正しいんだって頭では分かってるの」


 斜め後ろで、カルミナが落ち着いた声音で話し始める。落ち着いているけど、弱々しくて、少し震えているようにも聞こえる。


「……でも、あたしには出来ないよ。嘘でも、イセリーに殺意を向けるなんて……イセリーだけじゃない。あたしは、プロティアにも、アトラさんにも、知ってる人も、知らない人も……無理だって分かってるけど、魔物にだって、出来ることなら死んで欲しくないし、殺したくない。殺すだなんて、思いたくない」


 理想論だ、そんなの出来っこない。そう思ってしまった。でも、きっと大半の人が多少の差異はあれど、似たようなことを思うだろう。カルミナが言っていることは、それ程までに不可能な事だった。


「誰かが亡くなったら、きっと誰かが悲しむ……いい人も、悪い人も、魔物だって、そうだと思う。あたしは、悲しんでる顔は見たくない。辛そうにしてる顔は見たくない。皆、笑顔になって欲しい。そのためだったら、あたしは何だってする。出来るだけ多くの笑顔を咲かせたい。皆を笑顔に、幸せにしたい……それだけが願いで、それがあたしにとって、幸せなの」


 何かが、に落ちた気がした。カルミナについてじゃない。恐らく、ボクの人生においての何かだ。


 それに、今カルミナが話してくれたことは、ボクが聞こうとしていたカルミナが強くなる理由なのだろう。ボクとも、アトラとも、イセリーとも違う、自分のことは二の次で、誰かのための強さ。それが、カルミナが追い求める強さなのだ。


「……ごめん、馬鹿なこと言ってるよね! 明日からは、ちゃんとプロティアの言う通り──」


「……ボクが間違ってた」


「え?」


「ああ、本当にボクは馬鹿だ……なんで、一人一人違う考えがある、誰もが割り切って動ける訳じゃないって、そんな簡単なことも分からなかったのかな……何が師匠だ、何が友達だ。こんなの、ボクがボクに酔ってただけじゃないか」


「プロティア……?」


 ベッドから立ち上がり、振り向いてカルミナに視線を向ける。さっきまで俯いていたカルミナだったが、今はこちらにれた目を向けている。


「ごめんよ、カルミナ。辛い思いをさせて……何とか考えてみるよ。カルミナの思いを尊重した戦い方を。だからさ……こんな友達のことも分かってあげられないバカだけどさ、まだ、友達でいてくれる?」


 ノーと言われたらどうしよう。さっきから、不安だけは尽きない。


 膝を抱えて、こちらに大きな目を向けたまま動かなくなっていたカルミナだったが、笑みを浮かべたかと思うと、四つんいになってこちらへ近付き、正面からボクを抱き締めた。


「プロティアって、本当にバカだね……あたしが、プロティアと友達をやめるわけ、ないでしょ?」


「カルミナ……」


「プロティアなら、きっといい方法を見付けてくれるって信じてる。だから、遠慮なく言ってね」


「……分かった。期待に応えられるよう、頑張るよ。カルミナも、嫌だと思ってた言ってくれよ。ボクの感性、ちょっとズレてるみたいだから、言われないと分からないや」


「ちょっとなのかなぁ……でも、うん、そうする」


 カルミナの体が離れ、目の前にある少年顔が、にっこりと笑顔を浮かべた。

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