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ハイスペック転生  作者: flaiy
一章 学園編
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夏休み明け2

 場内三十周、素振り千回を終えた。三人の様子は、息こそ上がっているものの、まだ余裕はありそうだ。夏休み前ならばこれでもかなりキツそうにしていたし、体が鈍っているということはなさそうだ。


「お疲れ。皆、だいぶ体力は付いてきたみたいだな」


「そりゃ、毎日頑張ってるもん……付いてくれなきゃ困るよ」


「それもそうだな。素振りを見た感じ、太刀筋も良くなってきている。そろそろ、じっせん的な鍛錬を始めても良さそうだ」


「おお! 遂に次の段階!?」


「実践的ってことは、実際に戦ってみるとか?」


「ああ。まずはアトラだ。アトラはもう少しレイピアの動きを馴染なじませたいから、これまで通りレイピアの素振りをしつつ、応用的な鍛錬を行っていこうと思う」


「素振りをしつつ、応用? 全くイメージが出来ないわ……」


「ちょっとそこに立って、レイピアを構えて。二人は離れててくれ」


 指示通り、カルミナとイセリーが距離を置いて、アトラは木剣のレイピアを正面に構える。アトラとの距離を五メートルほど開けて向かい合って立ち、右手を前に突き出す。そして、その先に氷の粒を魔法で作り出し、時速三十キロ程度の速さでアトラの横を通り抜けるようにしゃしゅつする。


「アトラには、これをレイピアで突き落としてもらう」


「……なるほど。突きの精度を上げつつ、動体視力と反応速度も鍛える鍛錬、ということね」


「うん。どうかな?」


「難しそうだけど、理にかなっていると思うわ」


「よし。じゃあ、アトラは普段のメニューに加えて、この鍛錬を行っていくってことで……次は二人なんだけど」


 少し離れた位置にいる二人に視線を向ける。自分達もアトラのような難易度の高そうなことをやらされるのか? とでも言いたそうなのが、こわばった表情から丸分かりだ。こういった技術的に難しそうなことをやらせるつもりはないのだが、別の意味で難しいことをやらせることにはなるかもしれない。


「……二人には、殺し合ってもらう」


「「……え?」」


 ボクが言ったことに理解が追い付いていないのか、二人とも一文字を発したままフリーズする。仕方ないだろう。友達と殺し合え、と告げたのだから。


「ま、待って、殺し合うって……」


「もちろん、本当に殺せって訳じゃない。真剣じゃなくて木剣でやってもらうしね。ただ、相手を殺す気で戦ってもらう」


「……目的を聞いてもいい?」


 未だあわついているカルミナの隣で、一足先に冷静さを取り戻したらしいイセリーが問うてくる。


「ボク達は戦士だ。戦士である以上、戦いの場では命のやり取りを行うことになる。それに、相手は魔物だけとは限らない。場合によっては、人を殺さなきゃ行けない可能性もある……そうなった時に、命の奪い合いを躊躇ためらっている暇は無いからね。今のうちに、そういう意識を持つことに慣れてもらおうと思って」


「……分かった。ミナ、やるよ」


「え、で、でも……」


「いいから、位置について剣を構えて」


「う、うん……」


 イセリーは覚悟を決めたのか、ワントーン落ちた声音でカルミナに指示する。対するカルミナは、言われた通りにイセリーと距離を取り、剣を正面に構えてはいるものの、腰は引けて一切のを感じない。


 一つ深呼吸をしたイセリーが、床を蹴ってカルミナに斬り掛かる。カルミナは襲い掛かる剣を何とか受け止めるが、なすことも弾き返すことも無く、あと退ずさるように一歩下がる。それを見たイセリーが、チャンスとばかりに追撃を入れ、構えが整っていないカルミナの首筋に、刀身がせまる。


 ギリギリの所で動きを止めた剣を下げ、イセリーが息を整える。カルミナは、その場に座り込んでしまった。


「……本当に、このような鍛錬を続けさせるの?」


「……うん。いつまでも甘えていられるほど、この世界は甘くないからね」


 アトラにそう答え、二人から視線を外す。恐らく、この後はイセリーがカルミナを引っ張ってくれるだろう。ボクはアトラの鍛錬に集中しよう。


 アトラに続きを、と告げると、心配そうに二人を数秒間見詰めたが、一度目を伏せてからボクの正面でレイピアを構えた。


 三十分ほど、氷の粒を弾いたり壁に当たったりする音と、木剣がぶつかり合う音だけが道場内に響いた。アトラは目が疲れてきたのか、先程までより目を細めるようになっていた。こちらも簡単な魔法とはいえ、三十分間ずっと使い続けていることもあって、若干の疲れを感じ始めている。


「アトラ、今日は終わりにしようか」


「まだ行けるわ」


「じゃあ筋トレに変更。視界がぼやけてきてるだろう?」


「……そうね。そうする」


 以前のこともあってか、アトラは自分の疲れに対して素直になったように思う。少なくとも、自覚症状だけならば続けることもあるが、周囲から疲れが出ていると指摘されたら、必ず鍛錬を止めるようになった。


 右手を差し出し、アトラの木剣を受け取る。木剣から手を離したアトラは、一度平民組の二人に視線を向けたが、何も言わずに離れた場所で筋トレを始めた。


 くだんの二人は、先程と同じく模擬戦を続けている。そして、イセリーが一方的に攻めてカルミナが負ける光景にも変わりは無い。


 腰の引けたカルミナは、イセリーの唯勇流の一撃を抑えきれず、一度攻撃を防ぐ度に体勢を崩してしまう始末だ。イセリーの目は鋭く、獲物であるカルミナを殺さんと狙っているが、カルミナの目は怯えるばかりで、これでは蛇ににらまれたカエルですらない。肉食獣に狙われた赤子だ。


 カルミナが優しい子であることは分かっている。でも、あくまでこれは模擬戦だ。どうにか割り切って貰うことは出来ないものか。このままでは、カルミナが冒険者として活動を始めた際に大きなハンデを背負うだけじゃなく、イセリーの特訓にもならない。早々に解決しなくては。


「カルミナ、腰が引けてる! もっと攻めの意識を持って!」


「う、うん!」


 カルミナの表情に強気が見えた。しかし、それは一瞬のことで、イセリーの攻撃を受け切った直後に鳴りをひそめた。一秒にも満たないつばり合いの後、カルミナの剣が弾かれ、イセリーの剣先がカルミナの顔に向けられる。


「殺し合えとは言ったけど、あくまでそういう意識を持つだけでいい。模擬戦なんだから、固く考える必要は無いよ」


「……うん」


 頷いて立ち上がったものの、目線は下を向いている。


 再度、イセリーの攻撃から模擬戦が再開される。やはり、カルミナの動きはぎこちない。


 今日はこのまま続けても前進は見込めない、か。こっちも筋トレをしてもらって、ストレッチの後アイシングをしてから今日の鍛錬は終わりにしよう。


「二人とも、ストップ」


 二人の試合を止めて、決めたことを伝える。どちらも了承してくれたので、その通りにして今日の鍛錬は終わりを迎えた。


 その後の四人にただよう空気は、お通夜のごとく重苦しいものだった。自発的に言葉を発する者はおらず、この空気を作った責任をと思ってボクが話題を出しても、精々数回のやり取りが続けばいい方だった。


 夕飯も、お風呂も、共にしたのに静まり返っていて、いつもならせいじゃくでも大して何とも思わないのだが、今日に限ってはとても居心地が悪い。鍛錬前は飛び付いて来ていたカルミナも、距離を置いてこそいないものの、ボクとの距離感を意識的に変える様子は見えなかった。


 間違えた、としか思えない。でも、どうすればよかったのか、これからどうすればいいのか、何も分からない。人と近付いた事がなかったから、初めて近付いて離れてしまった今、何が正解なのか案こそ思い浮かべど、どれも悪化を呼び寄せそうで、解を出せない。


 そしてそのまま、夜は更けて、朝を迎え、昼の鍛錬を終えてしまった。その間、会話という会話はほとんど無かった。


「プロティアさん。今日はどうするのですか?」


「え? ……ああ、うん。行くよ」


 貴族モードのアトラが、今日の放課後、鍛錬をどうするのか尋ねてきたので、そう答える。カルミナとイセリーも近くで休んでいたので、会話は聞こえていたようだ。視線がこっちに向いている。


「……お二方は、今日も昨日と同じことを?」


 アトラの質問に、反射的に下を向いてしまう。悩んでいた。この一日。命のやり取りに慣れることは、必ずどこかで乗り越えなければならない。でも、イセリーはともかく、カルミナは乗り越える準備が整っていないし、ボクも今の方法以外でみょうあんが思い付いているわけでもない。


 何とかしなければならないけど、どうすることも出来ないでいた。


「プロティア、大丈夫! あたし、やれるから!」


 カルミナがこちらに近付いて、笑顔を浮かべ、両腕を力こぶを作るように上げて言う。その笑顔はどこか強ばっていて、口ではこう言っているが、心はきょぜつしていることが見て取れた。


 だが、無理しているとはいえ、カルミナがこう言ってくれているのだ。もう一日だけ、頑張ってもらおう。そうすれば、何か方法が思い付くかもしれない。


「……じゃあ、今日も昨日と同じで」


 道場に移動し、今日は学園の鍛錬も夏休み前と同じくらいの厳しさに戻ったため、ランニングや筋トレを省いて素振りから始める。


 三十分程度で素振りを終え、一度休憩を挟んで昨日から始めた実践メニューに入る。


「じゃあ二人とも、怪我には気を付けてね」


 同時に頷いたカルミナとイセリーが、離れた位置で向かい合って剣を正面に構える。昨日と違うのは、カルミナの腰が引けていないことだ。ここに来る前に言ったことを実行するためか、覚悟を決めて取り組もうとしているのだろう。表情の強ばりは消えないが、昨日よりはマシになっていた。


 一試合だけ見たいとアトラに告げて、二人の勝負が始まるのを見守る。


 イセリーが深呼吸をし、じゅうこうな空気をまとう。ボクの目には、僅かながら黒いもやがイセリーの周囲に見えている。殺意などの言うなれば黒い感情が、魔力に乗って外に出ているのだ。それだけ、イセリーはこの模擬戦にしんに取り組んでいる。


 対するカルミナだが、こちらは色は見えない。魔力に乗る程の強い感情を抱いていないのかもしれないが、理由としてもう一つ有り得るのが、いくつもの感情が複雑に絡まり合っているせいで、魔力が特定の状態に定まらないからというものだ。ピクシルが言っていた。


「ミナ、準備はいい?」


「……いつでも」


 カルミナが答えた三秒後、腰を深く落としたイセリーが、床を蹴って一気に距離を詰める。突き攻撃を右半身を引きながら回避したカルミナだったが、キュイと音を鳴らして裸足と床の摩擦で止まったイセリーが、体の回転で勢いを乗せた水平斬りをカルミナ目掛けて打ち出す。


 流石に終わったか、と思ったが、カルミナは昨日と違い、剣を後ろに下げながら姿勢を低くし、イセリーの剣をかわして重心を前に傾けた。剣を振り切った反動によって、イセリーの防御は確実に間に合わない。今が絶好のカウンターチャンスだ。カルミナもそれを分かっているから、重心を傾けたのだろう。


 しかし、カルミナはそのままピタリと動かなくなり、イセリーが距離を取る時間を与えてしまった。何が起きたのか分からないし、カルミナは背を向けているためボクからは表情も見えない。ただ、今の運動量は高が知れているのに、カルミナは肩で息をしている。


「……よ」


「ミナ?」


 カルミナが直立し、剣を両手で持ったまま下ろす。その様子を見て、イセリーも殺意を消して構えをく。


「……出来ないよ、やっぱり。嘘でも、イセリーを、大好きな友達を殺す気で戦うなんて……あたしには出来ない!」


「ミナ!」


 カランカランと、木剣がフローリングの床を跳ねる。走るフォームなど考えていない、ドタドタとうるさい足音が遠ざかる。下から、ガラガラと扉の開く音が聞こえ、一度止んで、もう一度聞こえた直後にパタンと響く。


 心臓が五月蝿うるさい。体が動かない。脳が、次にやるべき事を判断しかねている。思考が定まらない。


「プロティアさん、道場? の鍵を渡してください」


「……え?」


「今、彼女を追いかけるべき人は、あなたしかいません。片付けと戸締りは私とイセリーさんで済ませますので、あなたは早く追い掛けなさい」


「で、でも、何を話せば……」


 ルームメイトだけしか居ないのに、何故か貴族モードになったアトラのお陰で、なんとか言葉を発することは出来た。しかし、カルミナを追い掛けろと言われたところで、カルミナに何をすればいいのか、何を話せばいいのか、何も分からない。


「……私が強くなる理由は、お姉様の隣に立つためです。イセリーさんは?」


「え? えっと……自分の身は、自分で守れるようになる、でしょうか。いずれは、大切な人も守れるようになりたいですが……」


「私達が強くなる理由は、あくまで私達自身のためです。なので、多少の割り切りはします。ですが、カルミナさんもそうとは限りません。何を話すべきか分からないのであれば、彼女の本心を聞き出せばいいのです。あなたの得意分野でしょう?」


 得意分野とはとても思えないけど……でも、そうか。カルミナが強くなる理由。確かに、本人の口から聞いたことはなかった。そこにヒントがあるかもしれない。


「……分かった、行ってくる」


 ポケットに仕舞っていた鍵をアトラに渡し、道場を出る。

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