夏休み明け1
暑い毎日を終え、僅かながら気温も下がり始めた九の月。夏休みを終えて後期の授業が始まり、ボク達生徒は学園へと戻って来た。
初日ということもあり午前の授業こそいつも通りあれど、午後の鍛錬は前期で習った武器の扱いを復習しただけだった。
新しく導入された鍛練着も配布され、初めは見た目が地味だなんだと貴族連中に言われたが、着心地は完璧であるため使ってみてからは何も言われることは無かった。ん? 何か自分事のように言ってるなって? そりゃ、素材選定から携わってるんだから、仕方ないだろう。デザインは面倒だからジャージっぽくしちゃったけども。
「意外と体が覚えてるもんだねぇ」
「そうね」
カルミナが零した言葉に、イセリーが同意する。
確かに、剣はほぼ毎日振っていたが、前期で習っただけの槍や弓矢なんかも、久々に触ってみればそれなりに使うことが出来た。人間の長期記憶ってすごい。
「ただ、この鍛練着、動きやすいけどズボンなんだよねぇ……スカートの方が、あたしは可愛いし動きやすいから好きなんだけど」
「え、そうなの?」
「何でそんなに意外そうな顔してるの?」
だってカルミナって少年顔だし、むしろスカート恥ずかしいって言いそうなのに。と、心の中でのみ返答する。ただ、考えてみれば、カルミナは少年顔なだけで、裁縫や服飾が趣味だし本来の性格は大人しいのだから、感性が女の子であることに何ら不思議はない。偏見ダメ、反省反省。
「制服のままでもいいって言ってたし、あたしは次からは制服かなぁ。ただ、スカートだと中が見える問題があることだけが、難点なんだよねぇ」
「それに関してだけど、カルミナに見て欲しいものがあるんだ。あと、皆にも見せたいものがあるから、今日のボクの鍛練は一旦校門前集合でいいかな?」
「? 分かった」
カルミナの疑問が浮かびながらの同意に続き、後の二人も似たような様子で頷く。
一度解散して、十五分ほどで校門前に再集合する。全員鍛練着のままで、汗を拭く用のタオルくらいしか持ち物は持っていない。
着いて来て、と伝えて、行先は教えずに学校の敷地を出る。学園通りを抜けて東西の大通りへ出て、西の住宅区へと進む。少し進んだところで左の小道へ入り、入り組んだ道をしばらく南へと進んで農業区へと抜ける。
「農業区……ここに見せたいものがあるのですか?」
貴族モードのアトラがそう尋ねる。四人だけではあるものの、さすがに周囲の目があるため、今はタメ口呼び捨ての非貴族モードは出さないようだ。
「うん。もう見えてるよ」
あれ、と指差す先には、一軒の二階建ての木造建築物がある。その大きさはかなりのもので、畑ばかりの開けた場所にはどう考えても不釣り合いな建物だ。それもそのはず。何せ、あれは農家の家でも倉庫でもないのだから。
建物の正面に立ち、ポケットから取り出した鍵で入口の錠を開ける。そして、建てたばかりのためほとんど抵抗のないスライド式の扉を、右へと滑らせる。
「ようこそ、ボクの道場へ」
「これ……プロティアさんが?」
「うん。ゴブリンの褒賞金で土地と建材を買って建てた。まだアトラがレイピアを使ってることは広められないし、屋内修練場だとどうしても誰かと鉢合わせる可能性があったからね」
自分が自由にトレーニング出来る場所も欲しかったし。
アトラがレイピアを使っていることは、まだボク達とフェルメウス家の人しか知らない。理由としては、まだ使い始めで慣れていないうちに知られてしまった場合、唯勇流を使わないことを良しとしない貴族にちょっかいを掛けられる可能性があるからだ。勿論、先延ばしにしたところでそうなる可能性は排除出来ないのだが、ある程度実力がついてしまえばその実力で黙らせることが出来る。戦いの世界では、使われているだけの剣よりも、勝てる剣の方が優先されるから。
前期は他の生徒が鍛錬に着いていくのが精一杯だった事もあって、放課後に屋内修練場を使う生徒がボク達だけだったのだが、後期となるとそうも行かないかもしれない。ボクが扇動したせいで、他の貴族生徒もやる気になっちゃってるし。
そういう訳で、誰にも見られず、落ち着いてトレーニングが出来る場所として、この道場を夏休み中に作ったのだ。重機などがないから、前世で工房を自作した時より苦労するかと思ったが、魔法のお陰で簡単に作ることが出来た。魔法ってほんと便利。
「……一人で建てたのですか?」
「うん。魔法でこう、ちゃちゃっと」
嘘である。実際は結構ギリギリまで作業していた。
「はえー、プロティアってほんと器用だね……」
「器用なだけで家は建てないと思う……」
カルミナとイセリーも、どうやら言葉を失ってしまったらしい。まあ、こうなることは想定していたので、ちょっとしたドッキリのつもりだったから、上手く行ってボク満足。
「じゃあ、中に入ろう」
ボクの言葉に従い、全員で中に入る。一階は床はなく、地面がそのままのダートフィールドだ。実戦では外で戦うことの方が多いし、その練習のためにあえてこうしている。武器やトレーニング機器などの倉庫も一階にあるため、入ってすぐに鍛錬が行えるようになっている。
「よく、このような土地が見つかりましたね」
「あー……ここ、少し前に亡くなった農家の人の倉庫だったんだ。お子さんはいたらしいんだけど、行方不明になってて管理人も居ないから、安く買わせてくれたの」
「そうでしたか」
話を聞いてか、アトラの表情が少し沈んでしまう。
「二階もある! 見ていい!?」
ボク達二人を置いて中を見て回っていたカルミナが、二階への階段を見つけてその場から聞いてくる。
「いいよ、靴は脱いでね。行こ」
「ええ」
カルミナのはしゃぎっぷりを見て少し和んだか、アトラの表情が和らいだ。ナイスカルミナ。
トタトタと階段を上がる音を聞きながら、アトラと並んで階段に向かう。用具庫を見ていたらしいイセリーも、続いてやって来た。
「ひろー」
「用具庫を下にやった分、二階は全面使えるようにしたよ」
畳にしようかとも思ったのだが、残念ながらフェルメリアには畳を作っている職人がいなかったので諦めてフローリングになった。広さはざっと千平米はあるはずだ。天井も一、二階共に四メートルは確保しているため、それもあってかなり広く感じるだろう。
「学園の修練所とまでは行きませんが、かなり広いですね。四人で使うには持て余しそうですわ」
「広いに越したことはないないからね」
「そうだプロティア、あたしに見せたいものって何?」
部屋の中央で辺りを見回していたカルミナが、思い出したように聞いてくる。ちょうどいいので、夏休み前にはマスターしていた収納魔法からブツを取り出してカルミナに近付く。
「これ。スパッツっていう衣類なんだけど、スカートの下にどうかなと思って」
染色はしていないため、白色のスパッツだ。綿繊維で作ったため、スパンデックス繊維のような光沢やそこまでの伸縮性は無いが、織り方の工夫によって多少の伸縮性はある。使い心地はある程度保証できるはずだ。本当はスパンデックスやPTTのような合成繊維で作りたかったのだが、素材になる物質が手に入らなかったので諦めた。やはり中世、素材に乏しい。
スパッツを受け取ったカルミナは、しばらくの間畳んでいたものを広げてみたり、軽く引っ張ってみたりと色々と試して見ている。
「これ、パンツの上に履いたらいいの?」
「基本的にはそうなるかな。直接履いても問題は無いけど、結構体のラインが出るからあまりオススメはしない」
「分かった、履いてみる」
そう言うや否や、カルミナはその場で鍛練着の半ズボンを一気に下ろした。だが、ボクはこうなることを予測していたため、既に後ろを向いている。
「……別に見られても何ともないよ? 女子同士だし」
「気にするな、紳士としての務めだ」
「女子だよね?」
そんなやり取りをしている内に履き終わったのか、背後でタンタンと跳ねる音が聞こえてくる。振り返って見てみると、半ズボンは履いていないもののスパッツを身に付けたカルミナが、その場で軽くジャンプしていた。大きめの鍛練着がふわふわと浮いて、たまに脚の付け根まで見え隠れしているのが、ちょっとエロい。いやいや、何考えてんだボクは!
一度顔をパァンと勢いよく叩いて、煩悩を追い出す。三人の視線が集まってしまったが、この際仕方ない。
「どう? 着心地は」
「これすごいね! 素材は綿かな? けど、結構伸びるから動きがあんまり阻害されないや。白だとちょっとパンツの色が透けてるけど、黒とかに染めたら隠せそう」
さすが服屋の娘と言うべきか。服を捲ってパンツの透け具合を確認しているのを、笑顔を装い目を閉じて見ないようにしつつ、すぐに素材を当てたり改善点を上げたりしてくるカルミナに対して感心する。
「よっ……おお、これでも破れない」
何をしているのか気になって薄目で確認するが、一秒もせずに視界を暗転させる。死ぬ前に一時期SNSで流行っていた覚えのある、I字バランスをやっていた。
「カルミナって、そんなに体柔らかかったっけ?」
「ん? うーん……全体的には硬いけど、股関節は結構柔らかいんだよね」
「へぇ……」
普段のストレッチなどでは硬い印象しかなかったため、意外な発見だ。確かに、思い返してみれば、開脚は難なくこなしていたような気もする。
「うん、すごくいいよこれ! 織り方とか聞いてもいいかな? パパに教えて、商品化したい! もちろん、教えて貰った分のお金は払うから!」
「いいよ。今週末にでも行こうか」
「やった!」
「とりあえずズボンを履こうか」
「はーい」
視線が上半身だけを捉えるようにしつつ、視界の端でスパッツに手を掛けたカルミナを見た瞬間、再び百八十度回転する。「よいしょ」と言いながら着替えるカルミナを背後に、この後のことを考える。
一先ず、三人に見せたいものは見せたから、今日の鍛錬を行うつもりでいる。ただ、夏休みという期間を挟んだことによって、三人の体が少なからず鈍っている可能性がある。本格的に鍛練を行う前に、それを確認した方がいいだろう。
それに、一応夏休み中のトレーニングもメニューを立てて渡していたため、サボっていなければ三人ともかなり鍛えられているはずだ。そうなれば、応用の鍛錬を始めて見てもいいかもしれない。
「えーい!」
「うおわっ! 急に飛び乗るな!」
「えへへー、プロティアと会うの久々だから、引っ付きたくなっちゃった」
「たく……」
夏休み前はカルミナの精神の治療のために、傍にいる時はほぼずっと引っ付いていたのだ。一ヶ月半も離れていれば、こうなっても仕方ないのかもしれない。かと言って、いきなり背後から飛びついて来るのは如何なものかと思うが。
「学園に戻ったらまた好きなだけ引っ付いていいから、鍛錬始めるよ。スパッツは邪魔にならないよう、ボクが持っとくよ」
「はーい」
カルミナからスパッツを受け取り、収納魔法に仕舞う。三人には既に何度も見せているため、初めの頃はともかく、今はもうこの程度では反応を見せることは無い。
アトラとイセリーも集まってきて、道場二階の中央に四人全員が集合した。
「さて。三人とも、夏休みの間、ちゃんとやった?」
「あったり前じゃん!」
「ちゃんと監視してたから、安心して」
「監視されてなくてもやったし!」
自信満々に答えるカルミナにイセリーが釘を刺す。それを受けて、カルミナは頬を膨らませてぶーぶーと反論する。久々にいつもの光景が見れて嬉しく思いつつ、視線をアトラに向ける。
「アトラは?」
「もちろん、プロティアに渡されたメニューは行ったわ。少し物足りなく感じたから、お姉様にお願いして、手合わせもしてもらったよ」
「ほえー、ラプロトスティさんと」
視界の端で、ラプロトスティさんの指導を受けた事のある二人の顔から血の気が引いているのを視認する。後になってあの日のことを聞いたのだが、二人ともアニメや漫画ならハイライトが消えていそうな死んだ目をしながら、「キツカッタ、モウシタクナイ」と話してくれた。余程トラウマになっているらしい。
「まあ、学園にいる時に比べたら軽めの内容にしてたから、ラプロトスティさんの下でなら追加を行っても安心かな。いきなりハードなことをやっても体が着いて来ないかもしれないから、初めは軽くここ三十周から行こうか」
「軽くないよ?」
カルミナの指摘を無視して、四人で道場内の周回を始めるのだった。




