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ハイスペック転生  作者: flaiy
一章 学園編
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アトラスティの新武器

「というわけで、アトラに新しく教える武器を発表します」


 週が明け、一日の授業を全て終えたボク達は、先週同様屋内修練場に集まっていた。ボクが一人立ち、他三人がボクに注目するようにして座っている。アトラは女の子座り、カルミナは胡坐あぐら、イセリ―は横座りと三者三様の座り方だ。ボクの発言に対して、「わー」だの「おー」だのと言いながら拍手をしてくれる。


「じゃあちょっと用意してくるので、ここで待っててね」


 三人を残して、用具倉庫に向かう。休日の間に作成し、倉庫の奥に隠していたものを回収し、それを持って再び三人の前に戻る。使用者のアトラを含め、三人の視線はボクが両手で持つそれに集まっている。


 視線をアトラに向けて、膝をついて視線を合わせる。そして、両手で持った一振りの木剣を、アトラへと差し出す。


「これが、アトラに使ってほしい武器です」


「……レイピア、ですか」


「うん。どうかな?」


 使うかどうかはアトラ次第だ。もし断られたらどうしよう、という気持ちはないでもないが、アトラなら一度は挑戦するだろうという確信もあった。その期待を裏切ることなく、アトラから返ってきた答えは、


「せっかく用意して下さったのです。ありがたく、使わせていただきますわ」


 という、同意のものだった。


 笑みを浮かべて木剣を受け取ったアトラは、立ち上がって始めて振れる武器にもうとするかのように、様々な方向から眺めている。そして、お試しとでも言うように、半身を下げて大きく引いたレイピアを、狙い定めるかのように視線を鋭く細めて誰もいない場所を目掛けて突き出した。


 これまでも刺突を使うことがたび(たび)あったからか、その動きは洗練こそされていないものの、様にはなっている。剣先のブレも少ないし、直剣を使っていた時のように体の軸がズレてもいない。動きの滑らかさで言えば、まだまだ無駄を省ける箇所はいくつもあるが、初見としては及第点どころか、十二分な動きだろう。


「どうでしょうか?」


「うん、いい感じだよ。アトラは、触ってみた感触はどう?」


「そうですね……軽いので直剣よりも使いやすいです」


「そか。最初の時点では、それが聞けただけで充分だよ。そんじゃ、これからはこれまで通り体を作りつつ、アトラはレイピアを使う練習も進めて行こう」


「はい」


 力強く頷く。目にも闘志がみなぎっていて、やる気は絶好調、と言ったところか。


 そうして、アトラのレイピア使いへの道が始まったのだった。



「……んぅ」


 寝付けない。


 六月も後半に入り、夜でも気温が下がりきらない日が現れ始める。今日はまさにそうで、体は疲れ切っているというのに、寝苦しくて全く寝付けないまま日をまたいでしまった。とはいっても、何度かは意識が落ちていたようで、実際に過ごしたと思っている時間と、経過した時間はいくらかズレているようだが。


 久々に、深夜の外の空気でも吸いに行くか、と思い、ベッドから起き上がる。ベッドから降り、一度伸びをして半覚醒状態の体を少しだけ覚まさせる。視線を前に向けると、暗い視界の中で、ぼんやりとほぼ布一枚の掛布団が上下しているのが見て取れる。イセリ―はぐっすり眠っているようだ。その上の段からも、んにゃ……と寝言のようなものが聞こえてくるから、カルミナも同様。


「……アトラの寝息がしない?」


 背後からの音に聴覚を澄ましてみるが、きぬれどころか寝息すら聞こえないでいた。確認のため、梯子を使いボクのベッドの上の段を覗き見る。視界は不明瞭だが、ベッドがもぬけの殻であることは一目瞭然だった。


「……あの子は、まったく」


 ベッドに触れてみるが、全くぬくもりを感じない。トイレに行きたくて今起きて抜け出した、というわけではなさそうだ。ボクの意識が飛んでいる間に、知らぬうちに出て行ったのだろう。


 梯子を下り、えてしまった頭を働かせ、魔力振動で学園内を索敵する。魔力振動はもう慣れたもので、範囲もフェルメウス領内くらいまでは拡げられるようになっていた。だから、学園内くらいの索敵は、寝起きだろうとお茶の子さいさいである。今日日聞かねえな、お茶の子さいさいなんて。


 寮内で寝静まっている何人もの存在を無視し、寮の北西部に一人だけ動いている人間に意識をフォーカスする。誰かなど、考えるまでも、確認するまでもなかった。アトラが、数週間前に渡したレイピアの木剣で、刺突の素振りを行っていた。


「今日だけ……な訳ないか。抜け出し方に慣れを感じるし、こりゃ常習犯だな」


 靴を履いて、部屋を後にする。音を立てないようにしつつ廊下を進み、入口から寮の外へと出る。魔力振動で索敵を行ったままのため、視界の確保をする必要が無いので、以前プロティアが行っていたような炎を作って明かりを得るようなことはせず、そのまま右へと進行方向を変える。突き当たりでもう一度右に九十度進路を変え、並木の奥にある切り株近くで木剣を突き出す人影へ近付く。


 相当集中しているのか、ぼんやりとアトラの姿を捉えられる距離まで近付いても、向こうは気付く様子を見せない。


 ここ数日で素振りの動きが洗練されてきている、とは思っていたが、こうして夜中にコソ練をしていたからか。頑張りたい気持ちは嬉しいのだが、アトラの体を管理している身としてはいささか複雑な気持ちだ。


「アトラ」


 呼び掛けた声が届いた瞬間、程よく脱力していたアトラの体が一気にこわばる。ロボットもかくやのゆっくりした動きで、剣を引いたままの姿勢で上半身ごとこちらに向く。視界は月明かりはあれど輪郭を捉えるのが精々と言ったところで、表情は見えないのだが、魔力振動は継続しているため、引きった笑顔を浮かべていることは丸分かりだ。


「ぷ、プロティアさん……起きていらしたのですか?」


「今日は寝付きも悪いし、眠りも浅くてね……それで、何をしてるの?」


 声を張って迷惑にならないためという事もあるが、説教のために声のトーンを下げて、いつもより落ち着いた声音で問いかける。自分が悪い事をしているという自覚はあるのか、肩をすくめて縮こまる。


「その……私の体質を考えて、もっと鍛錬しないと強くなれないと思いまして……」


「自主トレしてた、と?」


「……はい」


「そう。ボク、常々言ってるよね。ボク達はまだ子供で成長途中だから、過度な運動は怪我に繋がるし、最悪一生治らないような後遺症が残る可能性もあるって」


「……はい」


 ラプロトスティさんの隣に立つためか、はたまたいつか訪れるかもしれないエニアスのリベンジに備えるためか……多分、どっちもか。五年分の遅れを取り戻したくて焦る気持ちは、よく分かる。ボクも、前世では家族のためにと思って、寝る間も惜しんでその先十年で習うような内容を、先取りして勉強していたのだから。


 焦っている時は、どうしても周りが見えなくなるものだ。食事や睡眠すら忘れてしまうくらいに。アトラは、五年もの時を無駄にしたのだと思っているのだろう。確かに、才能を伸ばす期間を無駄にした、と考えれば、間違いではない。そしてその思考が、取り戻すためにもっと頑張らないと、例え無茶だとしても、という焦りを生み出している。


 多分だが、アトラを説得する際に、才能があるから、という理由をボク中心に使っていたから、アトラがこう言った考えを持ってしまったのだろう。大元を辿ればボクのせいかもしれないが、コソ練をする判断を行ったのはアトラだ。ここは厳しく出るべきだ。


「トレーニングメニューは、アトラの要望も考慮して出来る限り負荷の大きいものになるよう、日々調整してる。もちろん、アトラにとっては足りないと感じるかもしれない。でもね、そう思うなら進言するなり、追加を求めるなりして欲しい。こっちは、アトラの体も考えてメニューを組んでるんだ。勝手なことされちゃ、アトラが怪我をするだけじゃなくて、ボクの苦労も無駄になるんだよ」


「……言い返す言葉もありません」


「どれくらいやってる?」


「ほぼ、毎日です……」


 やはりか。


 となると、体には相当疲れが溜まっているはずだ。流石に授業を休ませる訳には行かないし、今週のアトラのメニューは軽めにして、週末は回復に努めさせるべきか。じゃないと、どのタイミングで怪我をされるか分かったもんじゃない。


 それに、既に日が変わっている時間なのだ。毎日こんな時間まで素振りをしていたのならば、睡眠時間もかなり削れているはずだ。気付けなかったのはボクの落ち度だが、今日からはちゃんと寝させなければ。アトラが寝るまで、隣で見張っていようか。


「今日以降、個人的な鍛錬は禁止する。もし追加で行いたいと言うのなら、ボクに伝えて管理下でやってくれ。こっちで調整するから」


「……分かりました」


 真面目なアトラのことだから、きっと守ってくれだろう。ただ、このまま今回の件を済ませては行けないような気がしている。勘でしかないのだが。


「……アトラ。君は相変わらず、自分だけで終わらせようとするね」


「それは……そうかもしれません」


 恐らく、癖……いや、もう習慣になってしまっているのだろう。上級貴族として生まれて、今日までずっとその生き方を貫いてきた。他者を纏め、導く者として、自分のことは自分で解決出来るようにしてきた。


 しかし、アトラはまだ人生経験の浅い子供だ。フォギプトスのような大人ならともかく、子供にそんなことが常に出来るはずがない。


「試しに、さ。少し、貴族としての生き方をやめてみない?」


「それは、どういう……」


「例えばこう、敬語を使わないとか。姿勢……は、正してた方が体の負荷は小さいからそのままでいいとして、せめて指先まで意識するのをやめるとか。後は……ボク達の前でくらい、ちょっとだらけてみるとか」


「貴族を、やめる……」


 これに意味があるのか、気休めにでもなるのかすら分からないけど、やってみる価値はあると思った。アトラの考え方は、上級貴族である、という自己認識から由来している場合が多い。だから、もっと頑張らないと、という考えもそこに起因している可能性が高い。もちろん、それを省いたからと言って考えが大きく変わるとは思えないが、もしかしたら一時的にでも自分を見返す余裕を作れるのではないだろうか。


「……こんな感じでいいかしら、プロティア?」


 ドキッと、脈が一瞬で高まる。普段敬語で「さん」付けをしているアトラが、ただタメ口と呼び捨てになっただけなのに。月明かりでぼんやりと見える、少し困ったような表情が、いつもより脱力していることもあって可愛さが増した様に感じる。


 暗闇で表情を読まれないのをいい事に、動揺を隠しながら「いいんじゃないかな」と答える。


「そう? じゃあ、ルームメイトだけの時くらいは、少し気を抜いてみようかしら」


「無理はしなくていいんだぞ?」


「いえ……あなたの言う通り、私はずっと気を張り続けて来ました。いい機会だから、あなたの誘いに乗ってみるわ」


 タメ口アトラ、攻撃力が高いよ……。


 でも、これで少しでもアトラに変化があるのならば、提案してみて後悔はない。


 そして翌朝、カルミナとイセリーが呼び捨てタメ口で話しかけて来たアトラに度肝を抜かれたことは、言うまでもなかろう。

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