今後の方針
リーダラスリュが姿を消し、集まっていた人々も散らばって行った。
木剣をしまっていると、一人近寄ってきていることを魔力振動で感じ取る。誰かはすぐに分かったため、気負わずに待つ。
「中々来ませんし、外が騒がしいと思って来てみれば……本当に貴族のクラスメイトの敵として、指導を行うのですね」
「まあね。一度決めたことだし……それに、コミュ障のボクにはこのやり方が一番合ってるよ」
「コミュ……障?」
「コミュニケーション障害。会話が上手く出来ないとか、続かないとか……コミュニケーションに不得手があることかな」
コミュ障、と日本語で言ったわけではないのだが、ボク達が今使っているフォーティラ語にコミュニケーション、障害に該当する言葉はあっても、それを組み合わせた言葉及び概念はないため、伝わらなかったのだろう。略してしまったから尚更。
「プロティアさんがその、コミュ障……というものなのですか? 遠慮しがちだとは思っていましたが、そのように思ったことはありませんが……」
「私もないですね。たまに自分の世界に入りがちではありますが」
屋内修練場の方から姿を見せたイセリ―がアトラに同意を示す。
「い、いやいや、そんはずは……」
「あたしもそんな風に思ったことはないよ~。話してて楽しいし、プロティア面白いし!」
イセリ―の後ろにいたカルミナまでもが同意する。
それってつまり、ボクが前世で友達がいなかったのって、コミュ障だからじゃなくて、単に人と接していなかったから……? 確かに、コミュ障と人から言われたことは無いけど、自分で思い込んでいただけ……? だとしたら、滅茶苦茶損な生き方してたのではないか、ボク……。
この世界に来てから、プロティアを演じるようになって人と接する機会が増えた事は事実だ。だから、ボクがコミュ障でないという確証は無いのだが、今こうしてアトラ達と実際に会話をしているのは、演じていると言えども精神的にはボク、日向空翔ではあるのだ。即ち、ボクがコミュ障ではないと評価されているわけで。この評価が正しい場合、前世のボクはただただ機会を自ら捨てていたというわけで。
喜ばしい事のはずなのに、何故か辛くなってその場に蹲る。
「ど、どうしたのですか?」
「ああ、うん。何でもない……一分だけ放っておいて」
ボクって、天才だなんだと持て囃されてたけど、本当はただの馬鹿だったのかもしれない。勉強が出来ることと頭がいいことは別だと言うが、ボクはただ勉強が出来るだけで頭は良くなかったのかな。辛い。
でも、今更過去を嘆いたってどうしようもないことも確かだ。ここは切り替えて、今目の前の事に集中しよう。ただでさえ、やる事は山のようにあるのだ。でも、うん、やっぱつれェわ。
「よぉしお前らぁ! ビシバシ行くからなぁ!」
「うおぉ、急に元気になった……」
辛さを追い出すために勢いよく立ち上がりながら大声を上げたせいか、カルミナがビクッと驚いて一歩下がる。他二人も驚いた表情を見せる。
三人の反応はスルーして屋内修練場へと向かう中、三人に課すトレーニング内容をどうするかと考える。この三人に共通していることは、恐らく経験の少なさだろう。ただ、実戦経験というのは応用に分類されるものだ。いきなり始めたとしても効果は薄い。
まずは基礎を固めることが大事だ。一先ずは、午後の鍛錬の続きとして筋力や体力を付けるところからやっていった方がいいか。出来れば、あまり鍛えられていないところを中心に。
こういう時、地球ならインターネットで調べれば一発なのになぁ、と思うが、無いもの強請りをしたところで何も変わらない。今ある知識と、自分で色々と試して適切なメニューを考えなければ。
「ねぇプロティア。プロティアの鍛錬では何をするの?」
「まだ具体的には決めてないけど、基本的には授業と同じで身体作りかな。ボク達はまだ成長途中だから、あまりハードなことは出来ないし、筋力や体力を付けることを優先しようと思う。後はまあ、剣の素振りかな」
「えぇ〜……なんかもっと特別なことをするものだと思ってたのにぃ」
「少しの辛抱だよ。今頑張って鍛えておけば、後が楽になるから」
「はぁい」
文句は言うものの忠犬の如く従順なカルミナに微笑ましく思いつつ、これからのトレーニングのことを考える。
しばらくは先程カルミナに伝えた通り、身体作りと素振りを中心として行うことになるだろう。成長途上の子供の身体は、高負荷を掛ければ簡単に怪我をしてしまうからその方がいいと考えたが、この世界の子供が地球の子供と同じ考えに基づいて判断してもいいものかは悩み物だ。
とはいえ、大人に比べれば脆いこともまた事実。この点に関しては、これからやっていく上で調整していく形でいいだろう。既に授業の鍛錬でかなりハードに動いているし、無茶なトレーニングをする必要はないはずだ。
そして、ボク主導の追加トレーニングは恙無く進んで行った。クランチや空気椅子のような、午後の鍛錬ではあまり鍛えないインナーマッスルを中心としたものや、坐禅のような精神的な成長も見込んだメニューも組み込んでみた。
五分程度の休憩を挟んで素振り千回を現在行っている。ボクは既に終えて、カルミナとイセリーがあと十回程度のところだ。アトラは筋力がボクらよりも少ないこともあってか、百回近く遅れている。
「きゅう……せぇん……うでがぁ」
千回素振りを終えたカルミナが、その場にへたり込む。女の子座りでペタンとお尻を付いて、ピクピクと痙攣している腕をなんとも言えない表情で見ている。その隣で、数秒遅れてイセリーも終える。こちらは、息こそ上がっているものの、カルミナのようにヘタリ込みはしない。
「お疲れ様、二人とも。はい、水」
氷で作ったコップに水を入れ、二人に手渡す。礼を言って受け取った二人は、カルミナは一気に、イセリーは半分ほど飲んでコップから口を離す。
「これ、毎日するの?」
「そのつもりだけど、無理はいけないからね。様子を見てやらない日も作るつもりだよ。少なくとも、明日は希望者のみやる予定」
「ほんと!?」
「私はやろうかな。ここでミナに差を付けておかないと、魔法で勝てない分剣で補わなきゃいけないから」
「んなっ」
イセリーの言葉に、カルミナが口角をピクピクさせている。強く瞼を閉じ、ゔ〜……と喉をしばらく鳴らしたかと思うと、ガクッと項垂れた。
「……あたしもやるます」
「あら、無理はしなくてもいいのに」
「無理じゃないやい! イセリーに勝つためなら、このくらいどうってことないもんね!」
子供のように言い返す。実際子供だが。
そうこうしているうちに、アトラも素振り千回を終えたらしく、こちらへ歩み寄って来た。
「プロティアさん、次は何でしょうか?」
「えっ、まだやるんですか!?」
嘘でしょ!? という感情を全面に出したカルミナが、アトラの発言にほぼ反射的に反応する。
「ええ。私は人より強くなるのに時間がかかりますので、人の数倍頑張らなければなりませんから。お二方は、ご無理をなさらず休んでください」
カルミナは若干引いている。無理もない。ボクもさっきの素振りでそれなりに腕が張っているし、これ以上は怪我に繋がりかねない。元より筋力がないアトラであれば、尚更の事だろう。
「アトラ、今日は終わりにしよう。頑張るのは結構だけど、無理することと頑張ることは別だ。引き際を見極めるのも、上に立つ者として必要だと思うよ」
「……反論の余地もありませんね。分かりました。今日は終わりにしましょう。また明日、お願いしますわ」
「うん」
木剣を全員分集めて元の場所に戻し、四人で屋内修練場を後にした。この後は、お風呂に入って夕飯を食べ、そのまま寝るだけだ。
それにしても、アトラがストイックなことは前々から分かっていたことだが、先程のアトラは今までにないほどだ。いつもなら自分の限界を把握して無理のない範囲で休みを取るのに、今日に限ってはボクが言うまで休もうとしなかった。まるで、何かに急かされるようにトレーニングを行っていた。
もしかして、唯勇流をやめるように勧めたことが、理由なのだろうか。いち早く強くなって、唯勇流でも戦えるのだと示したがっている? その為に、多少無茶だとしても、ハードトレーニングを行おうとしている?
もしそうなのだとしたら、何とかしてやめさせなければならない。ハードトレーニングというものは、きちんと管理を行った上で行うから効果的なのであって、ただひたすらに無茶なトレーニングを行っても、疲れが溜まって怪我の可能性が上がるだけでメリットは何も無いのだから。
週末まで待っていられない。一応、今のところアトラはボクの指示に従ってくれているため、本人が納得の行く形でトレーニングを組んで、今の状況の改善を図らなければ。それに、アトラに対して出来ることはそれだけでも、裏で動くことは出来る。週末前に一度、フェルメウス宅を伺って作戦会議を行おう。
今後の方針がある程度固まった。何としても、上手くやらなければならない。
カルミナ達と楽しげに話すアトラを見て、その思いを更に強めた。




