ラプロトスティとの試合
突如としてボク対ラプロトスティさんの試合が決まり、その準備が進む。準備と言っても、アトラさんが観客に回って、ラプロトスティさんが剣を持って位置についただけだが。
粗雑な印象を受ける人ではあるが、その立ち居振る舞いは実に美しく、無駄がない。一挙手一投足に神経が張り巡らされ、付け入る隙は全く見当たらない。むしろ、この性格は強者である故の余裕なのではないか、とすら思えてくる。
木剣を肩に乗せ、トントンと上下させているラプロトスティさんの正面に立ち、先程と同じ木剣を正面に構える。一度、視線を生徒達の方へ向けてみると、イセリーに肩を借りたアトラさんが心配そうな表情でこちらを見ていた。ラプロトスティさんの実力や人柄は向こうの方が知っているだろうし、ボクが心配されているという状況に、ラプロトスティさんが滅茶苦茶強くて、本音ではアトラさんの敵討ちをしようとしているのではないか、という一抹の不安を覚える。
とはいえ、一度申し出を受けてしまった以上やらない訳には行かない。
ボクが視線を戻したのを準備が整ったと受け取ったか、ラプロトスティさんが肩に担ぐように持っていた剣を、正面に構える。ふと、デジャヴのような感覚が生じる。しかし、すぐにその原因には思い至った。アトラさんの構えと同じなのだ。寸分違わず。
恐らく、アトラさんが真似をしたのだろう。憧れているのだから、その可能性の方が高い。適性に合わない太刀筋だったことも、それで納得が行く。
視界の端で、溜息を吐いて少々面倒そうな様子を見せるフルドムが手を上げる。
呼吸を整え、集中力を再び高める。相手の実力は未知数だ。初めから全力で臨むべく、ゾーン状態に入るまで意識を沈める。
「初め!」
フルドムの声が響くと同時に、ラプロトスティさんが地面を蹴った。
十メートル程度の距離を三歩で駆け抜け、一瞬でボクの目の前に接近する。下段からの左斜め斬り上げを、正面に構えた剣で受ける。
「ぐっ……!」
受けきれない……!
肘を曲げて衝撃を殺そうとするが、あまりのパワーにプロティアの筋力では持ち堪えることが出来そうになかった。
即座に後ろ向きに地面を蹴ってバックステップで距離を取るが、次の瞬間には追撃が襲ってくる。右手だけに木剣を持ち替え、右からの水平切りを屈んで躱す。次の垂直斬り下ろしを、左半身を引きながら、ラプロトスティさんの木剣の側面にボクの木剣を当てて軌道を逸らし、回避する。
跳ね返るようにして黒褐色の木剣が首元に迫る。腰を落とし、引いた左足で地面を蹴り、ローリングでラプロトスティさんの背後に移動する。回転の勢いそのまま立ち上がろうとする中、ラプロトスティさんが振り向きざまに左手だけで持った木剣を振り下ろしてくるため、前方への勢いをそのまま利用して、側転で回避しつつ体の向きを整える。
地面に足が着くと共に右手だけで持った剣を正面に立て、ラプロトスティさんと向かい合う。こちらは若干息が上がっているが、向こうはあれだけ動いていながら深呼吸の一つで呼吸を整えてしまう。目を細め、口角を鋭く上げた笑みを浮かべる様子は、正に強者といった風貌だ。
「初めの一撃で決めるつもりだったんだけどなぁ」
「……簡単に終わったら、つまらないでしょう?」
「分かってるねぇ、そう来なくっちゃ!」
スピードはまだ追い付ける。互角か、状況次第ではボクの方が上を取れるくらいではある。ただ、パワーに関しては向こうに軍杯が上がる。一撃に重きを置く剣筋なのはアトラさんと相違ないが、その威力は桁違いだ。たった一度正面から受けるだけでも、体勢を崩されて負けが確定するだろう。
ならば、こちらがスピードで推して、向こうに力勝負をさせないようにすればいい。幸い、ボクはどちらかと言えばスピードでの勝負を得意としている。攻撃の隙を与えず、一気に押し通す!
「シッ!」
短く息を吐いて、一気に接近する。ラプロトスティさんがリーチ内に入ると同時に、右下に下げていた剣を左上がりに振り上げる。容易く防がれるが、左方向に生じたベクトルと接近の際の前方向のベクトルが合わさった左前への勢いを利用して、ラプロトスティさんの右手側に移動する。左へ振り切れる前の木剣を、手首の切り返しで右へ薙ぎ払う。屈んで躱される。
脇腹を狙った一撃を大きく飛び、ラプロトスティさんの頭上を越えたことで空を切らせ、飛び越えざまに一撃を見舞う。しかし、それも防御される。
着地をし、すぐにバックステップで距離を取る。時間を置かず再び駆け寄り、担ぐようにして構えた剣を振り下ろす。交差するようにしてラプロトスティさんが受け止め、ニヤリと笑みを浮かべる。このまま弾いて、決着を付けようという魂胆だろう。
その笑みは、コンマ数秒後に鳩尾に食い込んだボクの拳により歪んだ。ゴッという重い音に次いで、ラプロトスティさんが肺の中の空気を吐き出す。その隙に一歩下がり、後ろに引いた剣で喉元を狙って刺突を繰り出す。勝った。
そう思ったのも束の間、ボクの剣はピクリとも動かなくなった。その細い首に触れる直前、ラプロトスティさんの左手が掴んだのだ。
頭一つ分背の高いラプロトスティさんは、そのまま掴んだ剣を頭上まで持ち上げる。剣を奪われる訳にも行かず、離すまいと力を込めたボクは、そのまま足が地面から離れ宙ぶらりんになってしまう。目の前に現れた威圧感で淡い光を錯覚するサファイアのような瞳が、ボクを貫くように真っ直ぐ見てくる。紅の塗られた唇が半月を描き、視界の端で肩の高さに剣が持ち上がるのを捉える。
このままでは負けると確信し、宙に浮いた、良く言えば自由になった足を後ろに引き、戻る勢いを利用してラプロトスティさんの顔目掛けて蹴り上げる。上体を逸らして回避されるが、水平に振られた剣は空を切る。
両腕の腕力で剣に体を引き寄せ、蹴り上げた足を勢いそのまま胸に引き寄せる。それと同時に体を捻り、剣を奪い返す。流石のラプロトスティさんも、ボクの体全部を使った回転を握力だけで打ち殺すことは無理だったようだ。
空中で右回りに回転する中、ラプロトスティさんが剣を頭上に持ち上げていることを知覚し、奪い返した剣を頭上に持ち、左手を刀身の腹に添える。右手だけで振り下ろされた一撃は、防御の構えを取ったボクの剣の刀身を折らんばかりの衝撃を加えるが、空中にいて受け切る必要のないボクは、剣の角度を調整し、その攻撃を利用してラプロトスティさんの股下をスライディングで潜り抜ける。
背後に全身が抜ける。滑る速度も消失せぬ中、体を捻って向きを変えつつ、手で地面を押し、滑る勢いを利用してそのまま立ち上がる。一度バックステップで追加の距離を取り、着地の瞬間、魔法で地面を少し隆起させる。
クラウチングスタートをする際に使う、スターティングブロックの様に傾斜を付けた突起に足を掛ける。膝を曲げ、上体を限界まで前へと傾ける。両手で持った剣を右側に構え、脚に意識を集中させる。足裏と地面の間に空気を圧縮させ、解き放つと同時に地面を蹴る。
「ぜああっ!」
雄叫びを上げながら、前傾を保って空気抵抗を減らし、地面に着地することも無く一気に距離を詰め、剣のリーチにラプロトスティさんが入る直前に剣を振るい始める。体の捻り、肘の伸ばし、手首のスナップ全ての加算要素を組み合わせ、今出せる最大火力の剣技を以て、目の前の強敵に決着を付けに挑む。
左回りに回転したラプロトスティさんが、左下がりのボクの剣に対して、左上がりの剣で一撃を受け止める。かなりの速度で近付いたボクを受け止めたことにより、周囲に衝撃が生じる。一瞬の膠着。ラプロトスティさんの位置が数センチ下がる。僅かに押した感覚。直後、ラプロトスティさんの目に光が点ったように見えた。そう思えたかどうかも分からない。ボクの剣は、大きく弾き返されていた。
ボクの体が完全に晒され、防御しようにも回避しようにも、反動で上手く体を動かせない。
ラプロトスティさんが右半身を引き、両手で持った剣を限界まで引いた。流石にこの一撃をまともに喰らえば、命が危うい。そう直感で悟った時には、予備動作は終わり音速に迫ろうかと思わせるような突きが、ボクの胸の中心を目掛けて動き始めていた。
刹那、胸を覆う革製の防具に魔力を纏わせる。魔力は剣に纏わせると耐久力が上がり、切れ味も上昇するのだが、それは剣の固くて切れる、というイメージを増幅させているのだとボクは推測を立てている。つまり、防具に纏わせた魔力は、攻撃の威力を抑えられるのではないか……と思い、この行動に至った。
木剣の切っ先が心臓の真上を突く。コンマ数秒の間だったため纏わせられた魔力は少なく、魔力が集まると淡く光るのだが、その光すら目視出来ないほどの即席防具となった。しかし、その効果は期待値以上で、本来ならば骨の数本は終わっていただろう一撃を、かなり抑え込むことに成功した。
とはいえ、魔力を纏わせたからと言ってボクにかかる衝撃までは抑制できない。体勢的にその場に踏み留まることも出来ず、吹き飛んだ。数メートル宙を舞い、一度地面を跳ねる。右手に持ったままの木剣を地面に突き立て、そこを軸に姿勢を立て直す。両足を地面に着け、減速を試みる。地面は土で固く、かなり下に押し込まないと剣が持っていかれそうになる。剣を両手で持って更に押し込む力を加え、壁までに止まれるか、と若干の安堵を抱きかけたのだが──
──バキッ
「んなっ」
刀身の半ばで木剣が折れた。摩擦の力が足だけになり、慣性の法則で上半身が後ろに傾く。足が地面から離れ、お尻から着地。後方へのエネルギーがお尻への摩擦力によって回転エネルギーへと変換され、二度後転をしてやっとのことで止まることが出来た。回転の勢いで海老反りになっていたため、頭上にあった足を下ろして仰向けになる。
胸部への強い衝撃と地面に何度か打ち付けられたことによる痛みでしばらくの間呼吸ができなかったが、仰向けに寝転がって数秒もすると、やっとの思いで呼吸を再開する。荒く何度か吸って吐いてを繰り返し、一度深呼吸を挟むことで落ち着く。回復魔法でダメージはある程度治療してしまう。体も動きそうなので、寝っ転がったままだと服や髪が汚れてしまうのもあって、痛む体に鞭打って起き上がる。
「痛ってぇ……」
「全力の一撃を『痛ってぇ』で済まされる身にもなって欲しいなぁ」
少しぐらつく視界の中で、ラプロトスティさんが手を差し伸べてくれていることに気付く。ありがたくその手を握り、引っ張ってもらう勢いに従って立ち上がる。
「殺す気ですか」
「んー? 君ならどうにかすると思ってね。あー、スッキリした!」
「……結局、アトラさんの仕返しだったんじゃないですか」
「違う違う、そういうのは本人がやらないと。私のは、可愛い妹を傷付けられてムカついたのをぶつけただけ、私のため、だからアトラの仕返しとかじゃない」
大差ねぇだろ、と思わなくは無いが、一応ベクトルの違いはありそうなのでそれで納得しておく。
「それに、君も一発入れたでしょ? その仕返し」
ニッコリと笑みを浮かべながら、左手で鳩尾をトントンと叩く。それを言われたら何も言い返せない。実際、鳩尾への攻撃は場合によっては命に関わるのだから。
「それにしても、肋骨の三本くらいは持っていくつもりだったんだけど。どうやって耐えたの?」
「防具に魔力を纏わせたんですよ。少しは耐久力が上がると思って」
「な〜るほど。それでピンピンしてるわけだ」
ピンピンはしてない。まだ全身痛くてゲームならストレス値が上昇中だ。大した怪我はないから治療は既に終えているが、アトラさんにも言った通り一度受けた痛みはしばらく残り続ける。言うなれば脳の錯覚だ。幻肢痛と似たようなものだろう。
「ラプロトスティ、ちょっといいか」
いつの間にかフルドムが隣に立っており、少々険しい表情を浮かべていた。
「ん? なあに、先生」
「しばらく生徒の指導を任せて構わないか? アトラスティを保健室へ連れて行って、プロティアと話をしたい」
「いいですよ。よーし、ビシバシ行くかぁ!」
「初日だから手加減してやれよ……プロティア、分かってるな」
これは説教かなぁ。ボクに拒否権はないため、頷いて同意を示す。
「アトラスティも着いて来てくれ」
フルドムが声を張ると、他の生徒達とフリーズしていたアトラさんが肩を借りていたイセリーから離れて、ゆっくりと近付いてきた。
「プロティアから治療は受けているようだが、念の為医務室に行っておこう」
「あ、分かりました」
若干放心気味だったアトラさんが、状況の処理をやっと終えたかのようにハッとして承諾する。
ラプロトスティさんにこの場を任せて、ボク達三人で校舎に向かった。




