三年の時を経て3
部屋に戻った後も、なんだかんだで慌ただしかった。
最初と比べ、石化こそしなかったものの、二人の動きはかなりぎこちなかった。妙に全身が力み、同じ側の手と足が出ていたくらいだ。
使うベッドも決めた。寮の部屋には二段ベッドが二つあり、それを四人で分けて使うことになる。平民の二人に、「アトラスティ様の上や下で寝るなんて無理!」と言われてしまったため、最終的に東側のベッドをカルミナが上段、イセリーが下段、西側のベッドをアトラさんが上段、私が下段という割り振りで使うことになった。
夕方になり、私達は四人で食堂に向かい、夕食を食べた。この学園の食堂はメニューから料理を選んで料理人さんに作ってもらい、それを食べるという方式だ。
私達はそれぞれ違うものを選び、シェアしつつ食べた。カルミナとイセリーはアトラさんが手を付けた料理は食べられない、と言っていたが、アトラさんがこんなに食べられないし残すのももったいない、と言ったため、死を覚悟したような表情をしながら食べていた。美味しさと食べづらさを表すかのような二人の表情は、実に傑作だった。
その後は、部屋でしばらくのんびりした後、四人で一緒にお風呂に入った。同年代の中では飛び抜けて大きいであろうカルミナのおっぱいに私とアトラさんが興味津々に食いつき、どうやったらこんなに大きくなるのか、という談議に花を咲かせた。カルミナはその状況にあぅあぅと何も言えなくなり、それをイセリーが楽しそうに眺める、というなんとも楽しい時間だった。
そして、日は完全に落ち、夜となった。既に日にちが変わっている頃だろう。私は、眠れない夜を過ごしていた。
使い慣れていないベッドだからだろうか、布団にくるまってから二時間は経っただろうに、全く寝付けない。他の三人はとっくに眠りについている。カルミナに至っては、一番最初に寝息を立て始めたくらいだ。二年間寝ない覚悟をしていたくせに。
「……お手洗いに行って、ちょっと外の空気でも吸いに行こうかな」
学園の規則で、午後十時以降は睡眠の時間となっているのだが、学園の敷地から出なければ別に寝なくてもいいし、寮の外に出ても問題ない。
用を足した後、寮の入口から外に出る。この時間には寮長もとっくに寝ているし、鍵は内側から自由に開け閉めできるため、寮を出るのは簡単だ。ただ、学園を出ようとすると警備係の人がいるから、簡単な話では無い。まあ、学園を抜け出すことなんて、余程のことがなければしないと思うが。
空は少し曇っていて、月明かりはほとんどなく真っ暗だった。少し嫌な感じだな、と思いつつ、明かりを得るべく魔法の式句を詠唱する。
「命の灯火、ラフマ」
火属性魔法の最も簡単な魔法を使い、小さな火を右手の掌の上に作る。この魔法は属性句にラフマを言うだけで使えるが、もっと上位の魔法になれば、難解で長ったらしい詠唱が必要になるため、たまに魔法を使うのが面倒に感じることもある。
小さな火によって明かりと温もりを得た私は、少し寮の周りを散策する。
寮と校舎の間を西へと進み、寮の一番端へと来た。寮の奥――北の方向に視線を向けると、五フォティラスはありそうな巨木が、何本か並んで生えていた。
「なんの木だろう」
植物にはそこまで詳しくないから種類までは分からない。とはいえ、この立派さなのだから、きっといい名前が付いているのだろう。
そう結論付けて、奥へと進んでみる。
一番奥まで進むと、最奥の木だけ切り株であることに気付いた。切り口の直径と他の木の幹の太さを比較してみるに、この木はかなり前に切られたのだろう。
近寄ってしゃがみ、火を近づけすぎないように気を付けながら、左手で断面を撫でる。余程の手練が切ったのか、断面はツルツルで木片が指に刺さるなんてことはない。
そして、指先のひんやりと冷たい感触とは対照的に、胸の奥がほんのりと温かくなる。
「……懐かしいな」
私は、三年前までシンド村という、フェルメリアの西門を出て馬車で十分ほど森の中を進んだ場所にある、小さな村で暮らしていた。シンド村で暮らしていた頃、私は村唯一の宿屋で育った。育ての親が、そこの経営をしていたのだ。
その宿屋の前には、この切り株ほどではないが、子供が椅子にするには丁度いいサイズの切り株があった。私はそこに座るのがお気に入りで、宿のお手伝いが終わった後は、よくそこに座って空を眺めていた。多分、宿の利用者にとっては、宿の目印兼マスコットみたいな存在だったと思う。
「……座っちゃえ」
火を消滅させて、寝間着が汚れるのは少し気になるが、童心に導かれてそのまま座る。
布越しにお尻から冷たさが伝わり、一瞬ブルっと震える。先にお手洗いに行っておいて正解だった。
「……ちょっと固いかな」
村の切り株とは木の種類が違うからか、はたまた私が三年間鍛えたせいでお尻の筋肉が付いたからか、座った感触は少し固かった。でも、そんな違いは気にならないくらい、懐かしさが込み上げてきた。
空を見上げる。晴れていれば、きっと星がたくさん輝いて、月も明るくて、綺麗な夜空をしているのだろう。今日は曇っていてどちらも見えないが。
次はもっと晴れてる日に来てみよう、と密かに誓い、視線を下ろす。その時、頬を水滴が伝っていることに気付く。
耳を澄ませてみるが、雨が降っている様子はない。つまり、この水滴は涙だ。
そう思い至った瞬間、脳内に三年前の光景が浮かび上がり、小さく悲鳴を上げて頭を抱え込む。肩が震えて、手も震えて、恐怖が私を包み込む。
「……なきゃ。やらなきゃ。こうなった時のために、三年間頑張ったんだから!」
歯を食いしばり、顔を上げる。まだ涙が目尻から一滴、一滴と頬を伝うが、そんなことは無視だ。さっきと同じように火を作って明かりを得て、走って寮の中に戻り、鍵を閉めてから三人が起きないように気を付けつつ部屋に入る。
そして、出来る限り音が出ないように慎重にしつつ、私の荷物が入った収納から学園配布の制服と革製の防具、ユキの父親から継いだ剣、ユキから貰った防具、外套を取り出す。
残り時間は大体二、三時間。余裕があるからこそ、やれるだけの準備をしよう。




