三年の時を経て2
「俺はフルドムだ。このAクラスを担当する」
荷物を寮に預け、入学式も無事に終えた後、私達は技能試験上位者向けの教室、創始者が付けた名称がAクラスの教室へと集まった。ここには、一ヶ月前の技能試験における上位三十名が集まっている。
見た感じ、ほとんどが貴族だろう。さすがと言うか、当然というか……とはいえ、貴族らしからぬ雰囲気を持つ人も何人かいる。恐らく、平民か貴族の中でも少し特異な人だろう。
「これから二年間、お前達はここで己を磨き、生きる術を身に付けることになる。身分、生まれ、育ちなどは、一切関係ない。ここでは、実力のみが物を言う。もし不相応と判断されれば、Aクラスから追い出され、下のクラスへと編入されることになるから、気を抜かないように」
クラスを追い出される、なんてこともあり得るのか。でも確かに、付いて行けなくて学園の授業が辛くなるよりは、身の丈に合ったレベルの授業を受けた方が最終的にはいいのかもしれない。
「では、今日はこれで解散とする。寮の部屋割りは個人の自由となっているため、今日中に寮長を通して決めるように。明日からは午前七時から八時の間に朝食を済ませ、九時から授業を行う。決して遅れないように」
そう言うと、フルドム先生は教室を出ていった。忽ち、教室の中が騒がしくなる。貴族と思われる男子はアトラさんや他の貴族の女子に集って、何やら話をしている。もしかしたら、あわよくば縁談を、などと思っているのかもしれない。
そんな教室内の様子に呆れていると、二人の女子が私の方に近付いてきた。一人は肩口で切り揃えた、少しツンツンと尖った黒髪で、胸の大きな少女。もう一人は背中の半ばくらいまで伸ばした茶色の髪をうなじで紐でまとめ、一重の瞼の下に髪と同色の目をした、お姉さんのような雰囲気のある少女だ。
先んじて駆け寄ってきた黒髪の少女は、しゃがんで腕を私の机に乗せ、更に顎をその腕の上に乗せて、私を見上げるような体勢になった。少し遅れて、茶髪の少女がその後ろに立つ。それとほぼ同時に、黒髪の少女が私を見上げつつ口を開いた。
「貴族の人達が集まってないってことは、もしかしてあなたも平民?」
女子なのは間違いないのだが、どこか少年味を感じる顔立ちの黒髪少女が、気さくな感じに話しかけてくる。この子の言い回しを適応するなら、この二人も平民になるのだろう。
「うん、そうですよ」
「やっぱり! よかったー、あたし達以外にもいたよ、イセリー!」
「そうね。とりあえず、自己紹介をしましょうか」
黒髪っ子が振り返って犬のように喜んでいるが、イセリーと呼ばれたお姉さん系の少女は、透き通るような綺麗な声で、自己紹介を提案した。なんというか、この二人はまるで犬と飼い主だ。まあ、犬と言っても魔物なので、飼育する人は滅多にいないが。
「はーい! あたしはカルミナ。ケルシュニルって服屋の一人娘だよー」
よろしく、と言いながら、顎の下に敷いていた右手を差し出してくる。それに応えて、私も右手を出して握手をする。
ケルシュニル。この国フォーティラスニアの公用語であるフォーティラ語における、煌びやかなという意味の形容詞だ。
実際、呉服店ケルシュニルは貴族も訪れる人気店で、色々な種類の衣服を手掛けているらしい。貴族のドレスから平民の私服、更には冒険者の布や革製の装備なんかも作っており、オーダーメイドも受け付けていると聞いたことがある。店名に勝らずとも劣らない、いい店だと思う。まあ、私は行ったことないのだが。
カルミナとの握手を終えると、後ろに立っていたイセリーが自己紹介を始めた。
「私はイセリーです。農業区の端の方に住んでる、細工師モールドの娘です」
細工師モールド……確か、冒険者さん達が言うには、腕は確かだが気難しく、完璧主義ゆえに完成に時間がかかるから、中々頼みにくい方らしい。でも、本当に腕はいいらしく、頼んだものを希望通り、時にそれ以上の出来で作ってくれるのだそうだ。
私もいずれ冒険者になる予定だし、もしかしたら世話になることもあるかもしれない。今のうちにちょっとしたコネを作るのも、ありだろう。
イセリーとよろしくと言い合い、二人の自己紹介が終わり、私の番となった。ただ、二人と違ってこれといった情報もないから、どう紹介したものか。
「私はプロティアと言います。えと、一応、特待生です」
「特待生!?」
「凄いですね!」
二人の目がキラキラと輝いて見える。どうやら、すっかり興味を持たれてしまったらしい。とはいえ、恐らく二年間、もしかしたら卒業後も仲良くしていくだろうから、興味を持ってもらえるくらいがちょうどいいのかもしれない。
「あ、そうそう。あたし達一緒の部屋にしよって話してたんだけどさ、プロティアも一緒にしない? 貴族様と一緒だと落ち着かないしさ」
「私からもお願いします。あまり迷惑はかけないようにするので」
この提案は願ったり叶ったりだ。私も、貴族と同じ部屋だと、特待生ということもあり嫌味を言われるんじゃないか、と覚悟をしていた。そのため、平民で部屋がほとんど埋まるのは、凄くありがたい。
「いいですよ。二年間、よろしく」
頭の端っこが少しムズムズするような感覚がしたが、原因が分からなかったため、無視して同室の申し出を受け入れた。
――のはよかったが。
昼食をとった後、寮の角部屋を運良く獲得し、荷物を運んで片付けた後は、部屋でのんびりと雑談をしていた。私がどうやって特待生になったのかだったり、私の左手の傷跡はなんなのかだったりと、基本的に私についての質問ばかりだったが。
しかし、平民だけの落ち着いた時間は、長くは続かなかった。部屋を決めた約三時間後、ベッドに座っての雑談に一区切り着いた頃、四人目、即ちこの部屋の最後の一人が入ってきたからだ。その最後の一人こそ――
「アトラスティ・フェルメウスと申します。アトラとお呼びください。三年間、よろしくお願いしますわ」
そう、この街の領主の娘、アトラさんだったのだ。
忘れてた、私、入学式の前にアトラさんと友達になったんだ。ということは、同室になる可能性が高い。カルミナとイセリーの誘いが嬉しくて忘れてたけど、これは二人に凄く申し訳ない。
アトラさんは侯爵――上級貴族だ。平民の私達は本来、崇め奉らなければならない存在。そのような人と、二年間同室として過ごさなければならないのだ。どう考えても冷静でいられるはずがない。
案の定、二人は私の両隣で石となっている。全く動かない。呼吸をしているのかすら怪しいレベルだ。
ここは、私が何とかしなければ……! という決意をもって、アトラさんに話しかける。
「えっと……ちなみにですがどうしてこの部屋に? ここ、私も含めて平民しかいないので、アトラさん的には居心地悪いのでは……」
居心地悪いのは私達の方です、とは言えないため、とりあえずアトラさんに寄り添う形で理由を聞いてみる。
「別に、居心地が悪いということはないと思いますが……主な理由としては、二つですわ。一つは、せっかくの学園生活を友達と過ごしたいから、ですわ」
それを聞いた瞬間、両隣の石になった二人に対する申し訳なさが、更に膨れ上がった。後で何か言うことを聞くくらいした方がいいかもしれない。
「も、もう一つは?」
「この領地を統治する者の娘として、領民の暮らしがどのようなものか、見ておきたかったのです。ですから、私のことは貴族としてではなく、同い歳の友達として扱って頂いて構いませんわ」
無理です、とはとても言えない。それに、そもそもこの事態を招いたのは私なのだ。二つ目の理由によって、私が関わらずともこうなっていた可能性はあるが、可能性を増大させたのは私だ。責任を取らなければ。
とにかく、まずは石化している二人を何とかしよう。
「えっと……アトラさんと同じ部屋になれたことは凄く嬉しいです。私も、友達と一緒に過ごせたらいいな、って思っていたので。それでその、一度私達平民組だけで、お手洗いに行ってきてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんが……あ、そういうことですか。すみません、いきなりのことで驚かせてしまいましたね。私は荷物の整理などをしていますから、どうかお二人のこと、お願いしますわ」
どうやら、アトラさんも状況を理解したらしい。三人でお手洗いに行く許可はもらえたので、とりあえず二人に「お手洗いに行こ」と呼び掛ける。が、相変わらず石のままだ。
仕方ない。ここは多少強引だが、無理やり引っ張って行こう。
「お手洗い行くよー、二人ともー」
左手でカルミナの左手を、右手でイセリーの右手を掴み、二人を引っ張る。その刺激でやっと自我を取り戻したのか、もう一度「お手洗い行くよ」と話し掛けると、戸惑いながらも揃って「うん」と返事をし、私の後を着いてきた。
寮は三階建てで、それぞれの階にそれぞれの学年の生徒が暮らしている。今年は、一階に私達一年が入り、二階に二年が入っている。三階は教師や部屋が足りなかった場合の予備としてあるらしい。形状としては校舎と同様に東西に長く、東半分が女子寮、西半分が男子寮となっており、性別を分断するように中央に階段と南北方向の通路がある。
この通路を北に進むと、右手に女子トイレ、左手に男子トイレ、正面にお風呂がある。といっても、お風呂があるのは一階だけで、二階は食堂、三階は物置となっている。
女子トイレに入った私達は、それぞれ個室で用を済ませ、私の魔法を使って手を洗った――平民は基本的にトイレの後には手を洗わないが、私は汚いのがあまり好きではないため魔法で水を作り、洗うようにしている――後、トイレ前に集まった。
「プロティア。どういうことか、教えてもらえる?」
話を切り出したのは、イセリーだった。その目には若干の疑いが混じっており、恐らく私が平民だと偽っていたのではないか、という疑惑が掛けられているのだろう。
その横で、イセリーのその様子を察したのだろうカルミナが、場を鎮めようとしているのか、あたふたとしている。
「とりあえず、この状況を生んだことについて、ごめんなさい」
深く頭を下げる。これには、今ここで首を切られても構いません、という意味が込められており、謝罪の際には誠意を示すためにすることが多い。
今イセリーがどのような表情をしているのかは分からないが、とにかくこれで気を鎮めて欲しい。
「謝罪は受け取りました。それで、あなたに聞きたいのは私達に嘘をついたのかどうかなの」
さっきまでよりワントーン低くなった声で、威圧するように聞いてくる。話をすべく頭を上げて面と向かってみると、イセリーは目の笑っていない笑顔を浮かべており、その恐ろしさに全身の体温がサーッと下がる感覚がする。この恐怖は、アトラさんの騎士さん達に気付いた時よりもずっと大きいように思える。
それでも、ここは私が取り持つべき場面であることは確実なため、意を決して説明をする。
「私が平民っていうのは、嘘じゃないよ。少なくとも、平民として育ってきたし、爵位なんて持ってない。アトラさんとは入学式の前、校門で偶然一緒になって、その時少しだけお話して仲良くなったの。ほら、アトラさん、さっき友達と過ごしたいって言ってたでしょ?」
私の話に口を挟むことなく、目の笑っていない笑顔を浮かべたまま、イセリーは話を聞く。そして、私の説明に納得してくれたのかは分からないが、一度深く溜息を吐いて、表情を和らげた。今度はちゃんと目も笑っている。
「ごめんね。突然の事でちょっと頭がこんがらがってたの。でも、プロティアがちゃんと話してくれたから、ある程度状況は理解出来たわ」
「そ、そっか。ならよかった……」
緊張した雰囲気も和らぎ、安堵に胸を撫で下ろす。
「でも、アトラスティ様と二年間も同じ部屋で過ごすなんて、どうしたら……」
「多分、大丈夫だと思うよ。アトラさんはそこまで権力! 粗相! 処刑! って感じの人じゃないし、話せばすぐに……とは行かなくても、そのうち仲良くなれると思う」
「そうかな……」
「あたし、夜寝られる気がしないよ……人って、二年間寝なくても生きていけるかな?」
「さすがに無理だと思うな。一週間……よくて十日くらいが限界だと思う」
好奇心で何度か何日間起きていられるかを試したことがあるのだが、眠気覚ましにいいと言われているキファラという黒くて苦い飲み物を飲んでも、五日が限界だった。一週間から十日という予想は、何日起きていられるかという実験を、ちゃんとした設備の下ですれば、この位は行けるのではないか、という予想だ。
それに、一日や二日寝ないだけでも頭はボーッとするし、情緒は不安定になるしで、いいことは一つもない。
「ミナは我慢強くないから、二日と持たなさそうね」
「そ、そんなことないもん! ……多分!」
イセリーの言う通り、二日ともたなさそうだ。
イセリーに対して頬を膨らませて可愛らしく睨んでいたカルミナだったが、頬を膨らませていた空気をぷふーと口から吐いて、私の方に顔を向ける。
「ねぇ、プロティア。アトラスティ様って、本当に怖くない?」
「そうだね……イタズラしたり、物を壊したりしなきゃ、大丈夫じゃないかな」
「じゃあ、余裕だね!」
自信満々にそう言うカルミナを横目に、イセリーと視線を交わす。
「ミナ、骨は拾ってあげるね」
「魔還しても、私達のこと忘れないでね」
「なんでぇ!?」
予想外の返答だったのか、カルミナは眉を外下がりにして不満を露わにする。その表情を見て、イセリーと私は再び視線を交わして、ほぼ同時に吹き出した。
「ごめん、ちょっとからかっただけよ」
「カルミナは弄りたくなる反応するから、つい、ね」
「なにさー!」
涙を浮かべて笑う私とイセリーに、カルミナが再び頬を膨らませる。しかし、すぐにぷーと息を吐いて、イセリーに優しい視線を向けた。
「カルミナ、どうかした?」
ちょっと意外な表情を見せたカルミナが気になり、聞いてみる。
「別にー。意地悪な二人のことなんて知らなーい」
そう言って、カルミナは一人先に部屋へと向かいだした。不思議に思いつつも、その後を追うようにして、私とイセリーも部屋へと戻った。
自分、ホロライブが好きなので登場するキャラは何人か、ホロメンを元にしてキャラ付けしています。将来この作品がアニメ化する、なんてことになった時は、元になったホロメンに声優担当してもらえたら、死ねるなぁ……