フェルメウス2
冒険者学園の入学式を終え、一晩が過ぎた。アトラスティは学園の寮の東端に位置する一室で目を覚まし、軽いストレッチをしながら自分が使っていた二段ベッドの下の段を見つめていた。そこは使用した形跡こそあるものの、触れてもヒンヤリと冷たく、最後に人が入っていたのはかなり前だと容易に分かった。使用者がアトラスティより一足先に起きて、どこかに行ったという可能性は低いということだ。夜中にベッドを抜け出し、それから帰ってきていないということになる。
本来そこは、プロティアという白髪紅目で貴族でもそういないくらいに整った顔立ちをした可愛らしい、アトラスティの新たな、そして最初の友達が使っているはずだった。しかし、彼女が目を覚ました時には既にもぬけの殻であり、先に起きてお手洗いや外にトレーニングにでも行ったのかと思って布団に触れてみるも冷たく、いなくなってかなりの時間が経っているためそれらの目的ではないのだろうと今は考えている。
あと二人の同室であるカルミナとイセリ―に聞いてみようにも、二人ともまだぐっすりと眠っており、アトラスティの記憶が正しければ、自分より先に眠っていたはずだからプロティアのことを聞いても意味はないだろうと結論付け、結局何も分からないまま時間だけが過ぎている。
「はぁ。朝食まであと一時間もないですのに、プロティアさんは一体どこに……まさか、夜中に出て行って以降帰っていないということはないと思いますが……」
寝惚けていたため時間までは把握していないが、アトラスティは夜中にプロティアが外出するところを見ている。しかし、その時プロティアは涼んでくると言っていた。そのうえ、アトラスティは上級貴族だ、あまり階級を気にすることを良しとしないアトラスティだが、自分より下の階級が自分に嘘を吐くことはそうそうないという自信はある。
これでもし嘘を吐かれていたら、少々手痛い罰でも与えようかしら、心配をかけさせたことも含めて――などと思いながら寝巻を脱いでいると、彼女の使っていない方の二段ベッドの下の段から、もぞもぞと衣擦れの音が聞こえてくる。このままだと肌着姿を見られてしまう、と慌てて制服を掴むが、音の根源であるイセリ―が目を擦りながら起き上がる。
「あっ」
アトラスティが慌てて手を伸ばすが、イセリ―が伸びをしようと上げた右手は、上の段の底板を勢いよく殴った。ガン、という痛そうな音にアトラスティは肩を縮めて苦笑いを受かべることしか出来ない。涙を浮かべて左手で右手の拳を摩っていたイセリ―だったが、少し左手を離したかと思うと、両手の間で薄黄緑の淡い光が灯る。少し血が滲んでいた細い指の傷が、ものの数秒で跡形もなく消え去る。回復魔法を使ったのだ。
アトラスティが、自分が全く使えないこともあり、魔法を使うイセリ―に目を奪われていると、痛みが引いて一息吐いたイセリ―の視線が彼女に向く。二度、三度と瞬きをしたかと思うと、首を痛めそうな速度で耳まで赤くした顔を背ける。
「あ、あのっ、お、お恥ずかしいところを……見せてるのは……えと、お、お互い様、でしょうか……?」
尻すぼみになるイセリ―の言葉に、アトラスティは自分の姿を見下ろす。左手には制服の上着を持っており、スカートはベッドの上に綺麗に置かれている。その横には、寝間着が上下どちらも畳まれて重ねられている――つまり、アトラスティは今、キャミソールにショーツというあられもない姿で立っているのだった。イセリ―同様耳まで顔を紅潮させたアトラスティは、すぐに百八十度回転して後ろを向いてから、上着の袖に腕を通す。
「は、はしたない姿をお見せしましたわ……すみません」
お互い恥ずかしくなり、言葉も交わさずにいる東端の寮室には、しばらくの間カルミナの寝息だけが聞こえていた。
制服に着替えたアトラスティとイセリ―がそれぞれの二段ベッドの下の段に腰かけて向かい合う。数分程経過したものの、カルミナは未だ寝ている。ただ、先ほどから寝返りの数が増えてきているため、遠くないうちに目覚めるだろう。朝食までに間に合えばいいですが、とアトラスティが少し心配そうにしているが、イセリ―は気にも留めていない。
「カルミナさんは朝食までに目を覚ますでしょうか?」
「え、そ、そうですね。あと十分もすれば起きると思います。起きなかったら無理矢理起こすので大丈夫です」
イセリーが緊張で喉を締めたような声で答える。たった一日共にしていたくらいでは、平民と上級貴族の階級の差による緊張は解けないようだ。アトラスティはイセリ―の様子に少しもどかしさを感じるが、すぐに適応したプロティアが特別なのだろうと思い直して、少しずつ距離を詰めて行こうと決める。恐らく、カルミナも同様になるだろう、と先んじて覚悟を決めておく。
イセリ―とカルミナは付き合いが長いそうなので、彼女の言葉を信じてカルミナは放置しておこう、とアトラスティはこの話題を終わりにして、プロティアについて聞いてみることにする。もしイセリ―が夜中に起きていれば何か聞けると思ってのことだが、物音や気配に敏感なアトラスティが気付かなったということは、イセリ―が夜中に起きていた可能性は低いだろう、とアトラスティは思っている。ただ、絶対ではないため聞いてみる価値はあるはずだ。
「ところでイセリ―さん。プロティアさんがどこへ行ったか、ご存知でしょうか? 昨夜、彼女が出て行くところを見かけたのですが、もしかしたらそれ以降帰ってきていないかもしれないのです」
「プロティア、ですか? ええと……すみません、寝付いてからさっきまで一度も起きていないので、分かりません。お役に立てず……」
「いえ、気にしないでくださいまし! 彼女はどこか、不思議な雰囲気を持つ方でしたので、何かに巻き込まれているのでは……と、少し心配なだけですわ。それに、眠っていたのなら知らなくて当然ですわ」
申し訳なさそうに俯くイセリ―に、アトラスティは両手を小さく左右に振って役に立てなかったという言葉を否定し、フォローを入れる。それを聞いてか、イセリ―はすぐに顔を上げて微笑を浮かべて礼を述べる。
イセリ―のことを責めるつもりはないが、アトラスティは何も情報が手に入らなかったことに少し落胆の色を滲ませる。もしこのまま授業までに帰ってこなかった場合、学園生の本分を無視するような人物とは思えないプロティアは、何か大きな事件に巻き込まれている可能性すら出てくる。フェルメリアはフォーティラスニアの中でも治安のいい領地だが、プロティアほどの美少女であれば誘拐の一度や二度あってもおかしくないだろう。
それに、彼女は魔法使いとしても優れている。王都騎士団の魔術師隊にも及び、いずれは過去最強と謳われている騎士団長にすら及ぶのではないか、とアトラスティの実家であるフェルメウス家の騎士や学園の教師である冒険者にも言われているくらいだ。その噂を聞いた裏組織やここ数年で活動が活発化している誘拐集団に目を付けられ、外に出た時に連れ去られたのかもしれない。ただでさえ魔法使いは希少なのだ、さらに優秀となれば狙われてもおかしくないだろう。
「……そのようなこと、ないと思いますが」
「どうかしましたか?」
最悪の状況をいくつか想定しているうちに表情が硬くなり、小さく声に出ていたアトラスティにイセリ―が問いかける。ビクッと肩を跳ねさせたアトラスティだったが、すぐに笑顔を向ける。
「いえ、何でもありませんわ。どうやら、カルミナさんも目覚めたようですね」
アトラスティが言うと同時に、東側の二段ベッドの上の段で人影がむくりと起き上がる。頭と天井が当たりそうなくらい近いが、ゆらゆらと揺れる頭の天辺はギリギリ触れていない。かと思うと、伸びをしようとしたのか突き上げようとした右手の拳がガンっと天井を勢いよく殴った。
「……友は似るのですね」
「……こんなところまで似たくないです」
苦笑を浮かべたアトラスティが、顔を赤くして呆れているイセリ―から回復魔法を右手に掛けているカルミナへと順に視線を移す。この二人とも友達になるつもりでいるが、同じことをしないように寝起きは気を付けようと、アトラスティは深く胸に刻んだ。
カルミナが目を半分閉じた状態で準備を進める中、アトラスティがプロティアについて聞いてみたが、彼女も何も知らないようだった。アトラスティ様の前ではもっとちゃんとしなさい、と両頬をイセリ―に抓 《つね》られて涙を浮かべるカルミナを横目に見ながら、アトラスティは右手で左肘を掴みながら目を半分伏せて、短く溜息を溢す。
結局、寮の室内では何も収穫はなかった。プロティアはアトラスティが見かけたのを最後に行方を晦まし、恐らくそのまま帰ってきていない可能性が濃厚だ、というアトラスティの推測は変わらないが、領主の娘と領民という関係かつ、クラスメイト兼ルームメイト兼友達であるプロティアの安否が心配なことも同様に変わらない。せめて、何があったのか、自分に出来ることはないのかくらいは知りたい、というのがアトラスティの偽りなき本音だ。
「先生に聞くのが、一番ですわね」
そう思い至り、朝食は後回しにして担任のフルドムがいるであろう職員室に向かうことにする。制服のボタンがすべて閉まっていること、スカートに皺が入ったり折れたりしていないことを確認してから、部屋の入口へと向かいドアノブに手をかける。
「すみません、朝食はお二人で済ませてください。私は少し、職員室に用がありますので」
話しかけたタイミングが悪かったのか、「わ、わかりました!」と言いつつアトラスティを向いて居直ったカルミナの、まだフックをかけていないスカートがずり落ちた。「にゃー!?」と猫のような悲鳴を上げながらスカートを履く姿に微笑ましく思いつつ、部屋を後にする。
まだ木材は新しく、しっかりと掃除の行き届いた廊下を西へと進む。部屋の前を通るたびに「起きな―」だったり「返して―!」だったりと、様々な朝の日常が垣間見えるかのように感じて少し覗きたいような気持ちが湧いてくるが、今はプロティアが優先と視線を前へと戻す。四人が揃えば、きっとそのような朝も過ごせるだろう、そう期待を膨らませて、左の視界が開けたところで一度立ち止まって体の向きを左に九十度回転させる。
「おはようございます、アトラスティさん。朝食はまだ済ませていませんよね?」
アトラスティは左側からかけられた声に反応して、視線を声のした方へ向ける。小部屋の中から、一人の女性が椅子に腰かけてアトラスティに視線を向けている。眼鏡を掛けて、名簿と思われる冊子を左手で支えている三十代半ばと思われる女性は、寮長を任ぜられているサラナスだ。もともとは腕利きの冒険者だったらしいが、パーティーが解散して以降、ここで教師兼寮長を務めている。声音は優しく、クラスBを超える魔物と戦っていたとは思えないほど美しく、温かい雰囲気を感じる人、というのがアトラスティのサラナスに対する印象だ。
アトラスティはスカートの両裾を軽く持ち上げながら、片足を半歩下げて腰を落とし、挨拶を返す。投げかけられた質問に二秒ほど内容を考えてから返答する。
「フルドム先生に少し聞きたいことがあるので、時間があれば後でいただきますわ」
「そうですか。朝食は一日の活力に繋がる、と創設者が言っていたそうなので、出来れば取ってくださいね」
「分かりました。では、失礼します」
もう一度軽くお辞儀をしてから、アトラスティは閉じられた寮の入り口の扉を開ける。隙間から爽やかな風がアトラスティに吹き付け、ふんわりと髪を靡かせる。太陽はまだ東の空の低くに位置し、寝起き一時間も経っていない目を刺激する。だが、アトラスティはこの太陽の光で体の中から眠気が飛んでいく感覚が、存外好きだ。体に残っていた怠 《だる》さが薄れ、頭の中の思考もはっきりとする。一日に一度しか味わえない、密かな趣味のようなものだ。
頭も体もすっきりしたところで、寮から出て扉を閉める。プロティアの痕跡がないかと辺りを見回してみるが、石畳の足場にはさすがに何も残っていない。諦めて視線を前に戻し、歩みを進めて北口から校舎に入る。
石を丁寧に敷き詰められた足場を真っ直ぐ進み、正面玄関の前まで移動したところで、進行方向を左に変える。校舎の構造は寮とほぼ同じで、中央に南北に延びる通路があり奥に全ての階でお手洗いがある。南端は東西に延びる通路となっており、中央の廊下と東西の廊下の交差部分に階段があり、別の階と繋がっている。一階には教師ごとの職員室や医務室、校長室といった教員が主にいる部屋が集まっている。アトラスティが今向かっている職員室は、正面玄関を入ってすぐ右手側、つまり今アトラスティが立っている場所のすぐ横だ。
一番近い白く塗られた木製の扉の前に立って、呼吸を整える。扉には下級文字でフルドムと刻印されている。フルドムはBランクの冒険者で、国内でもそれなりに名を馳せている。人との交流を主とした日々を送っているアトラスティだが、冒険者との関りはこれまであまりなかったため、少々緊張している。細く長い息を吐いたところで、覚悟を決めて三度ノックをする。中から足音が聞こえたかと思うと、扉が内側から開き人が姿を見せる。昨日も見た無精ひげを生やした焦げ茶色の短髪の男性は、まさにアトラスティが用のあるフルドムだった。
「アトラスティか。どうした、こんな時間に」
「おはようございます。今朝からプロティアさんの姿を見かけないので、何か知っているのではと思い伺いました」
「あー……すまんな、何も知らない」
一瞬視線が右下に逸れたかと思うと、すぐにアトラスティの目を見てフルドムが知らないと告げる。しかし、人との交流を主に生活してきたアトラスティは、人が嘘を吐くとき視線を右側に向ける傾向がある、ということを経験的に知っていた。フルドムの視線の動きを見逃さなかったアトラスティは、勢いよく、深く頭を下げる。髪が乱れることなど気にしない。なぜなら、それだけプロティアのことが心配だからだ。
「お願いします! 何か、少しでも知っていることがあるなら教えてください!」
「ま、待て! 頭を上げてくれ! ……分かった。俺が知っていることは教える。ただし、条件がある」
「何でしょう?」
頭を上げたアトラスティが、溜息を吐きながら無精ひげを右手でジョリジョリと擦るフルドムの顔を真剣そのものの上目遣いで見つめる。条件と聞いて一歩も引かない辺り、余程のことでなければ引かないだろう、と諦めたフルドムは、もう一度溜息を吐いて右手を腰に当てる。
「口外禁止の情報だ。もし俺がお前に話したために責任を取らされそうになったら、せめて罪が軽くなるよう手を施してくれ」
「そのくらい、当然です。私から頼んだことですもの、無罪まで交渉しますわ」
「そりゃ心強ぇ。生徒に聞かれちゃまずい、一旦中に入ってくれ」
そう言われた通り、アトラスティはフルドムに続いてフルドムの部屋の中に入る。扉を閉めてから振り向くと、フルドムは部屋の奥にある机の奥の椅子に腰を下ろす。机の上は貴族ですら購入に躊躇いそうな分厚い本が何冊も重ねられて置かれている。羊皮紙が床一面に捨てられており、近くに落ちているものを拾わずに見たところ、植物や魔物について書かれているものがほとんどだ。これから生徒に教えるにあたって、フルドムなりに知識を詰め込んだのだろう。
なるべく落ちている紙を踏まないように、足元に気を付けながらアトラスティは机に近づく。一メートルほど距離を開けて立ち止まり、机の上に視線を落とすと、そこにも何枚かの紙が置かれていた。そのうちの一枚に、見覚えのある名前がいくつか書かれたものを見つけ、注視してみると、どうやら入学前に行われた実技試験の順位表のようだった。上から、エニアス、プロティア、リーダラスリュ、アトラスティ、ペイトニラ……と続いている。
「すまんな、散らかってて。掃除をしようとは思ってるんだが、なかなか手が回らんのよ」
そう言いつつ、順位表を裏返す。つい見てしまったが、どうやらあまり見ない方がよいものだったらしい。見ていたことには気付かれているだろうから、アトラスティは話を進めることで順位表のことは済んだこととする。
「それで、プロティアさんのことですが……」
「ああ。プロティアは今、フェルメウス家にて投獄されている」
「投獄!?」
予想外の言葉に、アトラスティは吊り目を丸くして裏返った声を出す。あまり大きな声を出してはいけない状況であることをすぐに思い出し、口元を押さえて一度咳払いをして、声のトーンを下げるべく喉を調整する。一度深呼吸をして落ち着いたところで、プロティアが自分の実家で投獄されているという状況の原因を聞いてみる。
「なぜそのようなことになっているのですか?」
「どうも、昨夜街にゴブリンの集団が襲ってきたらしい。それをプロティアが事前に察知して対応したのを、襲撃はプロティアが金や名声目的で仕組んだ可能性がある、ということで身柄を確保したと聞いている」
「……なるほど」
アトラスティはフェルメウス家の人間だ。フェルメウス家が捕らえた容疑者にどのような対応をするのかはよく知っている。有罪の確固たる証拠が出ない限りは推定無罪として丁重に扱い、捜査も決して手を抜かず、確実に冤罪を防ぐ。フェルメウス家が成り立って以来、この方法を曲げたことはない以上、プロティアに対しても同様にしてくれるだろう。
しかし、今のアトラスティは少々冷静さを失っていた。なにせ、初めて出来た友達が自分の家族の手によって犯罪者にさせられているのだ。プロティアの優しさに一日とはいえ触れた以上、彼女がお金や名声欲しさに街の人を危険に晒すことはないという確信もある。それに、アトラスティはプロティアがそんなことをするはずがないという、もう一つの理由もあった。
話を聞いたアトラスティは、フルドムが「おい!」と呼びかける声にも振り向かず、フルドムの職員室、そして学園を飛び出して、フェルメウス領フェルメリアの北北東に位置する生まれ育った家であり、領主の館に向けて走り出した。
フェルメリアの中央を南北に貫く大通りを、行き交う人々の間を縫いながら走り、徒歩ならば十五分はかかるだろう道のりを五分ほどで走り抜けた。息も絶え絶えになり、肩を上下させながら、乱れた髪を手櫛で直して館の中に入る。メイドが汗を頬に伝わせながら帰ってきたアトラスティに駆け寄ってきて、「すぐにお風呂の用意を……」と言っているのを構いませんわと窘めながら、地下牢への扉を開き、階段を重い脚に鞭打って駆け降りる。
一段降りるごとに革底の靴がトタトタと、暗く窮屈な空間に響く音を聞きながら、地下牢に通ずる扉まで降り、倒れそうになるのを必死に堪えながらノブを捻る。ふらつきながら扉を押して開き、数秒暗闇に包まれていたことで慣れてしまった目を刺激する明りに目を細めながら、地下牢の広い空間へと躍り出る。力の入らなくなった体を膝に手をついて支え、痛む肺に空気を送り込みながら、あと少し頑張りなさい! と言い聞かせて顔を上げる。
地下牢の入り口の左側、扉から三つ目の牢の中にプロティアはいた。鉄格子の前には、アトラスティの実の父であり、ここフェルメリアの領主であるフォギプトスもいる。二人は唐突に現れたアトラスティに驚きの表情を見せている。アトラスティは唾を飲み込み、深く息を吸い込んで少し掠れた声を張る。
「待ってください、お父様!」