三年の時を経て1
以前書いていたハイスペック転生の書き直し版です。キャラクターの名前とか設定とか、以前と変わっているのでほぼ別作品ですが、大まかなストーリーはそのままです。
今日から一話ずつ毎日更新していきます(ストックがあるうちは)。
「ティア! 逃げないと、早く立って!」
声が聞こえる。涙交じりの、叫ぶような声だ。すぐ近くにいる。一体、誰だろうか。そもそも、僕は……いや、私は……。
視界を上げる。すると、深緑の肌をした人型の何かが、緑色のゲルが塗られた剣を振り上げていた。瞬間、反射的に僕は右手に持っている棒状の物を掴み、右から左へと思いっきり振り払った。
鈍い感触を右手に感じながら、緑の人が分断されて倒れるのを見守る。
「……何が、起きて──ッ!?」
後ろの支えから上半身を起こそうとお腹に力を込める。しかし、それと同時に頭に鋭い痛みが生じた。
「がっ、ぁ……!」
言葉にならない悲鳴を上げながら、持っていた棒も落とし、痛む頭を押さえる。そして、その頭の中には、大量の記憶が流れ込んできていた。
♢
着替えなどの荷物が入ったカバンを背負い、居候をさせてもらっている宿の入り口に立つ。
「ティア、頑張ってね」
背後から、姉のユキナが話しかけてくる。
「うん、行ってきます!」
ユキの顔を見てそう答えて、私は急ぎ気味に宿を出た。
私は今日から、この街ーーフェルメリアにある冒険者学園に通い始める。冒険者学園とは、十数年前にこの街で誕生した、戦闘や魔法、魔物、野草といった冒険者として生きるために必要な知識や技能を、二年に渡って教える教育機関らしい。三年間、私の特訓に付き合ってくれていた冒険者さんから聞いた。
その学園に、私は特待生? という制度を使って入学する。どうやら、一ヶ月前の技能試験で上位五名に入ったため、授業料が免除されるそうだ。ユキにはあまり負担をかけたくないから、ありがたいことこの上ない。
街を囲う防壁の向こうに見える神樹と呼ばれている巨木へ向かうようにして、フェルメリアを東西に貫く大通りを真ん中辺りまで走る。住宅区と商業区を区切る南北に貫く大通りから三フォティラスほど西側にある、通称学園通りと呼ばれている、大通りより狭いがそれでもかなりの幅のある道の前で止まり、向きを変えてその通りへと入る。
学園は、その道を数フォティラス進んだところにある。フェルメリアの区画関係で見れば、ちょうど住宅区と貴族区を跨ぐようにして建っていることになる。
校門の前で足を止めて、その荘厳な雰囲気が漂う学園を見渡す。
「おっきい……」
一ヶ月前にも来たし、それこそこの街で暮らし始めて三年、何度も前を通った。でも、こうして見上げるとそんな感想しか思い浮かばないくらい、立派なのだ。
この街を統治しているフェルメウス侯爵の居宅もすごく立派だが、私からすればそれに引けを取らないくらい、学園も立派だと思う。
校門を入って右手には野外修練場があり、正面には四階建ての、息を呑んでしまうような白亜の巨城……もとい、校舎がある。その奥には、寮があるらしい。
学園に見蕩れてぼーっと突っ立っていると、いつのまにか隣に立っていた人物が話しかけてきた。
「いつ見ても、立派な建物ですね」
「はい……はい?」
凛とした声が聞こえた右側に視線を向ける。そこには、日の光に照らされきらきらと輝く、少しウェーブのかかった長い金髪。今日の晴れた空よりもずっと深い青色のクリッとした瞳。そして私も着ている学園支給の制服にも関わらず、まるでドレスでも着ているんじゃないかと見紛うほどの高貴さを持ち合わせた、一人の少女が立っていた。
突然のことに状況が理解できず、瞬きを繰り返しながら呆然としていると、再び少女が口を開いた。
「技能試験であなたの強さ、見させていただきましたわ。お名前を伺っても……いえ、こういうのは先に名乗るのが礼儀でしたね。私は、フェルメウス侯爵の次女、アトラスティ・フェルメウスと申します。あなたのお名前は?」
フェルメウス侯爵家……フェルメウス……はっ、この街の領主様だ!
そう気付いた瞬間、私は荷物を地面に置き、その場に跪いた。
「わ、私は、プロティアと申します! えと、その……お、お初にお目におかかりまする!」
「ふふっ、敬語がおかしくなってますわよ。それと、立ってください」
敬語の指摘に僅かに恥ずかしさを覚えつつ、言われるがままに、立ち上がる。すると、アトラスティ様は私の前に屈み、膝についた土を右手でぱっぱと払う。
「ひゃ、な、何をして……」
「土を払い落としただけですわ」
そう言うと、アトラスティ様は身を起こし、私の目の前に立つ。
「私、友達というものに憧れていますの。こうして同じ時に学園に着いたのも何かの縁ですし……あなたさえよろしければ、私の友達に、対等な関係になっていただけませんか?」
「とも、だち……で、ですが、私、平民の出ですし……」
「嫌、ですか……?」
「うっ……」
僅かに目を潤わせて、子犬のような愛らしさのある表情で、こちらの目を真っ直ぐに凝視してくる。あまりの可愛さに、同性でありながら胸がドキッとなる。
「わ、分かりました、アトラスティ様……」
そう答えると、アトラスティ様は即座に表情をパァっと明るくし、満面の笑みを浮かべた。それと同時に、よかった、命は繋がった……とでも言いたげな安心感が、私の中を満たした。
でも、粗相をしてはいけないと気を引き締めた瞬間、アトラスティ様は再び口を開いた。
「では、私のことはアトラとお呼びください。私の家族は、皆そうお呼びになるので」
予想外の提案に、一瞬頭が混乱する。友達になったとはいえ、貴族……それも上級貴族のアトラスティ様を、略称で? そ、そんなの殺されるんじゃ……
などとあたふたするが、アトラスティ様はその大きな目を期待に輝かせている。ここで応えない方が、むしろ死を意味するのではないか、と思い至り、意を決する。
「あ、アトラ様……」
「様もやめてくださいませ」
「じゃ、じゃあ、アトラさん……?」
「まあ、それならいいですわ」
学園に入る前から、精神的な疲労がとてつもなく大きい。もし目の前にアトラスティ様……もとい、アトラさんがいなければ、盛大に溜息を吐いていただろう。
疲れを見せないようにすべく、深呼吸を何度か密かに繰り返していると、アトラさんが私にも一応聞こえる程度の小声で呟いた。
「そろそろ行かないと、入学式に遅れてしまいますわ」
確かに、入学式まであと十五分くらいだろう。昨日なかなか寝付けなくて寝坊しそうになったため、予定よりもギリギリだ。アトラさんがこの時間に来たのは……他の人と鉢合わせないため、だろうか。
そんなことを考えていると、アトラさんは校門の反対方向に目を向ける。それにつられて私も視線を向けると、そこには全身を銀色の鎧で包んだ騎士さんが三人と、豪奢な馬車がいた。
その瞬間、ゾワッと背筋を何かが這うような感覚がする。原因は恐らく、一歩間違えれば、今この瞬間に斬られていたかもしれない、という恐怖だろう。
「送迎、ありがとうございます。気を付けてお帰りください」
アトラさんの言葉に、騎士達は左手を腰に提げた剣の柄に、右手を拳にして胸の中間に当てた後、馬車へと乗り込んだ。そして、御者さんもアトラさんに一礼し、馬を操縦して馬車を大通りに向けて進めた。
馬車が見えなくなると、アトラさんは小さく息を吐いた。どこか、緊張が抜けたような気がする。私は緊張しっぱなしだが。
「では、行きましょうか」
「はい」
荷物を背負い直して、校舎へと向き直る。アトラさんの方に目を向けると、特に何も持たず手ぶらのようだ。
「どうかなさいました?」
私の視線に気付いたのか、そう聞いてくる。
「その、荷物とかないのかなー、と思いまして」
「なるほど。先んじて運んでもらっていますわ。自分で運ぶと何度も申し上げたのですが、どうしても聞き入れてもらえず……そうだ。プロティアさん、あなたの荷物、私に運ばせてくださらない?」
「ダメです。バレたら首が飛ぶので」
「そうですか、残念です」
そう言いつつも、冗談だったのだろう。苦笑といった感じの表情を浮かべて、歩き出した。それに続いて、私も学園の中へと歩みを進める。
今日から二年間、私の学園生活が始まる。初日から色々苦労しそうな雰囲気が漂っているけど、あの日みたいなことを繰り返さないためにも、頑張らないと。
そんな決意を胸に、校舎へと向かった。
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