24.知将
「――止まれッ!!」
クレデール砦から隊列を組んで出てきた兵士達は、先頭で率いていた大柄な男が大きな声で指示を飛ばすと、レオン達の数十メートル手前で停止した。
その男に見覚えはなかったが、佇まいや雰囲気から只者ではないことをレオンは感じ取った。
お互いに距離を保った状態から、大男だけが10メートルほどの距離にまで近づいてきた。
「フンッ、よく尻尾を巻いて逃げなかったな!」
大男は体だけでなく声まで大きく、レオン達の隊全体にまで声が行き届いた。
「逃げる? ここは我らエリアス王国クレイオール領だ。貴様ら盗賊どもに背を向けるわけがなかろう!」
「……この俺様が盗賊だぁ? 俺はグラバル王国軍第3軍団長のボルゴ・ドルファスだ。貴様の名を教えろ」
「ほう、盗賊にも名があったか! いいだろう、教えてやる。私の名はレオン・フルーレ、この隊を率いている者だ」
「ほー、にしちゃあ随分身なりがいいなぁ。――さっき逃げてった馬車と関係があるのか?」
「――!」
ボルゴの指摘に、レオンは冷や汗を1つ流した。
彼らグラバル王国軍が門から現れた瞬間にシモンをすぐに送ったが、それ以前に防壁の上から見られていたようだった。
(だが、ルティーナ様をシモンが馬に乗せて逃げたことまでは――)
「――それとも、別の馬で逃がせたほうが関係してるのかぁ?」
(くっ! 見破られているか……!)
ボルゴはニタニタとした笑みで、じっくりといたぶるように言葉でレオンを追い詰めようとする。
「さあな。そんなに気になるのなら、追いかけて確認すればいいだろう? まぁ、ここを通すつもりはないがな」
「ハッ! お前は何を勘違いしてるんだ? 俺達は追いかけに来たんじゃなくて、お前達を殺しに来たんだ。お望み通り、とっくに別部隊が後を追ってんだよ!」
「なっ……!」
その粗暴な見た目とは裏腹に、ボルゴは緻密な計画を立てて確実に成果を得てきた。軍団長を任されるだけあって、レオンが考える1つ先を常に読んでいるのだった。
「今頃はもう捕まえたかもしれないなぁ。それで、お前達は誰と何しにきたんだ?」
「……調子に乗るなよ。そんなことを貴様に教えるわけがないだろう。貴様ら野蛮なグラバル兵は、今ここで我らが1人残らず討ち倒してくれる!」
ルティーナのことは気掛かりだが、目の前の敵を放って背を向けることもできない。
レオンは、こちらの優に10倍はあるかと思える敵兵が相手だとしても、命を懸けて時間を稼ぐしかないとボルゴを睨みつけた。
「おいおい、この兵力差で戦を始める気か? 正気か、お前?」
「たとえそれで敗れようとも、貴様ら蛮族に背を向けるなどありえん。どの道、我らが降伏しようとも、蛮族の貴様らは無抵抗の我らに剣を振るうだけだろう?」
「おうおう、酷ぇことを言ってくれるじゃねぇか! ……まぁ、間違っちゃいねぇけどな! がっはっはっ!!」
「……クズめ」
ボルゴの耳障りな笑い声に、レオンは顔を顰めた。
だが、このまままとも戦っても兵力差は明白、当然味方兵士の士気も下がっていくだろうし、時間稼ぎもできず蹂躙されて終わりだろう。
レオンは、それを避けるためにある提案をすることにした。
「確かにこのまま戦えば貴様らが勝つことは明白だ。私だって、みすみす彼らに『死ね』と言って戦わせるのは気が引ける」
「……あぁ? 何が言いたい?」
ボルゴは、レオンが何かを言おうとしていることを察した。
「――そこでだ。私は貴様に一騎討ちを申し込む!」
「「おぉっ!!」」
レオンの宣戦布告に、エリアス王国軍の兵士は大きく盛り上がる。
この場にいる大将同士で一騎討ちを行い、もしレオンが勝つことができれば、グラバル王国軍も立て直さざるを得ない。敵の大将を倒すということは、それほど相手の士気を下げることができるということなのだ。
「……チッ」
盛り上がるエリアス兵とは対照的に、ボルゴは苛立たし気に舌打ちをした。
ボルゴにとって、この一騎打ちにそれほど価値あるメリットがないからだ。負ければ自国が不利な状況に置かれ、勝ったとしても元々蹂躙するつもりだった相手なのだから、無駄な労力を使わされるだけなのだ。
「いいだろう。貴様のその鼻っ柱、この俺様の大剣で粉々に砕いてくれるわッ!」
ボルゴは人ひとり分はあろうかという大きさの剣を、軽々と振り上げ、ぶんっという風切り音とともに振り下ろした。
「おぉ! さすがはボルゴ様だ!」
「ボルゴ様! あんな顔だけの優男、とっとと黙らせてください!」
ボルゴのその姿に、今度はグラバル兵達が大きく沸き立った。
本心としてはリスクも考慮して避けたいところだったが、それをすると逃げたと見なされて兵士の士気も下がり、ボルゴとしてもそれは屈辱的なことだった。
「今更やめるなんて言わねぇだろうなァ? まぁ、てめぇがどれだけ命乞いしても、もうやめる気はこっちにないけどよ!」
「まったく、声も体も剣も態度も……やたらデカいものが好きらしいが、頭はあまり大きく成長しなかったようだな?」
「てめぇ……ッ!」
「悪いが、さっさと片付けさせてもらうぞ」
レオンは剣を抜いて、剣先をボルゴに向けて構えた。
「はっ、威勢のいいこった。あまり調子に乗るんじゃねぇ――ぞッ!」
「――!」
ボルゴは大剣を持っているとは思えない速度でレオンに迫り、
「――ぉおッ!!」
大剣を水平に斬り付けた。
「――ぐっ!!」
レオンはそれを剣で受け止めるも、ボルゴの怪力によって身体が浮く。だが、綺麗に距離を取りつつ受け身をすることによってダメージを回避した。
「フンッ――!」
ボルゴはすぐに方向転換して追い掛ける。
が――、
「《我、欲すは火神の咆哮、願うは猛炎、我が根源を代償とす》――【燃やせ】!」
レオンの掲げた左手から、真っ赤な炎がボルゴを飲み込もうと飛び出す。
「チッ――《我、欲すは風神の息吹、願うは烈風、我が根源を代償とす》――【吹き飛ばせ】!!」
だが、ボルゴはすぐさま風魔法を唱え、レオンの放った炎を完全に相殺したのであった。
「な――っ!?」
「おいおい、まさか俺様が魔法を使えねぇ腕力だけのやつだとでも思ったか? 舐めんじゃねぇぞ。これでもこの砦を落とした軍団長様なんだからなぁ!」
「ぐぉッ!?」
ボルゴは大きく踏み込んで、殴りつけるように大剣を振るった。
レオンは咄嗟に剣で防ごうとするも、今度は先ほどよりも強い力で叩きつけられ、地面の上を転がる。
「く――っぐはぁ!?」
「ハッ! いいざまだなぁ、オイッ!」
起き上がったところを蹴られたレオンは、苦悶の表情で身体中を土まみれにする。
「ゲホッゲホッ……! くっ……このままで終わるわけにはいかんのだッ!」
レオンは力を振り絞り立ち上がる。
このまま寝転んでいれば、どのみち殺されるだけだ。そう考えたレオンは、玉砕覚悟で走り出すのだった。
「――おおぉぉッ!」
「ふんっ、最後は捨て身の攻撃かよ。ツマラン奴だな」
ボルゴは冷めた顔でレオンを見つめた。
彼に挑んでくる者は、結局最後は体ごと突っ込んで大剣の餌食となるのだった。
この男もそうなのかと、ボルゴはゆったりした動作で大剣を振り上げた。
「来い、1撃で終わらせてやる」
ボルゴは、レオンが己の攻撃範囲に入る瞬間を待った。精神を研ぎ澄まし、宣言通り1撃で仕留めるために――。
「おぉ――【切り裂け】ッ!!」
「――!?」
だが、レオンはボルゴの攻撃範囲一歩手前で、風魔法を無詠唱で放ったのだった。
この世界で魔法を無詠唱で扱うことができる者は滅多におらず、先の火魔法を詠唱していたこともあり、ボルゴは完全に油断していた。
「ぐおおおおぉ――ッ!!」
腕を交差させて縮こまるボルゴに風の刃は容赦なく襲い掛かり、体中を傷つけていく。
そしてその隙をレオンが逃すはずもなく、
「トドメだ――」
ボルゴの巨体に向かって剣を突き刺そうとと、腕を伸ばした。
が――、
「――【殴れ】」
レオンの体はボルゴが放った無詠唱の風魔法に横殴りにされ、剣先は届くことなく虚しく宙を舞うのだった。
「か――は……っ!」
「残念だったなぁ。まさか、お前も無詠唱で魔法を使えるとは思わなかったぜ」
いまだ気が動転しているレオンの前に、ボルゴは悠然と屈んで、髪を掴んで持ち上げた。
「うぐ……っ」
「俺様と出会ったやつはな、みーんな勘違いすんだよ。この体、口調、大剣……勝手に俺様が力任せに戦うだけの無能だとな。まさか無詠唱ができるとは思わなかったが、まぁ、多少なりとも楽しめたぜ? 褒美に、お前の守ろうとしたこの国の結末を見せてやるよ。まずは……」
ボルゴはすっかり黙ってしまったエリアス兵達を見やり、
「貴様の大切な兵士達の最期を見せてやろう」
「や……めろ……っ」
「――全軍、敵兵を1人残らず殲滅せよッ!!」
その瞬間、誰にも止められないうねりとなったグラバル軍は、ボルゴの命令通り、レオン以外のエリアス兵を殲滅したのだった。
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