1-3.(2)
(あの事件)
リオの隣で、菫も思い出す。
一年生の冬に起きた、男子バスケ部マネージャー琴美の指輪紛失事件のことだ。
リオのクラスで起きたその事件を、去年も彼とは別のクラスだった菫は自分の目で見たわけではないが、その顛末は学年全体に知られていた。
「ね?」
得意げに太い眉を動かして真百合が続けた。
「だからリオ君、倫香さんの相談に乗ってくれたら」
「ごめんね、當山さん」
そこでリオが、ようやく口を挟んだ。
「気持ちはわからないでもないけど。そういうのって、中途半端に第三者が首を突っ込むべきじゃないと思うんだ、僕」
リオが、華やかな顔に「社交用」の笑みを浮かべる。
「警察っていう捜査のプロが、既に判断したわけでしょ? そんなとこに、素人が不用意に口出しするなんて」
「だってリオ君、すごい推理だったじゃん。あのとき」
リオの言葉にかぶせるように真百合が声を張った。
「ちょっと琴美の話聞いただけで、次の日にはもう指輪みつけちゃったでしょ? リオ君ならきっと、倫香さんのご主人のことも」
「はは、なに言ってるの」
軽く手を上げて話を遮ったリオが、笑顔の圧を上げた。
(あ、ギア上げた)
菫は百葉や朔と無言で目を見合わせる。
マスク越しでもわかる。リオの得意技、「笑ってその場を乗り切るモード」の発動だ。
「あれは偶然だもん。今回の話はガチの事件でしょ? そんなの、ただの高校生の手には負えないよ、先輩はお気の毒だけど。早く解決するといいね、ほんとに」
相手に口を挟む隙を与えず軽やかに言い終えたリオが、
「じゃ、スー」
菫に向かって手を上げた。
「そろそろ一時間目始まるから、八組に戻るね」
笑顔で言ったリオが、
「え、ちょっと」
「リオ君」
真百合たちが引きとめる間もなく歩きだす。
足早に教室を出ていくリオの後ろ姿に、
「……ふう」
菫は思わず息をついた。
いつもながら、鮮やかな逃げ足の速さだ。
そこへ、
「……ちょっと」
リオの前とは打って変わって、不機嫌を丸出しにした顔で真百合が振り向いた。
「甲斐さんさあ、なんで協力してくれなかったわけ? 倫香さんのこと」
さっきまで完全に無視していた菫を、憎々しげに真百合がにらみつける。
突然の攻撃に、
「はあ?」
顔をしかめた百葉が、菫をかばうように一歩前に出た。
「なに言ってんの真百合、スーはさあ、」
言いかけた百葉をスルーして、
「ていうか、リオ君のこと説得してくれてもよくない?」
真百合が菫をにらみつけたまま、腹から声を出した。
あまりの態度に、
「……え? だって」
慣れない口喧嘩に腰が引けつつも、菫も懸命に言い返す。
「リオ、さっき言ってたよね? そんな話、手に負えないって。私も、」
「へええ」
最後まで聞かず、真百合が小馬鹿にしたように唇をゆがめた。
「彼のことなら、自分の方がわかってるって感じ?」
背後で、
「なにあれ。感じ悪ーい」
「幼馴染マウント?」
取り巻きその一と二が、わざと聞こえるように菫の悪口を言う。
「あんたたち、おかしくない?!」
そこで百葉が一喝した。
「リオ君の話聞いてた? てゆーか、うちらのこと無視してたのはそっちじゃん。マジ感じ悪いんだけど」
「は? なに?」
腕を組んだ真百合が、小柄な百葉を半笑いで見下ろした。
「別に、うちら百葉にはなにも言ってなくない? 甲斐さんと話してるだけじゃん。急にそんな詰められんのとか、怖いんですけど」
背後では取り巻きたちも、
「先輩が困ってるのにねー。ちょっとは協力してもいいじゃんね?」
「倫香さん、いい人なのに」
煽るように言う。
「だから、そういう言い方が」
言いかけた百葉を無視して、
「行こ。一時間目、化学室だし」
真百合が取り巻きたちに声を掛け、菫たちに背中を向けた。
「あ……」
菫が口を挟む間もなく、言いたいことだけ言った三人は教室から姿を消した。