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「そういえば、学部どうするの?」
思いついて、菫は質問を変える。
もうすぐ、高校の進路希望調査票の提出締め切りだ。
「んー、まだなんにも」
のんきな声で答えたリオに、
「……そっか」
つられて菫もトーンダウンした。
「まあリオなら、別に付属じゃなくても選び放題だもんね」
成績優秀なリオなら、たとえ外部受験するとなっても、どの大学でも余裕で合格だろう。
「KIRIYAの経営のために、経営学部とか?」
思いついたまま口に出すと、
「そういうわけでも」
リオが目をそらした。
「父さんたちは、好きなことしろって」
「へえ」
菫は目を見開く。
リオのひいおじいさんが興した会社を、二代目社長だったリオのおじいさん、つまり自らの父親から継いだあと、事業を拡大してKIRIYAの名を海外にまで知らしめたリオの父親。三代目社長である彼は、ひとり息子のリオに跡を継がせるつもりだとばかり思っていた。
だが、
(そうはいっても、あのおじさんだもんなー)
保育園の頃から知っているリオの父親の自由な姿を思い出して、菫は納得する。人気オペラ歌手だったリオの母親とも、留学先で知り合ってすぐ、周囲が反対する間もなくスピード結婚したのだとか。
「そうだなー」
リオがのんびり口を開いた。
「どうせスーがいないなら、うちから近くて学部多くて、途中でコース変えられるとこならどこでもいいかなー。あ、東大とか?」
「そんな理由で東大選ぶ人いる?」
あきれた声で言いながら、
(まあ、リオならそれもありか)
菫は内心納得する。
「だって、スーがよそ行っちゃうんだもん」
リオがふてくされた顔になった。
「それも、僕には絶対無理な女子大」
リオの言う通り、栄養学を学びたい菫は外部の女子大を受験する予定だ。
「でもスー、頑張ってね。受験」
リオに顔をのぞきこまれて、
「だよねー。冬休みからは塾も行かなきゃ」
菫が肩を落とした。
「心配だよ。初等部の『お受験』以来、受験らしい受験してないから、私」
「大丈夫。スーならできるよ」
リオが微笑む。
「いつだって、好きなことに向かってまっしぐらでしょ? そこがスーのすごいとこじゃん」
「そうかなあ」
菫は首をひねった。
単に、好きなことをやっているだけだ。そんなの、すごいと言われるほどのことだろうか。
「寂しいけど、応援するよ。スーがやりたいことが一番だもん」
リオの言葉に、
「ありがと。でも別に、会えなくなるわけじゃないって」
菫は苦笑する。
菫の志望校のキャンパスも、ふたりの自宅からそう遠いわけではない。
「リオも、早くやりたいことみつけなよ」
菫がリオの顔を見上げた。
「私だって、リオのこと応援したい。そうだなー、進路決めるのが難しかったら、とりあえず好きなものが何か考えてみるとか?」
「えー」
リオが顔をしかめて首をひねる。
つられて菫も、リオと目を見合わせたまま首を傾げた。
なんでもスマートにこなすリオが、本気でやりたいことは何なのか。尋ねても、いつも「わかんない」という答えが返ってくる。
高二のこの時期、進路が決まらないのはそんなに珍しいことではないが、いつも余裕のあるリオにそう言われると、はぐらかされているような気もしてしまう。
「だからー。いつも言ってるじゃん」
不意にリオが、菫に顔を近づけた。
マスクの上の大きな瞳に自分の顔が映っているのが見えて、菫は思わず瞬きする。
「スーだよ」
きっぱりした口調でリオが言った。
「僕の趣味は、スー」
「……はー」
ためいきをついて、菫はリオから身を離した。
「リオっていっつもそれ言うけどさあ。真面目に訊いてるんだからね! 私は」
むくれた菫に、
「僕だって真面目だよ」
リオが微笑む。
ボーイッシュな美少女と言われてもまるで違和感のない、お人形のような白い顔。その上にミステリアスな笑みが広がると、歌うような声が再度こぼれた。
「僕の趣味は、スー」