8-2.(4)
「全然違う! だいたい、もしも俊介さんが倫香さん狙いだったら、そんなのんびりしたことしないよ! スーも知ってるでしょ? 一度やるって決めたらめちゃめちゃ仕事速いよ? あの人」
「ああ、うん」
まくしたてるリオに、菫は面食らいながらもなんとか相槌をうつ。
小早川さんの遺体の処理しかり、堅尾山での菫たちの尾行や脅迫状しかり。リオの言う通り、俊介は多少のリスクはものともせず、自分が必要だと思ったことはすぐさま実行してきた。
だからといって、さっきからリオは何をほのめかしているのだろう。
「あの人が、本気で倫香さんを手に入れようとしてたらさあ」
リオが嫌そうに言った。
「とっくに瑞樹さんのことチクってたよ、小早川さんに。それも匿名で。そうやって、まずは倫香さんの今の恋人を排除した上で接近して、彼女の心にできた隙間を埋めると同時に、弁護士使って、倫香さんが旦那さんのDVやモラハラを理由に離婚する準備を着々と進めてたはず」
「そ、そっか」
まるで自分が計画を立てたかのように早口でしゃべり倒すリオに、菫は圧倒される。
(気持ちがわかるって言ってたもんな、リオ。俊介さんのこと)
「えっとじゃあ、さっきリオが言ってた嫉妬っていうのは」
ようやく口を挟んだ菫に、
「だから、瑞樹さんだよ」
んもー、とまた文句を言いだしそうな顔でリオが答えた。
「瑞樹さんが倫香さんとつきあってるのが嫌だったの。俊介さんは」
「それだと、未玖と一緒じゃない?」
菫が首を傾げる。
「違うよ。未玖ちゃんは恋愛感情持ってないでしょ? 琴美ちゃんに」
「――え?」
リオの言葉に、菫がまるい目をさらにまるくした。
「三角関係なんだよ、あの三人。気づいてるのは、俊介さんだけだけど」
さらりと言ったリオを、
「それって」
菫が見上げる。
「わかりにくくはあるけどね」
リオが深いためいきをついた。
「いくら瑞樹さんのためとはいえ、あの死体を隠すことで直接利益があるのは倫香さんなのにね。敵に大量の塩送っちゃってるじゃんね、俊介さん。ま、惚れた弱みってやつか」
「そんな」
混乱する菫に、
「だから、愛だよ、愛」
リオが顔の前でゆっくり人差し指を振った。
「報われない愛ってやつ。愛する瑞樹さんのために、彼は汚れ仕事を一手に引き受け、へなちょこな瑞樹さんが夜うなされずにぐっすり眠れるよう、事件そのものを消し去ったんだ」
口をとがらせてリオが続ける。
「瑞樹さんの方は、気づいてすらいないけどね。俊介さんのひたむきな愛に」
「……逆に、リオはなんでわかったの? そんなことまで」
ぼうぜんとした顔で菫が尋ねた。
「なんでって」
リオが困ったように頭をかく。
「わかったからだよ。見てたらわかった。俊介さんにはずっとそのつもりで話してたし、向こうにも伝わってたと思う。だからてっきり、スーもわかってるもんだと」
言われてみれば、ときどきリオと俊介の間だけでなにかが通じ合っているような雰囲気は感じた。
でもそれが、こういうことだったとは。
「それに、おかしいと思わなかった?」
リオが菫の顔を見返した。
「瑞樹さんと俊介さんが、揃って地元から上京してきたってとこまではいいとして。学生時代の俊介さんが、自分の大学に近くもないT駅にある瑞樹さんのアパートのそばに住んでたっていうのも、珍しいけどまあわからなくもない」
リオが続ける。
「でも、そのあと。院に進んだ瑞樹さんより先に就職した俊介さんが、就職先の運送会社Pで、またしてもT駅近くの営業所に配属されるって」
「どういうこと?」
首を傾げた菫に、
「父さんに訊いてみたんだ」
リオが少し後ろめたそうな顔になった。
「P社では、最初の配属は基本、本人の希望によるんだって。T駅周辺みたいな大きくもない住宅街はあまり人気がないから、希望を出せばまず通るって」
リオの父親が社長を務めるKIRIYAは、P社の親会社だ。
「それって俊介さんが、瑞樹さんのそばにいたくて」
菫が目を見開くと、
「そういうこと」
リオがうなずいた。
「だけどそのせいで、瑞樹さんの恋人の家が自分の担当エリアに入っちゃったのは予想外だっただろうね。しかも人妻」
皮肉な口調で言ったリオが、
「ほんとに、まるでわかってなかったんだな、スーは」
苦笑して肩をすくめた。
「……うん」
仕方なく菫がうなずく。
「とはいえ、俊介さんに勝算がないわけでもないよね」
窓の外を眺めながらリオが言った。
リムジンは音もなくすべるように夜の都心を走っていく。
「少しずつ、彼は瑞樹さんを絡め取っているよ。少なくとも、瑞樹さんの心は既に倫香さんから離れてる。あの手のボンクラは居心地いいところに流れるからね、ひたすら。これからも多少はふらふらするだろうけど、長期的には俊介さんは確信してるんじゃないかな。瑞樹さんが、自分の手の中に落ち着くって」
「リオってなんか、瑞樹さんに恨みでもあるの?」
ちょいちょい差し挟まれる悪口にあきれて菫が尋ねると、
「ないよ。ていうか興味ない、ああいうタイプ」
ばっさりとリオが答えた。
「いわゆるストレートの男を、俊介さんがどうやって落とすのか。そこはちょっと興味あるけどね」
「……そっか」
(ええと、俊介さんは瑞樹さんのことを、恋愛の意味で好きで……)
たった今知ったばかりの状況を頭の中で整理しようとしたものの、あまりの複雑さに菫はすぐに諦める。
「好きになるって……なんか、怖いこともあるんだね」
かわりに、ぽつりとつぶやいた。