8-2.(3)
「いいんじゃない?」
ふーふーとカップに息を吹きかけながら、あっさりとリオが答える。
「家でも職場でも夜のお店でもやりたい放題、迷惑極まりない中年男性が、偶然の事故で死んで、遺体はどこかに隠されたまま。けど、見たところ彼の死を悼むような人はいないし、元いた会社も家庭も彼抜きでちゃんと回ってる」
(さすがリオ。言い方はあれだけど、わかりやすい)
言いにくいことをあっさりまとめたリオに、菫はちょっと圧倒される。
「関係者をそれぞれ見てみようか? まずは、駆け落ち疑惑のあったホステスさん。この方にとって彼は過去の厄介な客でしかなく、恋人どころか個人的に連絡を取ってさえいなかった。同様に、元共同経営者も、彼と縁が切れてせいせいしてるらしい」
小気味いい口調でリオが続ける。
「次に、彼の妻の倫香さん。お嬢様育ちで恋愛依存の気のある彼女は、今や永遠に彼の暴力から逃れ、たとえこのまま彼の遺体がみつからなくても、数年待てば晴れて自由の身。ただし、このままだとおそらく実家の両親に、経済力のある相手との再婚を迫られることになるだろうけど」
リオが軽く肩をすくめた。
「ついでに言えば、両親には内緒の愛人の心も、彼女から離れつつある。でも、心配はいらないと思うよ。彼女ならすぐにまた誰か、かわりの男がみつかるさ。今の彼――瑞樹さんだって、手近なところで選んだだけだろうし。逆にこの先、彼女の方が彼のリアルな姿にうんざりするかも。なんといっても、今の彼にはお金がない」
「……確かにそうかも」
辛辣なリオの言葉に、渋々菫がうなずく。
「でしょ?」
軽く言ってリオが続けた。
「続いて、妻の愛人、瑞樹さん。彼の場合は、事件の影響からなんとか逃げ切ったってとこだよね。不倫相手の人妻に泣きつかれたら、すぐさま親友に困りごとを洗いざらいしゃべって、友だちに言われるまま行動したらすっかり安心しちゃうっていう、なかなか特殊な行動パターンの持ち主。自分ではひとつも解決策を探さずにね。つまり、ことなかれ主義でちょっと目鼻立ちが整っているだけの、気概もオリジナリティもないボンクラ」
予想外にひどい言われように、
「ちょっとリオ、瑞樹さんのことそんな風に思ってたの? 仲良くしてたのに」
菫があきれた顔になる。
「そりゃ、軽蔑してたっておしゃべりくらいするよ」
なにをあたりまえのことを、という表情のリオに、
「ボンクラって言うけど、頭はいいでしょ瑞樹さん。N大の院生だよ?」
菫が食い下がった。
「うん、偏差値は高いと思うよ」
リオがうなずく。
「それと頭の良さは、また別だと思うけど。ただ、このボンクラがなぜかツボなんだよねえ。例の親友の」
遠い目になったリオに、
「ツボ?」
菫が尋ねた。
「スーこそ、なにを今さら?」
驚いたようにリオが目を見開く。
「愛だよ愛。今回の関係者で、一番深くわかりやすい愛情を示したのは、この親友の俊介さんでしょ?」
鼻息荒く言うリオに、
「愛情?」
菫が首を傾げた。
「そりゃまあ、友情も愛情の一部だろうけど」
菫の言葉に、リオがいぶかしげな表情になる。
「……スーは、彼が瑞樹さんの厄介ごとを肩代わりしてあげた理由を何だと思ってるの? ただの、高校時代からの友情だとでも?」
リオの言葉に、
「え? 違うの?」
不思議そうに言った菫が、不意に怯えた顔になった。
「もしかして……将来、それをネタにあのふたりを強請ろうとしてるってこと? 俊介さん」
「いや、そうじゃなくて」
慌てて顔の前で手を振ったリオが、
「うーん、そうだな」
言葉を選びながら続けた。
「男バスのマネージャーの琴美ちゃん。あの子の指輪の話とちょっと似てる」
「指輪の話?」
目をまるくした菫に、リオが説明する。
「あのときも、なくなった指輪を一緒に探してたはずの未玖ちゃんが、そしらぬふりで指輪を隠してたでしょ?」
「言われてみれば」
菫がうなずく。
「それに、嫉妬も絡んでる」
リオの言葉に、
「嫉妬?」
菫があきれた声で言った。
「俊介さんも、瑞樹さんが倫香さんのこと優先するのが寂しくてあんなことを?」
「違うよ。いい大人が、そんなことで死体を隠したりしない」
リオが焦った顔で言う。
「じゃあ……あ、そっか」
菫がうなずいた。
「俊介さんって、実は倫香さんのこと」
「え?」
愕然とした表情で、リオが菫を見つめる。
「もしかして。スーって、まるでわかってなかったの?」
「うん」
申し訳なさそうな顔で菫がうなずいた。
「まさかそんな、俊介さんが……でもきれいだもんね、倫香さ」
「んもー! 違うよ!」
リオが苛立った声で菫の言葉を遮った。