8-1.(1)
数日後の昼休み。菫は窓際の席で、いつものように百葉や朔とお弁当を開いていた。
「そういえば、最近来ないねリオ君」
なにげない百葉の言葉に、
「そうだね」
なるべくさりげなく聞こえるように答える。
日曜日にT駅のホームで別れて以来、リオとは顔を合わせていない。
(謝らなきゃ、リオに。でも……)
どう切り出したらいいのだろう。
進路というデリケートな話を、今まで無神経にしてしまっていたこと。それだけならすぐにでも謝れるけど、傷つけた理由はそれだけじゃない。
好きって伝えてくれたのを、照れてごまかそうとしたこと?
これまでのリオの数々のアプローチを、本気にしていなかったこと?
思い返すと心当たりがありすぎて、
(もう、何からどう言ったらいいのか)
“わからないところがわからない”、苦手な物理のような状況とでもいうか。自分の中でまだ状況を整理することができず、百葉や朔にも相談できないままだ。
おろした髪で表情を隠して、菫はそっとためいきをついた。
そのとき、
「そういえばさー。昨日、倫香さんから電話があってー」
離れた席で取り巻きたちと話す、真百合の野太い声が耳に届いた。
「打ち切りだって、旦那さんの調査」
「えー、ほんと?」
取り巻きたちが驚きの声をあげる。
「なんかー、調べたことは調べたけど、結局ろくにわかんなかったみたい。リオ君」
「がっかりだねー」
「期待外れ」
周囲を気にせず大声で話す真百合たちを、
「なにあれ」
おにぎりを手にした百葉がにらみつける。
百葉と朔には、調査を終えたことと、リオが倫香と瑞樹に電話で話した内容だけ伝えている。真百合が倫香から聞いたというのも、おそらく同じ内容だろう。
(リオがどんなに頑張ったか、知らないくせに。倫香さんの不倫も、瑞樹さんを思う俊介さんの友情も)
うつむいて唇を引き結んだ菫に、百葉と朔が心配そうな顔になる。
「あーあ、つまんない。ろくに話せなかったしなー、リオ君と」
残念そうな真百合に、
「じゃあさ、お疲れ様会しようよ」
取り巻きその一が言いだした。
「リオ君誘って、カラオケとか」
「それいい。てか正直、調査とか別にどうでもよくない?」
取り巻きその二も同調する。
「やっぱさー、大事なのはリオ君じゃん。てかKIRIYA?」
調子のいいことを言い始めた取り巻きたちに、
「その手があったか!」
真百合が目を輝かせた。
「倫香さんに恩が売れなかったのは想定外だったけどー。別にわざわざ探偵ごっこしなくても、究極、リオ君っていうかKIRIYAに近づければね!」
「そうだよ。倫香さんのダンナとか、うちら関係ないし」
リオ個人ではなくKIRIYAに近づきたいという真百合たちのあまりの言いぐさに、
「……」
菫の頬が紅潮した。
教室内の他の生徒たちも、さすがにちらちらと真百合たちの方を見ているが、いわゆるスクールカースト上位である彼女たちに正面から文句を言う者はいない。
「えげつな」
我慢の限界に達した百葉が、眉間にしわをよせて箸を置いた。
「もー無理、ちょっと行ってくるわ。いいよねスー……あれ?」
菫を振り向いた百葉が、空になった椅子を見て目をまるくする。
朔が百葉に、無言で廊下側の席を指差した。
示された先で、
「え、ちょっと」
さっきまで威勢よくしゃべっていた真百合が、うろたえた顔になっている。
取り巻きふたりと机を合わせて座っている真百合。
その椅子の真横に、菫が無言で立っていた。
きつく結ばれた唇と、笑わない目。
いつも穏やかな菫の見慣れない表情に、
「……急に、怖いんだけど。何?」
内心の動揺を隠して、馬鹿にしたように言った真百合が、座ったまま菫をにらみつける。
それに臆することなく、
「ねえ當山さん」
真百合の目を正面から見返して、菫が言った。
「黙れる?」
まっすぐな声と言葉に、真百合が思わず息をのむ。
静まり返った教室の中で、
「當山さんが人の悪口言ったり馬鹿にしたりするのは、當山さんの自由だけど」
無表情に菫が告げた。
「私やリオの友だちは、聞きたくないよ。さっきみたいな話」
普段はおとなしい菫の思わぬ態度に、返す言葉がみつからない真百合と取り巻きたちに向かって、
「よそでやってくれるかな? どうしても言いたいなら」
きっぱりと菫が言う。




