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「ないですねー」
リオがあっさり答える。
「即答かあ。まあいろいろ忙しいもんねーみんな。でもさあ」
スカウトらしい相手は断られ慣れているようで、ふたりに口を挟む隙を与えず話を続けた。
「いやー、かわいいよね、君。マスクしてても光ってる。うちなら学校終わりに好きなときに来てもらうだけで、普通のバイトより全然稼げるよ?」
歩道の真ん中で立ち止まった三人を、春の緊急事態宣言以前よりは少ないが途切れることのない通行人たちが、迷惑そうによけていく。
「へー」
気のない返事をするリオに、黒いマスクの男性があごに手を当ててうんうんとうなずきながら、品定めするような視線を向けた。
「ねえ君、『ティーン・セブン』って雑誌知らない? うちの子が専属モデルやってるんだけど」
「……」
菫の眉間に縦じわが寄った。
(……女の子向け雑誌なんだけど。『ティーン・セブン』)
間違いない。相手はリオを、高校生は高校生でも女子高生だと思っている。いくら顔の下半分が隠れているとはいえ、ブレザーにズボンという制服姿なのに。ああでも、最近は女子でもズボンの制服がある学校もあるか。
「意外と顔の彫り深いねー。もしかして、ハーフかクォーター? 素もいいけど、メイクしたらめちゃめちゃ映えるなこれ」
いろいろな角度からリオの顔を見ていた男性が、
「それに君、ほぼ百七十あるから、頑張ればショーだって狙えるよ!」
励ますように声を張る。
「それはちょっと、無理じゃないかなあ」
にこやかにリオが答えた。
「ショーモデルって百八十でも小さいくらいですよね、男性だと。今からじゃちょっと、そこまでは」
「……え?」
途端に、スカウトマンが夢からさめたような顔になった。
「……男の子? もしかして」
「じゃ、急ぐんで失礼しまーす」
質問には答えず、リオが菫の手を取り速足で歩き出す。
「お、男の子でもいい!」
ようやくわれに返ったらしい男性が、リオの背中に向かって叫んだ。
「ねえ君! 君なら、どっちでもアリだよー!」
背後に小さくなっていく男性を放置して、
「……聞いたことない事務所」
歩きながら、リオが渡された名刺を顔の前にかざした。
「受けてみよっかなー、モデル」
「なんでよ!」
食い気味に菫が突っ込む。
「いつも断ってるのに。なんで知らない事務所だといいわけ?」
「んー。なんか、面白くない?」
「面白くない!」
つながれていた手を勢いよく外した菫が、名刺を奪い取ってくしゃりと丸めた。
「あ」
驚いた顔のリオに、
「モデルに興味ないんでしょ? なら、こういうとこには軽率に近づかないの。悪い人もいっぱいいるんだよ? 芸能界なんて」
びしっと人差し指を立てた菫が諭すように言う。
「気をつけるんだよ? リオみたく無駄にかわいいと、変な人が寄って来ちゃうこともあるんだからね?」
「そうだねー」
かわいいと言われたことは否定せず、くすりとリオが笑った。
「すごいびっくりしてたね、さっきのおじさん。新鮮だった」
「あそこまで気づかない人もなかなかだよね」
菫もうなずく。
繁華街でリオがスカウトされるのも、女の子と間違われるのも、初等部の頃からのこと。慣れたものだ。顔の下半分を覆うマスクのせいで、よけい間違われやすい状況でもある。
(ていうか)
菫はふたたび眉間にしわを寄せる。
そんなリオの隣で、正真正銘のJKだというのにまるでスカウトマンの目にとまらない自分の立場は。
百葉や朔は、「スーは清楚系」と言ってくれるものの、
(それって、「地味」の言い換えでは?)
マスクの下で菫は口をとがらせる。
そんな菫の内心のぼやきが聞こえたかのように、
「みんな、見る目ないなー。スーの方が僕よりずうっとかわいいのに」
のんびりとリオがつぶやいた。
「まあ、いっか。僕のスーが、みんなにみつかっちゃったらやだし」
すんなりした白い指を伸ばして、リオが菫の顔にかかった髪を優しく払った。
そのまま、長い首を優雅に傾げて菫の目をのぞきこむ。
整った顔に浮かんだ甘い笑み。見ていると吸い込まれそうな、マスクの上の琥珀色の目。
「……」
急な甘い空気に、一瞬なんだかもっていかれそうになって、
「わ、私のことはいいんだってば」
菫は慌てて首を振った。
少し赤くなった頬をぺちぺち叩くと、
「ていうかリオ、ほんとに興味ないの? 芸能関係」
菫が不思議そうにリオを見上げる。
経営者と歌手という違いはあれど、両親とも音楽の世界で、海外でも名前を知られるような仕事をしているというのに。リオ自身は、本当にそういった業界に興味はないのだろうか。少なくとも、人前に出る仕事には十分適性があるように見えるけど。