7-3.(6)
俊介が無言で目を見開く。
「あなたと同じように、僕にも守りたい人がいるんです。怖がらせるのはもちろん、不安にさせるのだって避けたい人が」
(妙な手紙って……あの、脅迫状?!)
ようやく気づいて、菫はリオと俊介の顔を交互に見上げた。
(俊介さんだったの?!)
「ちょうどあの日、学校で嫌がらせの落書きを見たこともあって、気づいたんです」
感情の乗らないリオの言葉に、菫は同じ日に見た二つの嫌がらせの文字を思い出した。
バラバラの線で乱暴に机に刻まれていた、「キエロ ブス」「殺ス」
定規を使って真っ白な紙の真ん中に書かれた、「ウセロ シロウトタンテイ」
「学校での嫌がらせは、幼稚なただの悪口でした。だからって、もちろん許されるわけじゃありませんけど。内容は、相手に対して『目障りだ』というだけで、なにか具体的な行為を求めてるわけじゃなかった」
無表情に言うリオに、
(まだ怒ってるんだ、リオ)
幼馴染の本気の怒りを感じて菫は驚く。
さっさと机を取り換えてくれたあのときは、いつも通りさらりと流しているように見えたのに。
「そのあと家であの脅迫状を見たとき、思ったんです。僕を怖がらせたいなら、別の言葉を使うんじゃないかって。『失せろ』じゃなくて、『死ね』とか『殺す』とか。せめて『消えろ』くらいの言葉を」
リオの口調が、どこか楽しげなものになった。
「でも、あの脅迫状は違った。悪意をぶつけて怯えさせるんじゃなく、『失せろ』と、つまり『立ち去れ』と言ってる。明確な命令だ。まあ、『素人探偵』ってディスってはいましたけど、僕らのこと」
くすりとリオが笑う。
「『失せろ』って、文語的っていうか、なかなか特殊な言葉ですよね。でも、僕たちを遠ざけたいという意思はクリアに伝わる。ついでに、これを書いた人には脅迫罪に問われる表現を避けるだけの知識があることもわかりました。机に嫌がらせした生徒とは全然違う」
まるで脅迫状の作者を褒めるようなことを言ったリオが、
「それにね、俊介さん。とぼけていただいても構いませんけど」
淡々と続けた。
「事件の全貌が明らかとなった今、俊介さんしかいないんです。僕の調査を中断させたい、いや、瑞樹さんのまわりから、彼に害をなすかもしれないものをすべて排除したいというべきかな? そんな動機を持つ人が」
なにか言いかけた俊介が、思い直したように口を閉じる。
「周到なあなたのことだから、指紋や掌紋は残っていないでしょうけど。それでも、便せんや封筒、インクや宛名ラベルの出所をみっちり調べてもらったら、送り手に辿り着く可能性もないわけじゃない。今のところはそうするつもりはありませんが、もしも今後があったら」
たたみかけるリオに、
「わかったわかった」
俊介が苦笑した。
「悪かったよ。やりすぎた」
「僕も、俊介さんらしいやり方ではないと思いました。だけど正直、気持ちはわかります。とても」
リオが俊介の目をみつめる。
「……そうか」
先に目をそらした俊介が、
「ところで君たち、怖くないのか?」
リオと菫を交互に見て首を傾げた。
「霧矢君の『想像』によれば、俺はいともたやすく越えてはいけない一線を越えてしまう男だよ。そんな俺が、このまま素直に君たちを帰すと思ってる?」
「……え?」
菫の口から、上ずった声が出た。
考えてみれば、目の前のこの人は犯罪者だ。いくらリオが警察や倫香たちには知らせないと言っても、もしかしたら口封じに……。
「思ってますよ」
余裕の表情で、リオが俊介を見返した。
「僕の話は、信じていただけたと確信がありますし。それに、もしも僕たちが帰らなかったら、家の者が動いて警察はすぐに俊介さんに辿り着く。当然、あなたを僕らに紹介した瑞樹さんにも。そんなことをあなたがするはずがない」
「……変なところでやけに信頼されてるんだな」
俊介があきれた顔になった。
「俺はそんな」
「それに僕には、いざとなれば秘密兵器がありますから」
不意に、リオがいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「秘密兵器?」
ぽかんとした顔の俊介をよそに、
「スー、お願い」
リオがわくわくした声を出す。
「え? ここで?」
困った顔で、菫があたりを見回した。
「レベル五くらいならいけるでしょ」
嬉しそうに言うリオに、
「おい、一体何を」
俊介が焦った顔になる。