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「コロナ禍で通販を利用する人が増え、宅配の仕事は激増していると聞きます。街のあちこちで宅配便の配達員を見かけるのに加え、フリマアプリでお小遣い稼ぎをしている倫香さんは以前から集荷を頼むことが多かったそうですから、あの家に宅配業者が訪れるのは近所の人にとって見慣れた光景だったことでしょう。もちろん、お隣の犬にとっても」
無言で自分を見つめる俊介に構わず、涼しい顔でリオが話を続ける。
その隣で、
「え、ちょっと」
事態が飲み込めない菫は、ふたりの顔を交互に見上げた。
(リオのこの言い方だと、まるで俊介さんが)
だけど、まさか。
「あの日、夕方の配達中に瑞樹さんからの電話を受けたあなたは、人手不足に加え時間指定配達だなんだと時間に追われる中で、なんとか時間を作り、集荷のふりをして無施錠の小早川家に上がり込んだ。僕の想像では、それは電話を受けてから数十分後の十七時三〇分前後だったと思います」
リオが俊介の顔を見据えた。
「最近は不在時の配達物を玄関前に置いておく、いわゆる『宅配ロッカー』を設置している家もあるし、在宅時でも感染予防のため配達員との接触を減らそうと、『置き配』にする家もある。したがって、もしも通行人に小早川家の門を入っていく宅配業者の姿が目撃されても、そしてあとから、そのとき小早川さんのお宅が留守だったと知られても、特段怪しまれる恐れはない。反対に、『荷物』を持って門から出てくる姿を見られた場合は、配達に来たが留守宅で出直すところだと思われるだけ」
リオが淡々と説明する。
「となると、心配なタイミングはただひとつ、宅配業者がみずからの手で玄関ドアを開けて家に入る瞬間です。ここを目撃されたらさすがに厳しかったと思うけど、天はあなたに味方した。それに、あの家の玄関は通りから見えにくい造りですしね」
ひとくちお茶を飲んでリオが続けた。
「門のチャイムは押す格好だけで、あなたはご近所の注意をひかないよう音を立てず敷地内に入り、鍵のかかっていないドアを開けて玄関に入られたのでしょう。もしも小早川さんが息を吹き返していたとしても、その場合は彼の手で玄関に鍵がかけられていたでしょうから、あなたはドアノブをひねったところで気づいて引き返せばいいだけだった。優秀な番犬であるお隣の犬はといえば、あなたがいつもお使いの社用車にも、もちろんあなた自身にも慣れっこで、そんなあなたが小早川家に入っていく姿を見ても今さら吠えたりしない」
(やっぱり!)
リオの説明に、菫は目を見開く。
(そんな。俊介さんが)
「夕暮れどきの薄暗い上がり框には、瑞樹さんから電話で聞いていた通り、倒れたままの小早川さんの姿があったことと思います」
無表情に見返す俊介に、リオが告げた。
「集荷のふりをして玄関に入ったあなたは、用意していた梱包用の資材で手早く包んで、『荷物』に見せかけて運び出したんですね――小早川さんの遺体を」
「――!」
両手で口を覆った菫に構わず、リオが続ける。
「小早川さん……元さんは、奥様の倫香さん同様小柄な方だと聞きました。片や俊介さんは、見たところ一八〇センチを超える長身で、高校時代のスポーツ経験に加え、今のお仕事で筋力も十分。いくら成人男性とはいえ、やせ型で身長一六〇センチ弱の元さんを運び出すのに、さして苦労はされなかったことでしょう。ああ、そうそう」
思い出したようにリオがつけ加える。
「万一、ドアを開けるところを誰かに見咎められたら、遺体を回収するのは諦めて、第一発見者になられるつもりだったのかもしれませんね。倫香さんから集荷の依頼を受けたのに門のチャイムに応答がなく、玄関が開いたままだったとでも言って。……いや、あなたがそんなことをするはずはないか。瑞樹さんに警察の捜査が及ぶようなことを」
つぶやくように言って、リオが続けた。
「ともあれ、幸いにというか残念ながらというか、お隣の犬以外にはあの家に出入りするあなたに注意を払う者はなく、あなたは計画通りあの家に侵入し、小早川さんの遺体を運び出すと、社用車に積み込んで走り去った。そうやって、あなたは瑞樹さん本人にすら告げず、彼と彼の恋人の悩みの種を排除したんです。あの家から」




